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17話 駄王子の始まり



 銀は王冠を戴かず、夜を守る。


 その言葉は、アラン・ヴァルタインにとって、ただの古い伝承ではなかった。


 幼い頃から、彼は自分の髪の色が兄や父とは違うことを知っていた。


 国王アルバート・ヴァルタインの髪は、深く輝く金色だった。陽光を受ければ、王冠そのもののように光る。玉座に座るその姿は、まさしくヴァルタイン王国の王であり、民の前に立つ者だった。


 兄であるルイもまた、同じ金の髪を持っていた。


 父と同じ色。


 王統を継ぐ者の色。


 幼い頃のルイが王城の庭を歩くだけで、侍従たちや騎士たちは自然と目を細めた。誰もが言った。ルイ殿下は陛下によく似ておられる、と。将来、立派な王になられる、と。


 それは決して皮肉ではなかった。


 ルイは幼い頃から誠実で、真面目で、王族としての責任を理解しようとしていた。学問にも剣にも手を抜かず、誰に対しても礼を失わない。幼いながらに、彼には人の背筋を伸ばさせる何かがあった。


 黄金の王子。


 民の前に立つために生まれてきたような兄。


 それに対して、アランの髪は銀だった。


 月光を溶かしたような、淡く冷たい銀。


 珍しい色だと褒められることはあった。美しい王子だと囁かれたこともある。だが、古い家の者たちの中には、彼の髪を見て一瞬だけ表情を変える者がいた。


 懐かしむように。


 恐れるように。


 あるいは、何かを思い出したように。


 幼いアランは、その視線の意味を知らなかった。


 だが、知らないままでいられるほど、彼は鈍くなかった。


 アランは、昔から理解が早かった。


 早すぎた。


 王城の教師たちは最初、それを喜んだ。


 文字を覚えるのが早い。

 数字を扱うのが早い。

 歴史を一度聞けば流れを掴み、法を読めば条文の矛盾に気づく。

 地図を見せれば、街道と補給線の意味を理解する。

 剣を持たせれば、教えられた型を数日で覚え、相手の癖を見抜く。


 教師たちは口を揃えて言った。


 第二王子殿下は、類稀なる才をお持ちです。


 最初のうちは、それは王城にとって喜ばしい報告だった。


 国王アルバートは、まだ幼い次男を見て、静かに微笑んだ。


「アランは物覚えがよいな」


 その声は温かかった。


 アランは父に褒められるのが嬉しかった。


 兄であるルイも、心から喜んでくれた。


「すごいな、アラン。もうそこまで分かるのか」


 ルイは決して嫉妬しなかった。


 弟が褒められれば、自分のことのように笑う。剣の稽古でアランが難しい動きを覚えれば、驚きながらも拍手をした。学問で教師を困らせれば、あとでこっそり「先生を困らせすぎるな」と苦笑した。


 アランは、そんな兄が好きだった。


 心から。


 ルイは光だった。


 真っ直ぐで、明るく、温かい。


 だからこそ、アランはその光が曇ることを望まなかった。


 変化は、少しずつ始まった。


 王城の廊下で、教師たちが声を潜めて話しているのを、アランは聞いてしまった。


「第二王子殿下の才は、尋常ではない」


「剣も学問も、軍略の理解まで早すぎる」


「ルイ殿下も優秀だ。だが……」


 その先は言わなかった。


 だが、幼いアランには分かった。


 言わなかったからこそ、分かった。


 だが。


 その言葉は、王城のあちこちで少しずつ形を変えて現れた。


 ルイ殿下は立派だ。

 だが、アラン殿下の才は恐ろしい。

 第一王子は王としてふさわしい。

 だが、第二王子がもし表に立てば。

 王位を巡る派閥など起こらねばよいが。


 噂はまだ小さかった。


 けれど、王城では小さな火種こそ恐ろしい。


 アランはそれを理解していた。


 理解できてしまった。


 ある日のことだった。


 アランは、王城の奥にある古い書庫へ入り込んだ。


 本来なら、子どもが勝手に入ってよい場所ではない。だが、彼はすでに王城の古い鍵の仕組みを覚えていた。どの扉がどの時間に開き、どの侍従が何を見逃すかも分かっていた。


 好奇心だった。


 そして、少しだけ不安でもあった。


 銀の髪。


 人々の視線。


 教師たちの噂。


 それらの意味を知りたかった。


 書庫の奥に、古びた王家の記録があった。


 正史ではない。


 王家の私文書に近いものだった。


 そこに、彼は見つけた。


 黄金は王冠を戴き、民を照らす。

 銀は王冠を戴かず、夜を守る。

 王国が滅びの縁に立つ時、古き軍は銀の髪に応える。


 アランは、その一節を何度も読んだ。


 意味が分からなかったわけではない。


 むしろ、分かりすぎた。


 黄金の髪を持つ父。


 黄金の髪を持つ兄。


 銀の髪を持つ自分。


 王冠を戴く者と、戴かない者。


 民を照らす者と、夜を守る者。


 幼い胸に、その言葉は重く落ちた。


 その夜、アランは眠れなかった。


 寝台の中で、天井を見上げながら考え続けた。


 兄上が王になるべきだ。


 それだけは、はっきりしていた。


 ルイは王になるべき人だ。民の前に立ち、人々を安心させ、誰かの痛みに気づき、国のために悩める人だ。父と同じ金の髪を持ち、父と同じように王国の光になれる人だ。


 では、自分は何か。


 銀の髪を持つ第二王子。


 教師たちが恐れるほど才を見せ始めた子ども。


 もしこのまま力を示し続ければ、どうなるのか。


 誰かが自分を担ぐかもしれない。


 兄と比べるかもしれない。


 兄を傷つけるかもしれない。


 王国を割るかもしれない。


 それは嫌だった。


 絶対に嫌だった。


 翌日、アランは父王アルバートに呼ばれた。


 王の私室は、幼いアランにとって少し緊張する場所だった。大きな窓から午後の光が入り、壁には古い王たちの肖像画が並んでいる。机の上には政務の書類が積まれ、インクの匂いがした。


 アルバートは窓際に立っていた。


 金の髪が、淡い光を受けて輝いている。


 その姿は、王そのものだった。


「アラン」


「はい、父上」


 アランは背筋を伸ばした。


 アルバートはしばらく息子を見つめた。


 その目は優しかった。


 だが、同時に王の目でもあった。


「昨日、古い書庫に入ったそうだな」


 アランは一瞬だけ息を止めた。


 ばれていた。


 当然かもしれない。


 王城は広いが、王の目が届かない場所ばかりではない。


「申し訳ありません」


 素直に頭を下げる。


 アルバートは叱らなかった。


「何を読んだ」


 アランは少し迷った。


 だが、嘘はつかなかった。


「銀の髪についての記録を」


 部屋の空気が、ほんの少し静かになった。


 アルバートは目を伏せる。


「そうか」


「父上」


「何だ」


「僕の髪は、何か意味があるのですか」


 幼い声だった。


 けれど、その問いは幼くなかった。


 アルバートはゆっくりと椅子に座り、アランにも向かいの椅子を示した。


「ヴァルタイン王家には、古い伝承がある。黄金の髪を持つ者は、民の前に立つ王。銀の髪を持つ者は、その王を影から守る者。そう語られてきた」


「では、兄上は黄金の王になるのですか」


「ルイは、王になるべき資質を持っている」


「僕は?」


 アルバートはすぐには答えなかった。


 アランは父を見つめていた。


 その青い瞳は、もう答えを求めるだけの子どもの目ではなかった。何かを理解し、何かを選ぼうとしている者の目だった。


 アルバートは、胸の奥に痛みを覚えた。


 この子は早すぎる。


 あまりに早く、王家の重さへ触れてしまった。


「アラン」


「はい」


「お前は、何者になるかを髪の色だけで決められる必要はない」


 父としての言葉だった。


 だが、アランは首を振った。


「でも、皆は見ます」


 アルバートは沈黙した。


「僕が剣で勝てば、兄上と比べます。僕が学問で褒められれば、兄上と比べます。僕が政務を理解すれば、兄上と比べます」


「……」


「僕は、兄上と比べられたくありません」


 アランの声は震えていなかった。


「兄上が嫌なのではありません。兄上が一番好きです。だから、嫌なのです。僕のせいで、兄上の光が曇るのは嫌です」


 アルバートは深く息を吸った。


 幼い息子の言葉は、あまりに真っ直ぐだった。


 真っ直ぐすぎて、痛かった。


「ならば、お前はどうしたい」


 王としてではなく、父として問うた。


 アランは答えた。


「僕は、兄上の邪魔にならないようにします」


「邪魔などではない」


 アルバートの声が少し強くなった。


「お前は私の息子だ。ルイの弟だ。王家にとって必要な子だ」


「分かっています」


 アランは静かに言った。


「だから、必要な形になります」


 その言葉に、アルバートは眉を寄せた。


「必要な形?」


「兄上が王になるために、僕は比較されない王子になります」


「アラン」


「皆が僕を担ごうとしないように。僕に期待しないように。僕が王位に興味がないと分かるように」


 幼いアランは、そこで初めて少しだけ笑った。


 今のアランに似た、軽く、柔らかく、どこか自分を遠ざけるような笑みだった。


「僕は、駄目な王子になります」


 アルバートは息を呑んだ。


 その場に、重い沈黙が落ちる。


 駄目な王子。


 その言葉を、幼い子どもが自分に向けて言った。


 アルバートは立ち上がり、アランの前に膝をついた。


 王が、息子の前に膝をついた。


「アラン。そんなことを自分に言うな」


 父の声だった。


 王ではない。


 ただの父の声だった。


「お前は駄目な子ではない。お前は優秀だ。優しく、賢く、強い。お前がそれを隠す必要など、本当はどこにもない」


「でも、隠さなければ誰かが使います」


 アランの声は静かだった。


「僕を使って、兄上を傷つける人が出ます」


 アルバートは答えられなかった。


 王だから分かってしまった。


 それがあり得ることを。


 貴族たちは王族の才を祝福するだけではない。利用する。比べる。担ぐ。派閥を作る。幼い王子の意思など関係なく、勝手に旗印へ変える。


 アランはそれを、もう理解している。


 早すぎるほどに。


「父上」


 アランは父の金の髪を見た。


「僕は兄上を王にしたいです」


 アルバートは目を閉じた。


「兄上が王になれば、きっと良い国になります。だから僕は、兄上の邪魔になるものを消します。僕自身も、邪魔になるなら隠します」


「それは、お前が背負うには重すぎる」


「でも、僕にしかできないなら」


 アランは少しだけ微笑んだ。


「僕がやります」


 アルバートは、息子を抱きしめた。


 小さな身体だった。


 まだ子どもだった。


 王家の未来を語るには、あまりにも小さい。


 それなのに、彼はもう自分の役割を決めようとしている。


「すまない」


 アルバートは呟いた。


 アランは驚いたように目を開く。


「父上が謝ることではありません」


「いや。私が王である限り、お前たちに重荷を背負わせる」


「父上」


「ルイには王冠を。お前には影を。そうならぬようにしたかった」


 アルバートの声は低かった。


「だが、王家に生まれた以上、完全には逃がしてやれぬ」


 アランは父の腕の中で、少しだけ考えた。


 そして、小さな声で言った。


「父上。僕は嫌々やるのではありません」


「……」


「兄上の国を守りたいのです」


 その言葉が、アルバートの胸をさらに締めつけた。


 兄上の国。


 幼いアランにとって、未来の王国はすでに兄のものだった。


 自分が王になる未来など、最初から選ぶ気がない。


 アルバートは、息子の銀髪を撫でた。


 月光のような色。


 古い誓約の色。


「アラン。約束してくれ」


「何をですか」


「自分を憎むな」


 アランは目を瞬かせた。


「駄目な王子を演じるとしても、自分自身まで駄目だと思うな。人に笑われても、自分の価値を忘れるな」


 幼いアランは、少し困ったように笑った。


「難しい約束ですね」


「そうだ。だから約束しなさい」


 王の命令ではなく、父の願いだった。


 アランはしばらく考え、やがて頷いた。


「分かりました。約束します」


 その約束が、どれほど守られることになるのか。


 その時のアルバートには分からなかった。


 だが少なくとも、その日からアランは変わり始めた。


 最初は、ほんの小さなことだった。


 授業で答えを知っていても、一度わざと間違える。


 剣の稽古で踏み込みを半歩遅らせる。


 政務の話を聞いても、興味がないふりをする。


 教師たちは戸惑った。


 第二王子殿下は気分屋なのかもしれない。


 才能はあるが、集中力が続かないのかもしれない。


 褒めるとすぐ飽きる。


 努力を嫌がる。


 そういう評価が少しずつ広がり始めた。


 アランは、それを受け入れた。


 だが、完全に手を抜いたわけではない。


 むしろ、表で手を抜いた分、裏でさらに学んだ。


 夜、皆が眠った後、書庫で政治と軍略を読む。

 朝早く、誰もいない庭で剣を振る。

 王都の地図を覚え、商会の流れを調べ、貴族の家系図を頭に入れる。

 騎士団の訓練を遠くから観察し、指揮官たちの癖を記憶する。

 王城の使用人たちの動線を覚え、抜け道を探し、誰がどの情報を握るかを知る。


 表では怠け者。


 裏では誰よりも学ぶ。


 それが、アランの選んだ形だった。


 ルイは、早い段階で気づいた。


 ある夜、王城の裏庭で、アランは一人で剣を振っていた。


 月明かりの下、銀の髪が揺れる。


 幼いはずの剣筋は、すでに教師たちの前で見せるものとは別物だった。速く、静かで、無駄がない。型通りではない。実戦を想定した剣だった。


 剣を振り終えたアランが息を整えた時、背後から声がした。


「やっぱり」


 振り向くと、ルイが立っていた。


 金の髪が月明かりに淡く光っている。


 アランは一瞬だけ固まった。


「兄上」


「最近、稽古でわざと失敗していると思った」


 ルイの声は怒っていなかった。


 だが、悲しそうだった。


「なぜだ」


 アランは答えなかった。


「私に遠慮しているのか」


「違います」


「なら、なぜ隠す」


「兄上が王になるからです」


 ルイは眉を寄せた。


 アランは幼いながらに、まっすぐ兄を見た。


「僕が目立つと、兄上の邪魔になります」


「邪魔ではない」


「でも、皆は比べます」


「比べさせればいい」


「駄目です」


 アランの声は強かった。


「兄上は王になる人です。僕は、兄上を支える人になります」


 ルイはしばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと近づいた。


「アラン」


「はい」


「私は、お前に自分を小さくしてほしくない」


 その言葉に、アランは少しだけ目を伏せた。


「小さくなるわけではありません」


「では何だ」


「影に入るだけです」


 月明かりの下で、銀の髪が揺れる。


 ルイは、その色を見つめた。


「影は、寂しくないのか」


 幼い兄の問いは、まっすぐだった。


 アランは笑った。


 その笑い方は、もう少しだけ今の彼に近づいていた。


「兄上が光っていれば、影はできます」


「答えになっていない」


「では、寂しくなったら兄上のところへ行きます」


「本当だな」


「はい」


 ルイはしばらく弟を見つめた。


 そして、真剣な顔で言った。


「なら、約束だ。お前は私の弟だ。どんな役目を選んでも、それは変わらない。私の前では、駄目な王子のふりをするな」


 アランは少し困ったように笑った。


「兄上の前では、難しいですね」


「難しくても守れ」


「努力します」


「それは守らない時の言い方だ」


 その言葉は、今と同じだった。


 アランは思わず笑った。


 ルイも少しだけ笑った。


 その夜、二人は月明かりの下で約束した。


 ルイは黄金の王になる。


 アランはその影を守る。


 だが、兄弟であることだけは、決して失わない。


 それから何年もかけて、アランは駄王子になっていった。


 夜会で怠け者のように振る舞い、令嬢たちに軽い冗談を言い、政務には興味がないふりをした。剣の腕もほどほどに見せ、学問も途中で飽きたように装った。貴族たちはやがて言うようになった。


 第二王子は惜しい方だ。

 見目は良いが中身が伴わない。

 ルイ殿下が第一王子でよかった。

 アラン殿下は王位に関わる器ではない。


 望み通りだった。


 それでよかった。


 それなのに、アランは時折、幼い頃に父と交わした約束を思い出した。


 自分を憎むな。


 人に笑われても、自分の価値を忘れるな。


 その約束は、思っていたより難しかった。


 長く演じていると、周囲の言葉が少しずつ内側へ染み込んでくる。自分は本当に駄目なのではないかとまでは思わなくても、自分の扱いを軽くすることには慣れてしまう。


 兄のため。


 王国のため。


 そう言えば耐えられた。


 だが、痛みがないわけではなかった。


 現在。


 王城の窓辺に立つアランは、遠い記憶から戻った。


 朝の光が差し込んでいる。


 目の前には、兄ルイがいる。


 金の髪は、父アルバートと同じ色だった。


 王国の光。


 王冠を戴くべき者の色。


 アランはその髪を見て、幼い日の決意を思い出していた。


「アラン」


 ルイが声をかける。


「考え込んでいたな」


「昔のことを少し」


「珍しい」


「銀の話をすると、どうしても」


 ルイは静かに弟を見た。


「父上のことか」


「ええ」


 アルバートは今、病に伏している。


 かつて王として堂々と玉座に立っていた金の髪の王は、病によって政務の多くをルイへ委ねている。だが、アランの中では今も、父はあの日の姿のままだ。窓辺に立ち、金の髪を光らせながら、幼い自分に言った。


 自分を憎むな。


 アランは小さく笑った。


「父上との約束を、僕はどこまで守れているんでしょうね」


 ルイの表情がわずかに曇る。


「お前は守っている」


「そうでしょうか」


「少なくとも、私が覚えている。父上も覚えている。お前が何者かを」


 アランは兄を見る。


 ルイの金の髪が朝日に輝いていた。


 幼い頃と同じ。


 いや、今はさらに王らしい。


「兄上」


「何だ」


「僕は、今でも兄上が王になるべきだと思っています」


「知っている」


「そのためなら、駄王子でいることに後悔はありません」


 ルイは黙っていた。


 アランは続ける。


「でも最近、少し困ったことがあります」


「何だ」


「僕が笑われると、本気で怒る人が増えました」


 ルイは一瞬だけ目を瞬かせた。


 そして、少し笑った。


「ミリア嬢か」


「ええ」


「よいことだ」


「そうでしょうか。僕としては少し困るんですが」


「困ればいい」


「兄上まで」


 アランは苦笑した。


 ルイは穏やかに言った。


「お前は長く、自分を軽く扱いすぎた。誰かがそれに怒ることは、必要なことだ」


 アランは窓の外へ視線を向けた。


 遠くに王都が見える。


 民の暮らす街。


 兄が守るべき国。


 自分が影から守ると決めた国。


 そして今、その影の中へ、ミリアが少しずつ歩いてきている。


 彼女はアランの悪評に怒った。


 傷を隠す彼を叱った。


 それでも彼の仮面を壊さないよう、怒り方を学ぼうとしている。


 アランは、自分の胸の奥にある温かさを持て余していた。


「兄上」


「何だ」


「僕は、彼女にどこまで話すべきなんでしょう」


 ルイはしばらく弟を見つめた。


「お前が一人で決めるべきことではない」


「では」


「彼女が受け取れるだけ、話せばいい。そして、お前が恐れていることも話せ」


「恐れていること?」


「彼女が深みに来ることが怖いのだろう」


 アランは黙った。


 ルイは静かに言った。


「なら、それも伝えろ。守るために隠すだけではなく、守りたいから怖いのだと」


「……難しいですね」


「王になるよりは簡単だ」


「それは兄上だから言えることです」


 二人は少しだけ笑った。


 だが、その笑いの奥にあるものは、重かった。


 黄金と銀。


 王冠と影。


 父アルバートとルイが持つ金の髪。

 アランだけが持つ銀の髪。


 その意味が、黒蛇によって再び掘り起こされようとしている。


 アランは幼い頃、自ら駄王子になることを選んだ。


 兄を守るために。


 王国を割らせないために。


 だが今、彼はもう一つの選択を迫られ始めていた。


 駄王子の仮面を被ったまま、どこまで大切な者を信じるのか。


 どこまで、自分の本当の姿を見せるのか。


 窓の外で、朝の光が王都を照らしている。


 その光の中で、ルイの金の髪が輝く。


 そしてその傍らで、アランの銀の髪は静かに光を受けていた。


 太陽にはなれない。


 なるつもりもない。


 けれど、夜を守るための銀ならば。


 その役目から、もう逃げることはできないのだと、アランは静かに悟り始めていた。

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