表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇【白銀の波切り、魂のフルスロットル】  作者: 水前寺鯉太郎
第七部 最速機兵(スプリント)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/99

タイトル未定2026/05/27 22:10

SGスプリント、最終日。優勝戦の朝。

 あかりが測定器を光の右手に当てた。

 ゼロ。

 光は数字を見た。何も言わなかった。今日の優勝戦に、この数字で臨む。それだけだ。

 ピット裏へ向かおうとした時、あかりが立ち止まった。

「光くん」

 振り返った。

 あかりの視線の先に、一人の男が立っていた。

 速水誠だった。

 光は一秒だけ動かなかった。平和島の乾いた風が、三人の間を抜けた。

「……来たんですか」

「ああ」誠は言った。「話す、と言った」

 ピット裏の隅、人気のない場所へ移動した。朝の光が、コンクリートの壁に斜めに差し込んでいた。

 あかりが誠の隣に立った。自然な動作だった。ずっとそこにいた人間の立ち方だった。

「……誠師匠」

 あかりが静かに言った。

 光はその呼び方を初めて聞いた。「師匠」という言葉が、あかりの口から出た。それだけで、二人の間にある時間の長さが伝わってきた。

 誠が口を開いた。

「お前の母親——あおいは、生きている」

 光は何も言えなかった。

「俺が離れたのは、あおいを守るためだった。地と空の両方を持とうとした俺のそばにいると、あおいが危険だった。マブイの暴走は、近くにいる人間を焼く。俺はそれが分かった上で、それでも止まれなかった」

 誠は平和島の水面を見た。

「瓜生俊樹から聞いたか。地と空の両方を持つことを恐れて逃げた、と」

「ああ」

「半分は正しい。半分は違う」誠は言った。「俺が恐れたのは自分の限界じゃない。お前が同じ道を辿ったとき、同じ場所で止まることだった。だから距離を置いた」

 光は誠を見た。

「あかりさんを送り込んだのか」

「違う」

 あかりが口を開いた。

「私が、自分で決めたんっすよ」

 それだけ言った。理由は言わなかった。

 沈黙があった。平和島の風が、また方向を変えた。

「誠師匠のマブイは千だった」光は言った。「俺は今、ゼロだ」

「知っている」誠は言った。「お前の地脈が徳山から届いた。その感触で分かった」

「ゼロのまま、今日走る」

「ああ」誠は頷いた。「それでいい」

 光は誠を見た。二十二年間、問い続けてきた男が、今朝ここにいる。父への問いが来た——しかし今朝は、問いの形が変わっていた。「なぜ逃げたのか」でも「なぜ今なのか」でもない。

 ただ、今日走る。それだけだ。

「誠師匠」光は言った。「客席から見ていてください」

 誠は何も言わなかった。ただ、一度だけ頷いた。

 あかりが光の隣に来た。スパナを握っていた。手の平に、跡が残っていた。

「行くっすよ、光くん」

「ああ」

 ネが低く一声鳴いた。平和島の朝が、静かに明けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ