04
そして嵐は朝から容赦なく始まるものらしい。
朝日の眩しさに目が覚めてから、最初に感じたことは『重い』だった。
昨晩は和やかに食事を終えて、私は早々に就寝した。ちゃんと部屋の鍵はかけたし、私の他に誰もいなかったはずなのに。
今私の隣には何故か兄が私を抱きしめながら同じベッドで横になっている。
兄の腕が鳩尾の上にあってちょっと苦しいし、いつからこの体勢なのか腕枕のせいで首が痛い。
柔らかい枕が恋しい。
「おはようございます、レイラ。可愛い寝顔をもう少し堪能しておきたかったですね。よく眠れましたか?」
「……おはよう兄さん。自分の部屋で寝なかったんだね。」
「同じ屋根の下に貴女がいるのに、何故別の部屋で寝なければならないのですか。そんなの拷問以外の何ものでもない。久しぶりに一緒に過ごせる夜だったというのに、早くにレイラが寝てしまって私は寂しかったのですよ?」
「……そっか。ごめんね。色々あって疲れてたから。」
「部屋に鍵をかけて寝るのは防犯上大賛成ですが、今の鍵では少し心許ないですね。今度、最新の鍵に変えましょう。あんな簡単に開けられる鍵では大事な貴女の身を守れません。」
やっぱり鍵開けしたんだね。どんな技術を使ったのか知らないけれど、深くは突っ込まないでおこう。
「……うん、そうだね。兄さんに任せるから、お願いします。」
ゆっくり身体を起こすと、それを手伝うように兄も起きながら背に手を添えてくれる。
朝一寝起きの兄の色気は半端ないが、淑女の私だから耐えられる。
普通の私だったら耐えられなかった。
窓の外は今日も良い天気だ。
身支度のためにメイドを呼び、手伝う気満々の兄からブラシを取り上げると、睨みつけて部屋から押し出す。
「ほら兄さん。出て。」
「何故ですかレイラ?!貴女の世話は全て私がするとあれほど……!」
「着替えまで任せられるわけないでしょ!」
「そんな!今日は私との久しぶりのお出かけなのですよ?!私のためのレイラをいつも以上に愛らしく完璧に仕上げるお手伝いができると、昨夜から楽しみにしていたのに!昔は私にさせてくれていたじゃないですか!」
「いくつの時の話してるの!結婚前の乙女が肌を晒せるわけな――」
「当たり前です!!レイラの柔肌を他の男に見せるなど、貴女が許しても私が許しません!!」
「だから早く出て行ってって言ってるの!!」
「ならせめて!せめて今日の装いに私の色を入れてください!私の隣には貴女が相応しいのだと一目で分かるように!」
「分かったから!とにかく出ていって!」
縋り付いてきそうな兄の目の前で扉を閉めて、荒い呼吸を整える。
情けなく私の名前を呼ぶ声が廊下で小さく聞こえるけれど、無視だ無視。
全く。さっきまでの余裕たっぷりな態度はどこにいったのだろうか。
「レイラお嬢様。失礼致します。お支度のお手伝いにまいりました。」
扉の外からノックとメイドの声が聞こえたので、顔だけ出して廊下を確認する。
どうやら兄は諦めたのか、その場にはいなかった。
「ありがとう。今日は水色のドレスと、銀のバレッタってあったよね?あれと……靴は踵の低いものを用意してもらえる?」
昨日の今日であの騒動が何事もなく終わるはずがない。用心に越したことはないのだ。
兄の瞳の空色に合わせた色のドレスはシンプルなデザインで、リボンやレースといった装飾はないものの、濃い青の糸で繊細な刺繍が胸元から腰へアシンメトリーに施されているのが美しい。
そして余計なものがない分、とても軽い。これ大事。
用意された濡れタオルで顔を拭くと、手伝ってもらいながらドレスに着替える。
「これは美しいバレッタですね。繊細なデザインで、月のモチーフがセレスティン様のようです。」
私の装飾品は全て兄が見繕って用意してくれている。正直なところそんなに華美な装いは好きではないので沢山はいらないのだが、色々と理由をつけては兄が贈ってくるので結構な量になっていた。
「何度ももう買わないでほしいとお願いしてるんだけどね。使い切れないよ。」
ドレッサーに座って背筋を伸ばす。
鏡越しのメイドの目がいつになく真剣なのは気のせいだろうか。
ただのハーフアップではなく、お洒落に編み込んでくれる辺りが流石である。
我が家のメイドは今日も優秀だ。
大体の身支度が終わった頃、扉からノック音が聞こえる。
メイドが応対すると、兄が執事姿でワゴンを押しながら部屋に入ってきた。
……なんでその格好?
その出で立ちはさておき、先程部屋から追い出された心の傷は既に治ったらしい。立ち直りの早いことで。
「レイラ。朝食を用意しました。貴女の好きなフルーツサン――っ!」
そこで言葉が途切れる。
みかんらしきオレンジ色が美味しそうなフルーツサンドに向かっていた視線を兄に移すと、涙目で私を見つめる兄と目が合った。
空色の瞳から一筋涙がこぼれそうになった瞬間、兄の姿が残像を残して視界から消える。
気付けば私はお姫様抱っこで兄に抱えられていた。抱える動作すら見えなかった。
「あぁ……なんて素敵な装いなんでしょう。私が想像していた何倍も可憐で愛らしい。貴女の白い肌に水色が映えて、バレッタの輝きが髪色を際立たせている。こんなにも私の色が似合うのは世界広しと言えど貴女だけです。いっそこのまま誰もいない私だけの世界に閉じ込めてしまいたい……」
おでこをくっつけられて超絶至近距離から見つめられる。
視界が兄の空色の瞳で埋め尽くされるが、今の私はそれどころではない。
少し頭を後ろに反らせて、自分の額を思いきり兄の額に叩きつけた。




