07
石畳の街道を、車輪の音を響かせながら馬車が進んでいく。
三人の騎士に囲まれて進む様は、いかにも高貴な人物が乗車しているのだと周囲に知らしめているようだ。
「レイラ嬢。一目見たときから、あなたには特別なものを感じていました。他の令嬢とは違う、あなたの持つその不思議な雰囲気。オーラとでも言うのでしょうか。僕はそれがとても気になるのです。」
フィリップ様が優雅に足を組んで、背もたれに深くもたれかかる。
フィリップ様の言葉は、普通に解釈すれば甘い口説き文句に聞こえるかもしれない。
しかし『私』フィルターは『お前は何者だ?』と変換している。
「そうですか。私としては平凡に暮らしているだけの、ただのしがない子爵家の娘なんですけれど。」
「ははっ。そうは見えないから言っているんですよ?ねぇ……レイラ嬢。僕の目を見て。僕の気持ちが伝わるでしょう?」
フィリップ様が覗き込むように目を合わせてくる。エメラルドの瞳が探るように怪しく光っていた。
いつの間にか両手も繋がれて、振りほどきたくても振りほどけない。
あー!嫌だー!知ってる!この感じ知ってる!自分の思い通りに事を進めたい人が使う手だ!自分の顔が良いことを十分に理解して、武器にしてる人だ!!求む!現実逃避に使える甘いもの!助けて兄さーん!
さりげなく視線を逸らして、淑女の笑顔を貼り付けたまま身体を少し逸らす。
「私にはよく分からないですね。フィリップ様の買いかぶりだと思いますよ。兄ならともかく、私にはこれといった能力もないですから。」
「……あれ。おかしいなぁ。普通の女性なら、これくらいすれば大体は自分から全部話してくれるのに。」
フィリップ様がつまらなそうに私の手を離すと、ドカッと音がするほど背中を後ろに預けた。
穏やかだった笑顔が消え、エメラルドが猛禽類のように細められる。
……怖っ!
「やっぱりレイラ嬢には効かないかぁ。最初から分かってはいたんだけどね。あのセレスティンさんの隣に平然といられるんだから、当然か。」
「……なんの事でしょう。」
「こっちの話だから気にしなくていいよ。君には僕の手段は効かないみたいだし。もうめんどくさいから話すけど、僕が知りたいのは今回のエインズ伯爵の件に絡んでる事件でね。昨夜、騎士団長が寝所で襲われたんだけど、その際に伯爵家のものと思われる強奪紛いの内容が書かれた書状が見つかったんだ。表向きは暗殺者による未遂事件で、団長が返り討ちにしたってことにしたけど、実際は取り逃がしてる。まるでその書状を置きに来たみたいだ。誰も書状を置いた瞬間は見ていないから、証拠は無いけどね。」
その情報は私が聞いてもいいものなんだろうか。多分結構な重要機密だと思うのだけれど。
できれば耳を塞ぎたい。私は何も知らないです。
いつの間にか素で話すフィリップ様のエメラルドは冷めきっている。
屋敷での笑顔とは雲泥の差だ。
「その書状に宛名やサインは入っていないけど、封蝋が伯爵家のものだったから差出人は伯爵で間違いない。問題は誰に出したものなのか。レイラ嬢。君はエインズ伯爵に婚約の打診をされていなかったかな?エインズ伯爵家が借金まみれなのは情報として把握している。君の家にあの強奪紛いの書状が届いていたんじゃないの?結婚の持参金として差し出せとかって言われてさ。」
知らない知らない!あの書状は兄さんに預けたけれど、団長襲撃とか知らない!
ブンブンと首を横に振る。こういう時は無言を貫くのが良いって何かの書物で読んだ気がする。
下手に言葉を連ねると、焦って余計なことまで喋ってしまうらしい。
フィリップ様があえて私に色々喋るのは、私を揺さぶって情報を引き出したいがための作戦なのだろう。
「レイラ嬢?君が伯爵家に呼ばれたことは調べがついてる。機密を聞いた以上、知らぬ存ぜぬは通らない。何かを隠しているのなら、君にも子爵家にも強制的に調べが入ることになるけどいいの?例えば君のお兄さんが、裏で手を回したとか知ってるんじゃない?」
わざと私に喋ったなこの人!家族を人質とは卑怯なり!お父様の胃が爆発してしまうではないか!
「私はただ伯爵家でフルーツタルトを食べて、帰ってからレモンケーキを食べただけです!これからロールケーキが私を待ってるだけなんです!」
「……は?」
フィリップ様の猛禽類のようなエメラルドの瞳が大きく見開かれる。
思考が止まったその顔は、年相応のまだ少年のような幼さが滲み出ていた。
「伯爵家のフルーツタルトはそれはもうフルーツがみずみずしくて、フォークを刺した瞬間のタルトのサクッとした感触が食欲をそそる絶品でして!口に入れればフルーツから溢れ出る甘みと酸味のバランスが絶妙な果汁が口いっぱいに広がってそれはもう美味でした!フルーツを支えるカスタードも控えめの味で、計算しつくされた立体的な味がタルトを次から次へと口に運んでしまう危うさを醸し出していました!フォークを動かす手が止まらなかったです!更に一緒に出された紅茶がこれまたフルーツの甘さによく合う少し酸味の効いたハーブティーで、熱すぎずぬるすぎずの程よい温度が喉を心地よく潤してくれました!子爵家に帰宅してからのレモンケーキは、タルトとは違った――」
「早い!早い!そんな早口で一気に喋られても処理しきれないから!……ふふっ……はははっ!ケーキの話をそこまで熱く語られるとは!君は僕が今まで会ってきた令嬢とは本当に違うね。少し脅せばすぐに怖気付いてくれるかと思ったのに。とんだ食わせ者だ!あははははっ!!」
目の前でフィリップ様がお腹を抱えて笑っている。
先程までの鋭さは全くない。
その時だった。
馬車を取り囲む騎士の一人が素っ頓狂な声を上げる。続けて残りの二人も同じように声を上げた。
「はぁっ?!」
「なっ?!なんだあれ?!」
「曲者……?!いや、さっきの子爵家の……しかしなぜ?!」
狼狽える声に馬車の窓から顔を出して後方に目をこらしてみる。
……あー……やっちゃった……
「レイラー!!追いつきましたよ!!」
そこには輝かんばかりの色とりどりなフルーツが所狭しと飾られたプリンアラモードを、トレーの上で見事な水平を保ちながら銀髪を美しくなびかせて綺麗な白い馬で疾走してくる兄の姿があった。
朝日を浴びて無駄に煌めいているのが、余計に私にめまいを起こさせる。
……出前かな?よくクリームが風で崩れないね、兄さん。
「ぶはっ!!あっはっはっ!!なにあれ!!凄い絵面なんだけど!!あっはっはっは!!」
私と同じように窓から顔を出したフィリップ様が、再びお腹を抱えて転げ回るように笑う。クッションをバシバシ叩いてヒーヒー言っている様は、もはや貴公子の仮面すら被れていない。
「……えっと……なんだかすみません。」
「お腹痛い!あっはっはっはっはっ!!」
ツボに入ってしまったフィリップ様を前にして、私は本格的に頭を抱えた。
どうしてこうなった。
ひとまずあのプリンアラモードを堪能してから考えよう。




