09
とはいえ既に城には到着してしまっているわけなので、仕方なく馬車から降りるために立ち上がる。
「……あ。」
先にフィリップ様と兄が続けて降りたところで私は固まった。右手にスプーン、左手にプリンアラモード。両手が塞がったままでは馬車は降りられない。かといってこの芸術を手放したくはない。
これは仕方のないこと。うん。緊急事態というやつだ。決して甘えてるわけじゃないから大丈夫。淑女でも許される。
「……兄さーん。抱っこー。」
意を決して馬車の外に声をかければ、即座に扉が開いて満面の笑みで両手を広げて待ち構える兄がいた。
「さぁレイラ。遠慮はいりません。この兄の腕の中に身を任せてください。」
羞恥心を押し殺して兄に身を委ねる。
平常心、平常心。そうだ、私は急病人。だからこうして抱き上げられてるんだ。このまま運んでもらえばいいんだ。
まるで体調不良のように目を瞑って、身体に力が入りませんと言わんばかりに脱力して演出する。横抱きだからプリンアラモードも無事だ。
「いや、無理ありますから。ここにいる全員が事情を知ってるんですし、自分で歩きましょうよ。病人がスイーツ抱えてスプーン握りしめてるなんて、聞いた事ありません。」
目を開けると、フィリップ様の呆れた半開きの目がこちらを見ていた。周りの騎士達も小さく頷いている。
「新しい事象とは、思いもしないところで起きるから驚きであり発見になるのです。誰もしないことは、最初は珍しくともいつかは常識になることもあります。レイラはこのままでいいのです。レイラ、貴女はしっかりプリンアラモードを守ってくださいね。私が貴女を守ってあげますから。」
「兄さん……!」
「……あの、僕としてはもう止めるのを諦めてもいいんですが……本気でそのまま父の前に立つつもりですか?一応公爵なんですけれど。」
……そうだった。プリンアラモードを守るのに必死で忘れていたけれど、これから公爵様のところへ行くんだった。
「兄さん。ありがとう、降ろして。」
兄を見上げれば、目が合うと同時にバチーンとウィンクされるだけで降ろしてはくれない。
これは降ろす気がないとみた。
察した私は再び脱力して病人スタイルに戻る。
「このまま向かうそうなので、行きましょう。」
「……あ……はい……」
私の決心した言葉にフィリップ様は返事をすると、全てを諦めたように遠い目をして一度空を見上げた。
先頭に騎士一人、次にフィリップ様、私を横抱きする兄、後方に騎士二人の順で城内を歩く。この集団とすれ違う人たちの反応は様々だ。ちなみに病人演出の為に私は目を瞑っている設定なので、薄目で見ている。
まずは、視線はこちらに向けつつも普通に頭を下げる人。あれは多分フィリップ様と目が合わせられない。次に驚いて固まる。あれはフィリップ様の登場に固まっている。その次に頭は下げるけど、チラチラこちらを見る。あれは美男子のフィリップ様を見ている。そして心配そうに私を見る。あれは多分優しい人だ。
「どいつもこいつもレイラばかり見て。少し腹が立ちます。」
「違うよ、兄さん。あれはみんなフィリップ様を見てるんだよ。私を見る人は心配してくれてるだけだよ。」
「絶対そのプリンアラモードだよ……」
前からボソッとフィリップ様の声が聞こえた気がした。フィリップ様は常に目立つから、視線に慣れちゃっているんだ。綺麗な人は大変だなぁ。
『法務局長室』と書かれた扉の前で先導の騎士が止まった。一歩下がってフィリップ様に頭を下げると、フィリップ様が扉をノックする。
「父上。フィリップです。レイラ・グレイ子爵令嬢をお連れしました。」
「入りなさい。」
中から低めで少し厳しそうな声がする。
「失礼します。」
フィリップ様が扉を開けると、広い部屋に大きな執務机。積み重なる書類の山のその向こうにその人は座っていた。
フィリップ様より少し暗めの金髪を後ろに撫でつけ、厳格そうな印象を受ける。でもフィリップ様と同じエメラルドの瞳は細められ、微笑む姿は優しそうにも見える。相反する雰囲気が一筋縄ではいかない『法の番人』という肩書きを物語っているようだった。
「ぶはっ!」
そんな公爵様が私と兄を見た瞬間、吹き出したように笑った。
……あれ?思ってた人と違う?
「はっはっは!男に横抱きにされながらスイーツを抱えて入室してくるとは!そんな令嬢は初めてだ!ちゃんとスプーンも持ってるじゃないか!いいね!そういうの好きだよ!はっはっは!」
「父上……えーと……かくかくしかじかでして……」
「くくくっ……いいよ。斬新なスタイルだ。私としては好みの方向だから許そう。レイラ嬢と……セレスティン君だろう?君の噂は聞いているよ。元平民ながら中々の手腕らしいじゃないか。」
フィリップ様が公爵様の隣まで歩いて行くと、ちらりと私たちを見ながら説明しづらい空気を滲ませた。
まだ笑いが収まらない公爵様は、肩を震わせながら椅子の背もたれに寄りかかった。
それでも兄を品定めするように上から下まで確認するのだから、やっぱり只者じゃない気がする。
「お初にお目にかかります。セレスティンと申します。レイラの兄として、付き添いで参りました。」
「ふむ。時にレイラ嬢。先程フィリップから事情は聞いたけれど、君は何故プリン……アラモードかな?それを手放さない?」
公爵様は兄の挨拶に頷いただけで、今度は私に……プリンアラモードに視線を移す。その眼差しが何かを探っているようで、少し心がざわつく。
「兄が私のために作ってわざわざ届けてくれたものだからです。私にはこの芸術のようなプリンアラモードを堪能する義務があります。」
「なるほど?」
「レイラ……」
公爵様が首を傾げる仕草は言葉とは逆で、納得したようには思えなかった。
なんだろう……フィリップ様とは違う嫌な予感がする。
「レイラ嬢、甘いものは好きかな?」
「大好きです!」
「そうか……ふふっ……私も甘いものは好きだよ。頭を使うとね、無性に糖分が欲しくなるんだ。この城のお抱えパティシエの抹茶のモンブランは絶品だよ。」
「抹茶のモンブラン?!」
心のざわつきはどこへやら。思わず前のめりで公爵様の話に食いついてしまった。私を落とさなかった兄に感謝しなければいけない。
だって抹茶!モンブランなのに抹茶!抹茶はまだこの国に入り始めたばかりで、そこまでスイーツの種類が作られていないのにモンブランに使うなんて凄い贅沢!さすが城お抱えパティシエ!あぁ抹茶!東より遠い絹の道を旅して辿り着いた、緑から授かりし至高の雫!飲んでよし!食べてよしの抹茶!モンブラン!食べたい!
「あうっ。」
前のめりになった体勢を、兄の腕に少し強引に引き寄せられた。思わず兄を見上げるといつもの微笑みはなく、なんだか苦しそう。
「……兄さん?」
「ふっ。なるほど。うん、分かったよ。」
公爵様がなにかに納得したように頷いた。その言葉に兄が公爵様を睨みつける。
え?え?なんでこんな険悪な雰囲気になってるの?兄さん?
「……父上……お戯れも程々に。」
公爵様の隣にいたフィリップ様が、このピリついた空気に終止符を打った。フィリップ様の発言に公爵様が机に頬杖をついてにっこりと笑う。
「ははっ。すまないね。セレスティン君、気を悪くしないでくれよ。お詫びに後で二人には抹茶モンブランをご馳走するから。フィリップ、扉を開けてくれ。グレイ子爵とその他の到着だ。」
部屋の空気に気を取られていたけれど、廊下から複数の足音が聞こえていた。しかもなんだか騒がしい。
フィリップ様が扉を開けた瞬間、すっかり忘れていた人物の声が部屋の中まで響いた。
「なぜ俺がこんな目にあっているんだ!離せ!俺は伯爵だぞ!」
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