おさそい
「そう! それでステライトからスカウト来ちゃって!」
「うそ!? もう亜美花勝ち組じゃん!」
新学期。
やはりイケニエオンラインの体験会に参加した生徒も少なからずいたからか、あるいはいつも通りの景色か、新クラスの話題はやっぱりデスゲーム一色。
中でもこの前の体験会で結果を出し、スカウトやデビューが決まった生徒はそれだけで一躍クラスの人気者になっている。
その中でこれは紛れもなくいつも通り、クラスの隅っこで声を掛けようと思えば掛けれる程度に2人の世界にいる珠月と有紗陽。
有紗陽はタブレットに映るスコアを覗き込みながら、バシバシと珠月の肩を叩いていた。
「ほら! 珠月の方がデスゲーム向いてるじゃん! サイコパス診断でもこんなの出てこないよ! すごいすごい!」
「昨日からずっとはしゃぎっぱ。そんなにデスゲーマーにしたいか、幼馴染」
「そりゃしたいね! てか珠月不真面目だしデスゲーマー以外あんま向いてないよ」
「唐突なディス」
「……で、デビューするの? するならマネージャーはやるよ? 適性結構ありそうだったし〜」
「一応考えてる。……今からだったら、周年間に合うし」
「あれ、イケニエって11月とかじゃなかった?」
「ソシャゲ」
「ふふっ、分かってるって。ほんとブレないね、珠月」
屈託のない笑みを珠月に向ける有紗陽は「ちょっと待ってて」とその場にしゃがみ、タブレットから入力用のキーボードを展開する。
そしてタイピング音が響くこと数十秒。
「出来た!」とご満悦な表情で彼女は顔を上げた。
「珠月、見て見て!」
「何これ」
「何これ……って、【死に化粧】。デビューするなら必要でしょ?」
【死に化粧】。
それはデスゲーマーの正装にして勝負服。
現実世界で行われるデスゲームに対して、まるで仮想世界のアバターのような皮を被せ、デスゲーマーをデスゲーマーという独立した存在として浮世から切り分けるもの。
トッププレイヤーともなれば、そのデザインを監修する権利だけで最低でも10桁の金が飛ぶとさえ噂される、デスゲーマーの魂の象徴。
そっか、私にも必要になるんだ。
一週間も前には思いもしなかったことが、今は現実問題として降り掛かっている。
そんなことを面白おかしく、あるいは摩訶不思議に思いながら、珠月はもう一度画面を覗き込んだ。
「……で、何これ」
「だから【死に化粧】だって」
「それは分かってる。問題は──なんでこんなにキラキラしてんのって話!!」
画面に映った金髪を思いっきり指差しながら、珠月は最大限の抗議に突入した。
「何この金髪!!? 何このメッシュ!!? 何このペイント!!? 何このへそ出し!!? 何この絶対領域!!?」
「いいじゃんいいじゃん!! 私の渾身、最高傑作だし!! バリ可愛いし!! しかも多分身バレもない!! 三方良しって感じ!!」
「それにしたって限度があるでしょ!! しかもこんなのいつの間に作ってたのさ!!?」
「え、今」
「今ぁ!!?」
「だって私天才だもん。こんなの指先一つでちょちょいだし、十本使えるならそりゃ速攻だよ」
ニッシッシ、なんて笑い声が聞こえそうなほどのドヤ顔を見せつける有紗陽。
その手元には数万ポリゴンなんてレベルでは済まないモデルが歌って踊って動いている。
よりにもよってコンプレックスの赤目だけは修正していない辺りが幼馴染クオリティである。
「どうする? 私これしか作るつもりないけど」
「くっそぉ……」
「このクオリティ、よそで頼んだらデビュー前でも三桁万円はしちゃうだろうな〜! 大変、一気に石が減っちゃうかも!」
「なんで才能ある幼馴染に限ってこんなんなんだよぉ……」
「おいおい、天才ってのはなべて狂人なんだぜ?」
今にも折れそうな珠月をくすぐりながら、からかうような口調で笑う有紗陽。
相変わらず少しボサついた黒髪に僅かにうねった明るい茶髪が、まるで当人らがそうするかのように絡んでいる。
それから1分弱、酸欠でアヘりながらもバキバキに折られた珠月は見事、「デスゲーマー三日月 ミツキはオタクに厳しい金髪ギャルである」という旨を認める誓約書にサインをしていた。
「骨どころかマジで心まで折りやがってさぁ……」
「昔から効くよね〜、肋骨からの心バキバキ♡ 心臓グチュグチュはそんなに効かないのにさ〜」
「てかそっちこそボディランゲージが過ぎるでしょ。いくら幼馴染だからってすぐ内臓入れすぎ、手」
「だってきになるんだも〜ん!」
「未だに治んないんだから」とワイシャツをまくり上げた珠月の鳩尾から腹には無理矢理裂いたような傷痕が幾重にも刻まれている。
この頃の子供にはたまに見られるが、それにしたって彼女のものは酷い。
頭が切れ、好奇心旺盛で、なおかつ無遠慮。
そうなると珠月はなされるがまま、昔から2人のじゃれ合いは少々刺激的なものだった。
「ほら、またワイシャツ血だらけ。私とか自分のならともかく、人にやっちゃ駄目だからね」
「昔からそれ言ってる。もしかして独占欲?」
「なわけ」
誰にも聞かれず、そんなことを話していた2人。
それから間もなく新しい担任が姿を現して、ホームルームが始まった。
▽
「見て見て、面白いの手に入れたんだ」
春風は遊び、遥か下では下校中の生徒の声が響く、そんなありふれた放課後の屋上。
ポケットから少し古びたビニルの小袋を取り出し、中に入った白いダマを揺らしながら有紗陽は笑う。
「何それ、お清め?」
「んー、覚醒剤?」
「……はあ、本当に馬鹿。っていうか骨董品じゃん。よく手に入れたね」
「パパの老害趣味に混ざってた〜」
そしてワイシャツをめくった彼女は「よっと」とさも当然のように腹に裂け目を入れると、そこに中身を塗り込む。
それから数秒、何事もなく有紗陽は首を傾げた。
「あっは、虚無いね。ムミムシューって感じ」
「そんなん効いてたのジジババ世代まででしょ。化学部にでも寄贈すりゃ良かったのに」
「おやおや、意気地なしで良い子ちゃんの珠月でも流石に知ってたか」
「何、「好奇心は猫を殺す」なんて言ってほしいわけ?」
「やだなー、死にたくないにゃん♡」
「きしょ」
「わお、辛辣ぅ」
年相応か少しお茶目なくらいに笑いながら、有紗陽は屋上の縁に腰掛ける。
地上数百メートルにかなり値の張るパンプスがゆらゆらと揺れた。
「前ってさぁ、どんな時代だったんだろうね?」
「覚醒剤が効いてた頃の話?」
「そ。病院があって、戦争してて、ヤクザがいて──人が、死ぬ時代」
夢でも語るかのように、彼女は笑っていた。
「葬式?てのをやってたらしいよ。人が死んだら、みんなで集まってご飯とか食べるんだって」
「何それ。もういない存在のために金使うの? 馬鹿みたいだね」
「そう? うっすい布とブランド名に大金払うよりは楽しそうじゃない?」
「……有紗陽のカバン、いくらだっけ」
「あれは機能性です〜」
「……減らず口」
ため息を吐きながら珠月は有紗陽の隣に腰掛ける。
アシンメトリなウルフカットが強い風に靡いた。
「っていうか、死なないことは良いことでしょ。こっから先は上がっていく一方なんだから、人類」
「じゃあなんでデスゲームってこんなに流行ってるんだろうね?」
「人が意気地なしだから。娯楽が発展して、人はより強い刺激じゃないと満足できなかったから。「死んじゃうくらい強いのが欲しいけど死ぬのは嫌」……本当、クソダサい」
「でもさ、人が死ぬ世の中だったら珠月の才能も目覚めなかったわけじゃん?」
「別に。必要だからやっただけで活かしたいとか思ってない」
「うっそだ〜、だって楽しそうな目ぇしてたし」
「っていうか、そんなに昔に戻りたいならタイムマシンでも作ればいいじゃん。有紗陽がその気になれば出来るんじゃないの?」
「じゃあその気にしてよ」
夕日に照らされながら、有紗陽は軽やかに笑った。
「私が「現代もういいや〜」って思えるくらいすごいのを見せて。殺して殺して殺しまくって、一番高いとこまで連れてって」
「……それで? そこまで行ったら?」
「そしたらタイムマシンでも作って、人類史でも眺めに行こ」
「どんだけかかんのさ、その旅」
「1億年くらいかな〜。恐竜から見てもいいけど」
「はぁ……飽きない? それ」
「飽きないよ。だって2人だもん。一緒にこの世の果てで死のうね」
無垢な少女のように、あるいは恋する乙女のように微笑む彼女。
血が好きなくせに、その肌は血色が悪く見えるほどに白い。
珠月はいつものことだと、ため息を吐いた。
「……本当、調子狂う」
「あ、夜までに直しといてね。今夜デビュー戦入れてるから」
「はあ!? マジで早く言ってよそれ……」
「いいじゃん。その顔が見たかったんだし。……じゃ、帰ろっか」
そして2人は手を繋ぎ、仲良く屋上から飛び降りた。




