策略は追走の前で(セレスティン視点)
玄関の扉が閉まる重い音が響く。
レイラが行ってしまった。
レイラを困らせたくない一心で、納得したふりをして送り出したはずだった。
だが、彼女が去った直後の静寂の中で、私は既に溢れ出す嫉妬と焦燥感に押しつぶされそうになっていた。
フィリップと対峙した瞬間の、あのレイラの瞳。
一瞬、息を飲んで揺らぎ、瞳孔が開いたのを私は見逃さなかった。
隣に私がいたのに、あの若造の存在に強く惹かれたとでも言うのか。
あのレイラが食べ物以外の、自分ではない男に心を動かされた——ただそれだけの事実に、激しい不快感と猛烈な嫉妬が黒い塊となって胸の奥底から身体を食い破って飛び出しそうだった。
『あの男は危ない。絶対にレイラに近づけてはならない』
本能が不穏な警鐘を鳴らす。
あれは私と同類か、あるいは質の異なる同族だ。あのような輩は、レイラのように凛として『個』を確立している存在に強く惹かれやすい。
長い時間を共有させれば、嫌でも興味を深めてしまうだろう。レイラの輝きに気づかせてはいけない。
「早急に取り返さなければ。……『俺』のレイラを、あんな男の側になど留め置いてなるものか。レイラの過去も未来も現在も、全ては『俺』のものだ。」
私は即座に自室へ戻り、銀鈴をけたたましく鳴らしてメイド長を呼び出した。
「足の速い馬を用意してください。馬車は後から追いかけさせ、馬の回収役も同乗させるよう手配を。それと新たに影を放ちなさい。レイラの護衛につけ、一定の距離を保って監視させるように。」
入室してきたメイド長に早口で矢継ぎ早に指示を出しながら、影たちから上がっていた報告書の必要な部分を抜き出し手早く革鞄へまとめる。
焦りで革鞄の金具が上手く留まらないのがもどかしい。
ローライナ公爵家がどこまで情報を掴んでいるのかは定かではない。
当主ではなく『フィリップ』という青年の介入は多少の計算違いだったが、目的を見失ってはいけない。
全ては、私の愛しいレイラを弄んだ愚か者どもを地獄の底へ叩き落とすこと。
そして全ての障害を片付け、彼女の手を引いて領地へ帰るのだ。
王都の喧騒から連れ出してしまえば、いくらでもレイラの瞳を自分だけに向けさせることができるのだから。
「この書類を、私が城で必要とする時に用意できるように運んでおいてください。誰の目にも触れさせないように。」
メイド長に革鞄を押し付けるように渡し、頭を冷ますために深く息を吐き出す。
革鞄を受け取ったメイド長が頭を下げて、影のように素早く窓枠を滑り降りて姿を消した。
乱れた前髪を手櫛で何度も整え直すが、レイラが若い男と二人きりという事実が脳内を焼き、胸の焦燥のせいで一向に落ち着かない。
扉を壊す勢いで開け放ち、足早に自室を出た。
まっすぐ玄関には向かわずに厨房に立ち寄ると、冷蔵庫から昨晩のうちにフルーツサンドと一緒に仕込んでいたプリンを取り出す。
レイラのおやつに用意していたものだが、このような事態になっては致し方ない。
手早くカップにプリンを移し、その周りを数種類のフルーツで飾りつける。水飴でフルーツの輝きを出すことも忘れない。
最後にクリームをプリンの上に乗せ、チェリーをその上に置いて全体のバランスを調整する。
どんなに急いでいても、このこだわりだけは欠かせなかった。
完璧に仕上がったプリンアラモードをトレーの上に乗せ、スプーンを紙で包んで添える。
いざという時はこれでレイラをあの男から引き剥がし、再びこの腕の中に閉じ込めよう。
「あっ!セレスティン様!また勝手に食材を?!事前にお聞かせくださいと何度……お待ちください!!」
厨房の奥からコックの焦る声が聞こえるが、無視してプリンアラモードを片手に玄関に向かう足の速度を上げる。
玄関では登城するお義父様のために、お義母様が穏やかな手つきで上着の衿元を整えているところだった。
二人には申し訳ないが、今の私には構っている余裕など一刻もない。
「お義父様!お義母様!レイラが公爵家の馬車で、公爵子息と共に一足先に城へ向かいました。私はすぐに後を追いますので、お先に失礼いたします。お義父様はどうかご無理なさらず、ゆっくりといらしてください!」
「あら。あらあらあら。美味しそうね。セレスティン、帰ってきたらお話を聞かせてね」
「え?……え?え?プリン?いや、公爵家の馬車でレイラが……!?というかそのまま出かけるのかい?!」
手を振るお義母様と、ぽかんと困惑するお義父様に軽く会釈だけを返し、私は二人を大きく靴音を鳴らしながら大股で追い越した。
玄関の扉をほぼ体当たりで開け放ち、即座に玄関前に用意されていた芦毛色の馬の手綱をメイドからひったくるように掴む。
間髪入れずに鐙に足をかけ、上半身は一切傾かせることなく一気に鞍へと跳び乗った。
衝撃に馬が抗議するように足踏みするが、そんなことはどうでもいい。
手綱を短く握り直し、プリンアラモードが崩れていないことを確認すると馬の腹へ容赦なく両踵を叩き込む。
ヒヒンと甲高いいななきと共に、馬の巨躯が弾丸のように弾け飛んだ。
手櫛で整えたはずの髪が乱れるのも厭わず、速度を上げていく。
激しく上下する馬の背の上で、左手でトレーを水平に保ち、右手の指先だけで手綱を操る。
激しい揺れを膝と足首でいなしながら、体幹で上半身の揺れを最小限に留め、大切なチェリーが傾かないよう細心の注意をはらう。
後方に流れゆく街並みに更に焦燥を募らせながら、意識は遥か先を走る公爵家の馬車へと向かっていた。
待っていてください、レイラ。……すぐに追いついて抱きしめますから……!




