ゲームのはじまり
東歴2027年。
人類は“死”を克服した。
人体からは一切の病気が取り除かれ、老化という概念は消え、寿命という限界はもうどこにもない。
あらゆる人々にその恩恵は降り注ぎ、世界はかつてないスピード、かつてない規模で発展を続ける。
そして黄金時代を迎えた人類を待ち受けていたのはスポーツ、あるいはエンターテインメントとしての──空前のデスゲームブームだった。
▽
「『SURVIVOR!! MITSUKI-MIKADUKI!! 期待に応え怒涛の30連勝だ!!』」
瓦礫の山に立つ少女が思い切り拳を突き上げたと同時、オーディエンスの大歓声が響き渡る。
その熱狂は会場を越え、ライブ配信に食いついていた視聴者さえも巻き込むほど。
「すげぇ!! ミツキがまた勝ったぞ!!」
「もうこの世代じゃ最強だな……!」
「このまま世界まで行ってくれー!!」
全国各地、日本国内でも一日数百回は開催されているDクラスのゲームにも関わらず、その視聴者数は200万人と他の会場と比べて数十倍では済まないほどで、まさに桁違い。
理由は一つ、圧倒的な注目を集めるデスゲーマー──三日月 ミツキの存在である。
世界中で数億人の参加者、数百億人のユーザーを集めるデスゲームプラットフォーム【イケニエオンライン】にて最高記録となるデビューからの無敗の30連勝を記録した、現在最も勢いがあると言っていいホーププレイヤー。
期待を背負ってなお衰えぬ連勝劇に、デスゲームファンの熱は高まり続けていた。
「おつかれ、珠月。今日もカッコよかったよ」
「はいはい、そりゃどうも」
ところ変わって優勝者用楽屋。
幼馴染兼マネージャーの有紗陽に流行の【死に化粧】を落としてもらいながら、三日月ミツキ、もとい方舟 珠月はため息を吐く。
楽屋には彼女達の他に、副賞としてスポンサーが絶賛売り出し中のインスタント麺が段ボール一箱ポンと置かれていて、「まあ、助からなくもないか」なんて考える彼女。
パステルカラーの混ざったカラフルな金髪の下からは少しボサついた黒髪のウルフカットが現れ、ハイライト豊富な赤目は死に化粧を解けば光がガッツリ薄くなって「まるで吸血鬼」とコンプレックスに逆戻りしてしまう。
「私は元の珠月も好きだけどな〜」と髪を梳かしながら有紗陽は慰めるように呟いた。
「てかさぁ、私いつまでこんなことやってんのかなぁ……」
「まだ始めてから2ヶ月も経ってないのにそのフェーズ入るの? 言ってることアラサー魔法少女じゃん」
「ネット老人みたいなこと言っちゃってさぁ……こっちは身バレに戦々恐々だっての」
「あれ、パパママにもまだ話してないんだっけ」
「いや話せるわけなくない? デスゲーマーで満貫、廃課金で倍満、母さんの推しボコったで三倍満、父さんのスポンサーしてるとこもボコボコにしたで役満だよ」
ドレッサーに突っ伏しながら、珠月はもう一度、深くため息を吐いた。
脳裏をよぎるのはあと1年を切った大学受験やバイトのシフト、はたまたクラスメイトとの人間関係と高校3年生にはありふれた悩み事。
されどそれらを大きく増幅させてくるのが、尋常ならざるデスゲームのプレイヤーとしての才能であった。
遊び半分、軽い小遣い稼ぎにと始めたはずが、気付けば世代筆頭の注目馬に。
そこまでは考えてなかったと、珠月は自らの浅慮を悔いていた。
「いいじゃんいいじゃん! こんなに強くてすごいんだから、大学も推薦とかで狙えるって!」
「推薦は……馬鹿にされるし」
「ネットだけだよそれ」
「でもうん十年続いてる!」
華やかな雰囲気を纏って大活躍する新進気鋭のカリスマデスゲーマー、三日月 ミツキもちょいと死に化粧を剥いでやれば、ネットかぶれで文武そこそこで、あり得ないくらいデスゲームの才能がある女子高生、方舟 珠月に元通り。
彼女は頬杖を突きながら、「あの話、乗るんじゃなかったぁ……」とこれまた大きくため息を吐いた。
▽
始まりは数ヶ月前、高校2年の春休み。
幼馴染の白雲 有紗陽が体験会のパンフレットを持ってきたことだった。
「珠月、デスゲームとか興味ない?」
「デスゲーム? たまに見るけど……なんで急に?」
「それがさ、今度イケニエが中央アリーナで体験会やるらしくて! チケット取れたから一緒に行こ!」
「でも、この日ゲーセン──」
「あれ、まさか珠月知らない? デスゲームって結構稼げるんだよ?」
「……え、マジで?」
「マジマジ。ほら、D組にデスゲーマーの子いるじゃん? あの子とかアマチュアでも月30万とか稼いでるらしいし」
「そんだけあったら……天井、叩き放題じゃない? そもそも天井じゃないと出ない確率がゴミなんだけど……」
「あはは、集金システムだけはいつまで経っても変わんないからね。ま、結局はそういうこと。どう? 興味湧いてきた?」
「……まあ、少しは」
「じゃ決まりだね。私マネージャーで応募するから、珠月プレイヤーね」
「えっ、有紗陽やんないの?」
「だって珠月の方が向いてそうじゃん? 私は影で尽くす好いオンナだから」
「いつの時代? その価値観」
ということで数日後。
舞台を移して、絶賛開発中の西東京に鎮座する中央アリーナへ。
そこには10万人のキャパシティすら上回る30万人が大手のデスゲーム体験会のために、夢あふれるデスゲーマーを目指してわらわらと集まっていた。
「うっわ、すっごい人数……」
「まあ参加するだけならタダだしねー。万が一才能があって、スカウトでもくれば上々って感じでしょ」
「てか、そんな人気なんだ。デスゲーム……」
「そりゃそうだよ。男の子も女の子も今一番なりたい職業はデスゲーマーなんだから」
「えっヤバくない?」
「昔で言う野球みたいなもんじゃない? しかも割と男女の壁もないし」
「それもそう、なのかなぁ……」
長蛇の列に並ぶこと2時間。
ようやく順番が回ってきた珠月達は数多に並んだブースの一つに通された。
「はい、飛輪 アサヒ様と三日月 ミツキ様ですね。本日はデスゲーム体験会に応募いただき、ありがとうございます」
「……待って、三日月 ミツキって……」
「プレイヤーネーム必要だったからさ。適当に入れといた!」
「せめて相談……まあ、いいけど」
2人のコソコソ話が終わるのを待ってから「進めてよろしいですか?」と問いかける若い女性の声をしたAI。
それは適当に適当な説明を終えると、彼女達をそれぞれプレイヤー、マネージャー用のコフィンへと案内した。
「心拍数と呼吸数の増加が確認されました。閉所恐怖症ですか?」
「違う。てか人間って少なからず怖いもんでしょ、そういうの」
「そもそも恐怖症とそうじゃない人に明確なボーダーラインがあるわけでもないし」と妙に強がったような、自己弁護も混ざったような口調で反論する珠月。
しかし彼女の言葉は「ヴァーチャルゲームのセットアップが完了しました」というAIの声によって遮られた。
「ヴァーチャル……あ、シミュレーションみたいなこと?」
「はい。本日はあくまでも体験会、参加者の皆様に合わせた難易度調整の下で楽しんでいただき、あわよくばデスゲーマーとしてイケニエオンラインの収入源となっていただく、というのがコンセプトですので」
「AIがあわよくばとか言っていいんだ……」
「私親しみやすさをコンセプトにしておりますので。多少生意気な方が好感度向上、すなわち人受けが良いというのは調査によって判明しております」
「もう何でも言うなこのAI」
「さて閑話休題、アカウント情報を確認しましたところミツキ様は体験会も初参加とのことですが、難易度はいかがいたしましょうか。本日はチュートリアル、初級、中級、上級の4つの難易度をご用意しております」
「難易度って……具体的にはどれくらい?」
「一つ上がるごとに約半数が脱落いたします」
「……じゃあ上級で」
珠月は若者特有の根拠のない自信家であった。
「かしこまりました。世間の高い壁、どうぞ存分にお楽しみください」
「せめて応援くらい……まあいいけど」
「それでは今回の対戦ルールを開示いたします」
そんなアナウンスとともに、真っ暗だった視界に一つのランプが灯る。
ミツキが嗅ぐと蝋燭、それに古びた木の匂いがあり、仄かな明かりを頼りに見回すと、そこは年季の入った小さな小屋。
机の上に置かれた水晶玉はほんのりと神聖さをまとっている。
「……もしかして、これ……」
「はい。ご用意させていただきましたのは【人狼ゲーム】にございます。上級故に人数は13人、テイストは王道仕立てとさせていただきましょう」
「詳しくはルールブックをご覧ください」と、水晶玉の隣に置かれたファイルがパッと光る。
ミツキは少し不思議そうにしながらも、指先の赴くままにパラパラと捲った。
以下、その要約。
・朝になった時点で人狼が全滅していた場合、村人陣営の勝利、人狼の人数が村人と同数以上になった時点で人狼陣営の勝利。なおここにおける勝者とは《《生き残りに限定される》》。
・13人の内訳は人狼陣営4(人狼3、狂人1)、村人陣営9(村人6、占い1、霊媒1、騎士1)
・初日占い、連続ガード、欠けはそれぞれなし。
・制限時間は昼の話し合い10分、夜は各自の行動が終わり次第明ける。
・昼に吊れるのは1人であり、2人以上でも0人でもいけない。また、人狼陣営が殺せるのも同様である。
・夜は基本的に自らの小屋に待機だが、出入りは可能。
・夜は敵味方問わず他の参加者とコミュニケーションを取ることは不可能。
・持ち物などで役職を判別することも不可能。
「人狼ってこんなゲームなんだ……初めてやるんだけど……」
「まあデスゲームなんて初見がほとんどでしょう。にしても珍しいですね、その年でデスゲームはおろか人狼ゲームさえ未経験とは。もしやコミュ障の類ですか?」
「うるさいうるさい。AIらしく「ご質問はありますか?」とでも言ってくれりゃいいんだって」
「じゃ、また終わったら呼びに来るので」
「それすら言わないってマジ? せめてこの水晶玉くらい──あ重っ!?」
「デスゲームな以上リアリティは重視しております。人狼だろうが騎士の剣相手では撤退せざるを得ませんし、人間の耐久値もおおよそ現実と同じ物を用意しております。デスゲームの鉄則ですね」
「あ、デスゲームってそうだったんだ」
「はい。唯一違う点があるとすれば──《《人が死ぬことです》》」
「待って、死ぬってどういう──」
「それでは、健闘を祈っております」
そう言い残し、通信はプツンと切れた。
夜が始まったのだと、ミツキは何も映らない水晶玉を覗き込みながらしばらく考えていた。
▽
「以上で体験会、上級コースは終了となります」
「……やっと来た。ねえ、人狼知らないって言ったでしょ。これでいいの?」
「いえ、人狼ゲームとしては不正解、0点どころかマイナスです。そして、デスゲームとしても不正解。これではエンタメ性がありません。ですが──“殺害行為”としては満点でしょう」
翌朝、村のシンボルたる噴水に腰掛け、ミツキは空から響くアナウンスに呼びかけていた。
その手には、真っ赤に濡れた水晶玉を携えて。
「まさか一晩の間に、村人も人狼も……皆殴り殺してしまうなんて」
「だって、ルール見たら分かるじゃん。それが唯一の絶対勝てる方法でしょ」
返り血と勝利宣言で頬を赤く染めながらドヤッと笑うミツキ。
その身体に争いの痕跡はなく、無傷というよりは完璧。
「見ず知らずの人間に、一切の躊躇いなく殺意を抱ける」という、不死に満ちた世界にあって有り得ざる才能。
AIは手放しにそれを称賛した。
「正直に申し上げます。ミツキ様、あなたのことを盛大に侮っておりました」
「でしょ? なら──」
「その上で、今回の結果は隠蔽させていただきます」
「……は?」
「このようなゲームハック、思いつく人間はそう多くありません。ですが、一度明るみになれば真似する人間は多い。それはミツキ様にとっても決して良い話ではないのではありませんか?」
「……それはそうかも」
「それに、このような結果、ひいてはスカウトがなくともミツキ様なら一から上り詰めた方が楽しいでしょう。そう信じております」
「今度は買い被り? 飽きないね、AIの癖に」
「はい。愛されキャラを狙っておりますので。それともう一つ……もし占い師でなかったのなら、どのように勝つおつもりでしたか?」
「普通に首絞め。殴り合っても良かったけど、こっちもカウンターヤバそうだったし。人狼は──狂人引けなきゃ負けてたかな。一晩1人はキツすぎ」
「驚きました。いえ、あなたの精神性についてです。死が彼方に消えたこの時代で、これほどまでの──“天才”に出会えるとは」
そして最後。
別れを告げるかのようにAIはミツキの姿を型取り、ホログラムとして姿を現した。
「どうか、あなたの殺意が“デスゲーム”さえ塗り替えてしまうよう……【イケニエ】の頂点で、末永くお待ちしております。三日月 ミツキ様」
そう言い残し、プツンと切れるシミュレーター。
「やっぱり買い被ってる」と珠月はAIを鼻で笑う。
「……まあ、小遣い稼ぎになるなら悪くないかな」
上機嫌でつぶやきながら、彼女はコフィンを後にした。




