デビュー戦
「『駄作、駄作、大駄作! 嗚呼、終わらない物語の何と飲み易い毒であろう! 締まりのない世界の何と滑稽な悲劇であろう! これでは役者の給料は延々支払われないではないか!』……」
「……これ? 私のお気に入りの1ページ」
「じゃあさ、当ててみて。私が人生で最後に投げるコインは裏? それとも表?」
▽
「ふふっ、楽しそうだね。何かいいことでも思い出してた?」
「私達が初めて会った日のこと」
「ああ、あのパーティ。ほんと面白くなかったよね。やたら生ハムしょっぱかったし」
「有紗陽はもう厨二病こじらせてたし」
「え、そうかな」
懐かしい、と笑いながら珠月の髪に櫛を通す有紗陽。
その通り跡は大人しい黒から絢爛なパステルへ。
「本気で言ってる?」と幼馴染に、あるいは鏡の中の自分へと珠月は問い掛ける。
もちろん鏡像は何も口にはしなかったが、頬に指先を滑らせながら有紗陽は答えた。
「すごいでしょ? 大きな目、白い肌、シャープな輪郭……全部珠月の才能だよ。私はそれに添え物をしただけ。ほら、あっという間にみんなが憧れる美少女の完成」
「流石クラス一のスタイリスト。……で、本当にこれじゃないと駄目?」
「そりゃそうだよ。重要なのは「三日月 ミツキ」っていうとびきりの美少女がいることと、それが私以外の誰も所有出来ないってことなんだから」
「何その執着。独占禁止法引っかかるでしょ」
「残念、あんなのがちゃんと機能してたら今頃白雲家は崩壊してるよ」
「ちゃんと機能してよ、さっきの傷だってやっと治ったのに……」
「塞がっちゃったの? 残念」
そして仕上げにハイライトのためだけのコンタクトを嵌め、本人的には不本意ながらも「三日月 ミツキ」が完成する。
間髪入れずにカーン、カーンと鳴り響く、“回収”の5分前を告げる鐘の音。
「いってらっしゃい」と言い残し、有紗陽は部屋を出ていった。
「……よく考えたら5分って長いな。だって5分でしょ、カップ焼きそばが1個と少し作れるじゃん。待って、2/3は少しじゃないか。四捨五入したら2個作れるし。そもそも──」
▽
「いや、同時に作れば幾つでもいけるじゃん」
珠月がそう気付いたのは、時計の秒針が11を指したまさにその時だった。
「なんで気づかなかったんだろ」と反復するのに追加で5秒。
彼女の意識がカップ焼きそばから現実の方に戻ってくると同時に部屋の扉が開いた。
「失礼致します。三日月 ミツキ様、ただいまお迎えに上がりました」
姿を現したのは優雅な装いのクラシカルメイド。
陶器のような肌に白髪、金色の瞳や顔立ちに至るまで、あらゆる要素が無機質に構成されている。
そのままたおやかな足取りで控室に足を踏み入れる彼女に、珠月はふと疑問符を浮かべた。
「あ、はい、ども。てか、体験会とかで会ってません? 声バリバリ聞いたことあるんですが」
「……? ああ、私共イケニエ管理アンドロイドは全て同型から派生しておりますので、体験会で同じ声を聞いたのでしょう。私FFFEF6はミツキ様とは初対面でございます」
「そっか、了解」
「ご理解いただきありがとうございます。それでは会場の方にお連れ致しますので、少々ご説明を」
FFFEF6が指を鳴らすと、控室の鏡がディスプレイへと役割を変える。
そのままひたすら読み辛い文章が三面鏡を埋め尽くした後、それらを上書きするように「秘密主義」という四文字が説明文を押し潰した。
「……何の説明をしたの?」
「「秘密主義」、という説明でございますが」
「はい?」
「仕方ありませんね、噛み砕けない馬鹿のためにより簡単にご説明致します」
「ホントに別個体? ねえホントに?」
「イケニエオンラインは完全ブラックボックス、視聴者のみならず参加者に対しても詳細なシステムや会場の手配などについて明かすことはありません」
「……ああ、眠らされて、その間に、みたいな?」
「ご理解ありがとうございます。それでは最後のご質問となりますが──『小学校で一番好きな場所は?』」
「……放送室」
「かしこまりました。それでは、少々目を瞑っていただけますよう」
指示通りに珠月が目を閉じると、形を確認するように冷たい手が顎に添えられる。
そしてFFFEF6は彼女の後頭部に向けて、思いっきり金槌を振り下ろした。
「……、……は?」
「あら頑丈」
容赦無い二発目によって珠月の意識は消し飛んだ。
▽
「おい聞いたか!? 今日のデビュー戦、32人マッチだってよ! ステライト、七夕が大量出ししてる!」
「マジ!? その規模半年ぶりじゃね!?」
「ってことはここが世代の目玉か……!!」
イケニエオンラインで最も注目度の高い試合は最上位プレイヤーの集結する、半年に1回の大戦争ことSクラス。
次は強豪の集まる週末おなじみのAクラス。
その下で並ぶのが毎日開催の目玉のBクラス、そして今回のようなメンバーの揃った「スーパーデビュー」と呼ばれるデビュー戦である。
人数もさることながら、重要なのはメンバーの質。
【ステライトプロダクション】【チーム七夕】などの大手事務所が複数人送り出してくるともなれば、それだけで注目度は加速度的に上がっていく。
そして今回はステライト9人、七夕8人とそれだけで過半数越え、その他大手や準大手と呼ばれる事務所からも合計10人、そして個人勢5人と、今後半年はまず無いであろうスーパー通り越してウルトラスーパーデラックスデビューとなっていた。
公式の陣営ごとのゲームベッティングではステライト1.9倍、七夕2.1倍の2強オッズ、個人勢にいたっては皆100倍越えという狂った倍率となり、様々な思惑を抱えた1300万人が配信に押し寄せて息を呑む。
カウントダウンが終わると、映し出された管理アンドロイドのオリジナル兼イケニエオンライン唯一の公式配信者、FFFFFFが恭しく礼をした。
「ラジオ、テレビ、公式放送……のべ4000万人のデスゲーム愛好家の皆様、大変長らくお待たせ致しました。本日のデビュー戦、ゲームは【ガンナーズ】、フィールドは【小学校:大】、参加人数は32人でお送り致します」
そして彼女がパンパンと手を鳴らすと、デフォルメ版のFFFFFFのようなミニキャラが「ヨイショヨイショ」とホワイトボードを運んできた。
「スタート地点は各々事前の質問によって決定し、初期装備は9mm拳銃と弾丸18発、ミリタリーナイフ1本。食料、装備のスポーン有り。制限時間は無し、最後の1人になった時点で終了。すなわち捻りのないスタンダードでございます。各プレイヤーにつきましては副画面、副音声、データ放送からご確認下さい」
話し終えて今度はンパンパと逆再生の拍手をすると、FFFFFFも「ョシイヨョシイヨ」とホワイトボードを画面端に引っ込める。
そして最後にFFFFFF自身も姿を消すとまるで劇場のように画面の中の幕が上がり、舞台となる少し古びた、やたらと大きな小学校の各地で倒れていた少年少女らが身体を起こす。
一瞬の間を置いて彼らは動き出す……と思いきや、チャイムがそれを遮った。
『皆様、おはようございます。ただいまよりゲーム【ガンナーズ】の説明を始めます』
そんな切り出しとともに小学校に響いたのは、つい先程配信でFFFFFFが告げたルールそのものの再放送であり、彼ら彼女らプレイヤーの連絡用端末に送られてきたものと全く同様。
そして形式的な『皆様の健闘を祈ります』という挨拶で放送はすんなりと終わった。
この時点では視聴者もプレイヤーも、誰一人気に留めることはなかった。
誰かが脱落すれば『〇〇が脱落しました』と端末に送られてくる連絡の通りのアナウンスが響く。
そういうものだと思っていた、思わされていたのだ。
誰かが、31人しかいないことに気づくまでは。




