08
窓の外で蹄の音がだんだんと近づいてくる。
キラキラと輝く笑顔の兄が馬車と並走し、流れる街並みを背景に、窓枠の中へスーッと滑り込んでくる。
完璧なプリンアラモードを手にした兄は、菓子店の広告のように見える。
とっても絵になるし無駄にかっこいいんだけど、兄さんの周囲の物理法則はどうなっているんだろう。
「そんな不思議そうな顔をしないでください。レイラの好みには美しさも大事ということは重々承知しています。本当は飴細工で鳳凰でも飾り立てたいところですが、今はこれで我慢してください。次の機会には必ず、これ以上に美しいプリンアラモードをご用意すると約束しましょう。」
窓から兄が差し出したプリンアラモードを受け取り、思わず朝日にかざしてうっとりと見つめる。
敷き詰められたフルーツたちは水飴で着飾って、みずみずしさを保ちながらもその品格を失っていない。
そしてその中央、玉座に威風堂々と鎮座するプリン。チェリーの王冠をかぶってクリームという名の純白のマントを纏った姿はまさに王。
圧倒的な存在感と威厳でひれ伏す臣下を従えるカリスマ性は、他に追随を許さないたった一つの頂点。
透き通ったガラスで縁取られたその様は、孤高の王を描いた一枚の絵画。
なんて尊いプリンアラモード……
「君、何言ってんの?」
「レイラ、心の声が全て漏れていますよ。」
「あらいやだ、これは失礼。」
ハッとなってほほほと淑女の笑みを貼り付ける。
いつの間にか笑いから解放されていたフィリップ様の冷たい視線が痛い。
「そこのあなた!この馬をお願いします!」
「は?」
騎士が首を傾げるのを無視して、兄が馬の背中で立ち上がる。
一度膝から深く沈み込むと、跳躍からの空中で一回転して馬車の上にダンッと着地した。
騎士たちの開いた口が塞がらないのを私は見逃さなかった。
分かる、その気持ち。
「ひぇ?!」
御者の驚く声が聞こえ、すぐに走る馬車の扉がガチャッと開いた。
そして屋根から室内へ兄が飛び降りてくる。
綺麗に着地してから、髪を片手で整えるのが兄らしい。
「お待たせしましたレイラ。私が追いついたからには、もうこんな男に好きにはさせませんよ。」
私の前に跪き、脇に挟んでいたトレーを左手に抱え直すと、右手の紙に包まれたスプーンでフィリップ様を指した。
さすが兄さん。スプーンまでちゃんとしてる。
公爵家の広い馬車とはいえ、兄が腕を伸ばせばスプーンはフィリップ様の目の前まで迫っていた。
目を見開いてスプーンの先を見ていたフィリップ様は、降参とでも言うように両手を顔の横にあげて苦笑いした。
「嫌だなぁ。レイラ嬢には何もしていませんよ。少し話をしていただけです。」
「その手には乗りません。レイラが頭を抱えていたのを私は見ました。明らかに困っているではないですか。」
「それはセレスティンさんのせいだと思いますよ。さすがにプリンを持って馬で駆けてくる兄を見れば、頭も抱えたくなるでしょう。」
「レイラはそんな臆病な子ではありません。それにプリンではなく、プリンアラモードです。間違えないでください。」
あーもうまた!二人ともああ言えばこう言うタイプで本当にそっくり!
「セレスティン!そこに座りなさい!正座!!」
「え?…はっ……はいっ!」
弾かれたように兄が床に正座する。
その目はさながら飼い主に怒られたくない大型犬。
「フィリップ様もその場で正座!靴脱いでね!」
「僕も?!」
「早く!」
「はい!ごめんなさい!」
フィリップ様は他人からの指示に慣れていないのか、面食らいながらも座面におずおずと正座した。
まるで悪いことが見つかってバツの悪い猫のよう。
私は床の兄と、座面のフィリップ様のそれぞれを見下ろすかのごとく、プリンアラモードを片手に二人を睨みつける。
「いい加減にして!子供じゃないんだから言い争いなんていつまでもしてるんじゃないの!せっかくのプリンアラモードが美味しくなくなっちゃうでしょ!」
「……すみません。」
「え……そこなの?」
「なにか文句でも?!」
「ないです!すみませんでした!」
「兄さんはスプーンで人を指すんじゃありません!食べることに使われないなんてスプーンが可哀想でしょ!」
「おっしゃる通りです!」
兄が即座にスプーンを両手で捧げるように私に差し出した。
「フィリップ様も!いちいち兄さんを煽らないで!後が面倒くさいんだから!似た者同士仲良くできるでしょ!」
「それとこれとは別――」
「うるさい!これ以上喧嘩するなら二人とも馬車から放り出すから!」
「僕の馬車なのに?!」
唇を尖らせて視線を下げていたフィリップ様が、弾かれたように顔を上げた。
もう貴公子ではなく、普通の青年になっている。
これが本当のフィリップ様の素なのだろう。
私はこちらの方が親しみやすくて好みだ。
「兄さん。フィリップ様は国家機密級の事件解決のために私と話がしたかっただけなの。他の人には聞かせられないから、こうして二人になっただけ。本当に、それだけだから。」
兄はこくこくと何度も頷いて、スプーンを私に捧げ続けている。それを受け取る私の視界に、兄の背後で大きなしっぽがブンブン振り回されている幻覚が見えていた。
「フィリップ様。調べている事件については、私は何も知りません。伯爵家からの書状については、確かに我が家に届きましたが、私が知るのはそこまでで、お話できることはないでしょう。」
「でも……それならばなぜ子爵家に届いたはずの書状が……騎士団長の部屋にあったんだ。子爵家になきゃいけないものなのに……」
腑に落ちないフィリップ様は、俯いて両手を膝上で握りしめる。当てが外れて悔しそうなその表情に、私は小さくため息をつく。
「その書状でしたら、私が使用人に命じて騎士団へ届けさせましたよ。特に問題なく使用人は戻って来ましたので、何事もなかったと思われますが。」
「へ?」
「は?」
私もフィリップ様も素っ頓狂な声を出して兄を見た。
床に直接正座をしているにも関わらず、兄が自信満々に胸を張って前髪をかきあげた。
「内容が内容でしたから。取り締まりの対象になるかもしれないと届けさせました。その後は私にも分かりませんが、届けた使用人から報告は何もありません。」
「そんな……では結局……僕は裏を読み過ぎただけだったのか?本当にただの……襲撃事件?」
フィリップ様が目に見えて落ち込んでしまった。
さすがに可哀想でなにか励ましの言葉でもかけてあげたいところだが、普通の私に気の利いたものは浮かんでこない。
ここはこのプリンアラモードの出番?!でもこれは兄さんがわざわざ届けてくれたもので……この芸術作品を私が堪能しないわけには……!
「いや、いらないから。」
私がスプーンを握りしめて葛藤していると、フィリップ様が苦笑いしながら首を振る。
「はあぁ……なんか気が抜けちゃった。せっかく父上が僕に任せてくれた案件だったのに。まだ全てが分かったわけではないですが、今のままでは手詰まりです。これ以上はここで聞いても無駄ですね。」
気が抜けたのか、フィリップ様が正座を解いて座面に座り直した。私も自分の隣を叩いて兄に座るよう促す。
「セレスティンさん、レイラ嬢。すみませんでした。僕の早とちりで、とんだご迷惑をかけてしまいました。」
深々とフィリップ様が頭を下げる。公爵家の子息が頭を下げることなど、滅多に起きることじゃない。それほどに今回の件が堪えたのだろう。
「分かればいいのです。レイラは伯爵家からの被害者なだけですから。」
「兄さん!謝ってくれてるんだから、そんなこと言わないで!」
「いいえレイラ嬢。今回は僕が完全に悪かったのです。証拠がないのに、自分の憶測だけで子爵家を疑った。セレスティンさんの言う通り、考えが浅かったのです。もっと沢山、伯爵家との因果関係を調べるべきでした。」
兄は私に怒られるとそっぽを向き、フィリップ様は兄の言葉を受けて自嘲するように笑う。
「フィリップ様……」
「もう城に着きます。エインズ伯爵家とのことは父からの話になります。グレイ子爵殿もすぐに追いつくでしょう。お二人は僕が父の元へ案内します。」
フィリップ様が窓の外に視線を向けると、ガタンと馬車が止まった。外から騎士が扉を叩いて合図する。
しまった!私、プリンアラモードを食べてない!
持ったままのプリンアラモードとスプーンを見つめ、このまま公爵様の前まで行かなければならない事実に、再び私は頭を抱えたくなった。




