策略は夕食の前で(セレスティン視点)
お義父様との話し合いを済ませ、夕食までの少しの時間。私は子爵家屋敷に割り当てられた自室という名の執務室へ戻ってきた。
レイラとのお茶会は久しぶりなこともあり、実に有意義だった。
あの手紙が来るまでは。
身に纏う上着のボタンを静かに外し、重厚な執務机の前の革張り椅子へと深く身体を沈める。
お義父様もお義母様も私を元執事の子供ではなく、一人の息子として分け隔てなく接してくれる。
そしてレイラ。
彼女は使用人の子供だった頃の私も、今こうして家族としての私も変わらず兄と呼んでくれる。
それが何よりも私にとっては救いで尊いものだった。
彼女が私の全てであり、生きる意味でもあった。
そんな彼女を弄んだ愚か者どもには死よりも残酷な最期が相応しい。
手元に置かれた無地の羊皮紙の端を細長い指先で緩やかになぞりながら、冷徹に思考を巡らせる。
大恩ある子爵家に傷一つつける訳にはいかない。
伯爵家には表立って事を荒立てず、裏から手を回すこととする。
男爵家に対しては情けなど無い。早々に終わらせてやるとする。
容赦などするはずもない。
成り上がりの家ならば、叩けば埃が簡単に出るだろう。
机上の銀鈴を短く一つ鳴らすと、一切の足音もなく扉が開き、メイド長が室内へと滑り込んできた。
私は組んだ指の上に顎を乗せ、静かな声で淡々と指示を吐き出す。
「伯爵家と男爵家の繋がりを調べてください。いくら男爵とはいえ成金が伯爵家にそう簡単に接触出来るはずがありません。」
あの男爵家には領地が無い。商会の金で爵位を買ったような家だ。必ず金絡みの裏がある。
「男爵家の黒い噂の収集と裏付けを並行して調べてください。早急にです。たかが男爵家に時間を使いたくはない。それとこの『素敵なお手紙』を騎士団長に必ず渡してください。手段は問いません。」
机の上にあった開封済みの書状をメイド長に渡すと、メイド長は全てを深く理解したように無言で深く頭を下げ、静かに部屋を辞していった。数人のメイドを影として放つのだろう。
優秀なメイド達は領地で私の指揮の下、志願者から選び抜いた精鋭である。厳しい訓練を終えた者だけが、この王都屋敷で勤めることを許される。
常にこの屋敷にいられない私の代わりに、普段は淑やかなメイドとして。
有事の際には私の影や、子爵家の防衛を担う私兵として。
数時間後には報告が上がってくるだろう。
伯爵家へは回りくどくいかなければならない。
お義父様に聞いた王都の騎士たちの気質。
どうやら彼らは騎士道と正義感に溢れる集団で市民にも人気があるようだ。
その長なら信用できる人物だろう。
そしてこの国の法のトップを担う人物。
代々の公爵家がその座についているが、今代は中々に食えない人だと噂では聞いている。
お義父様は良い人だと言っていたが、はたして……。
予想通りに事が進めば、直接私が手を下さずともあの身の程知らずは自分で全てを壊すだろう。
レイラには全部を知らせることはない。
彼女には私だけを見て欲しいからだ。
その瞳は濁ることなく輝いていて欲しい。
机の引き出しから、昔レイラから贈られた手作りのしおりを取り出す。レイラは上手く作れなかったと悔しがっていたが、私にとってはどんな高価な品よりも価値がある。
そっとそのしおりに口付けを落とすと、再び引き出しにしまった。
明日、伯爵家を絶望に堕とす招待状が整うだろう。
「ふふふっ。楽しみですね、レイラ。貴女は貴女らしくいてくれさえすればいいのです。邪魔な障害は全て『俺』が壊してあげますよ。」




