表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇【白銀の波切り、魂のフルスロットル】  作者: 水前寺鯉太郎
第七部 最速機兵(スプリント)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/99

「平和島——プロペラの第三回路を、開放しろ」

徳山からの帰路。助手席のネが眠っていた。

 父の声が、まだ骨の中に残っていた。


「地と空が、一瞬だけ重なったな」


「お前の地脈が、ここまで届いた」 


「そろそろ、話す時が来たかもしれない」


 電話が切れた後、光はしばらく画面を見ていた。父が「話す」と言った。二十二年間、一度も向き合わなかった男が。


 父は地と空の両方を持つことを恐れて逃げた——俊治はそう言った。では父が「話す」内容は、その恐怖の話なのか。それとも別の何かなのか。


 答えはまだ出ない。ただ、父が動いた。それは事実だ。

 翌日、徳島のガレージ。


「光くん! 出たっすよ!! 選考委員会から正式な推薦状が届いたっすよ!!」


 あかりが端末を抱えて飛び込んできた。目が潤んでいた。画面を突きつけてきた。

 九月十日開幕。SG最速機兵決定戦——平和島競艇場。


「……来たか」


「来たっすよ!!」


 ネが足元で一声鳴いた。光はその頭を一度だけ撫でた。


「平和島の水面データを見るっすよ、光くん」


 あかりがホログラム端末を展開した。


「インの勝率が全国平均より遥かに低いっすよ。バックストレッチでの逆転が日常茶飯事っすよ。理由はこれっすよ」


 画面に風向データが広がった。東京のビル群が作り出す乱流だ。方向が一定しない。突風が水面を叩き、機体のバランスを狂わせる。


「ビル風が地脈を乱す、ということか」


「正確には、地脈の伝達経路が風の乱流で分断されるっすよ。鳴門の渦潮とは別の種類の「狂い」っすよ。光くんの物理感覚は徳山で完成したっすよ。でも平和島では、その感覚ごと風に吹き飛ばされる可能性があるっすよ」


 光は画面を見つめた。

 風か——「地と空の両方を持つ」という意味が、少し形を変えた気がした。


「平和島か。最高じゃない」


 ガレージの引き戸が開いた。杏奈が入ってきた。G1優勝を祝いに来た、という顔ではなかった。すでに平和島を見据えている目だった。


「あそこは直線のマブイ出力が一ミリでも劣った奴から沈む地獄よ。アタシの炎が鳴門で届かなかった理由、あんたが東京で証明してきなさいよ」


「杏奈のスプリントへの推薦は」


「今期は届かなかった」


 杏奈は鼻を鳴らした。


「だから、あんたが行くのよ。うちの分まで」


 それだけ言って、ガレージの端に腰を下ろした。

 光は杏奈を見た。「届かなかった場所」という言葉の重さを、光は受け取った。

 夜、ガレージに一人残った。スマートフォンが震えた。父からのテキストメッセージだった。


「平和島のビル風は、地脈を狂わせる。空を掴みたければ、プロペラの第三回路を開放しろ」


 光は画面を見た。

 第三回路——あかりに聞いたことがある。朱雀の一号機には、大二郎が設計段階で組み込んだ未開放の回路がある。通常の物理出力と地脈伝達の二回路に加えて、第三の経路だ。あかりは「光くんのマブイが一定値に達しないと、開いても意味がないっすよ」と言っていた。


 今、マブイは「二」だ。父は、その「二」が第三回路を開くのに足りると判断した——ということか。


「あかりさん」光は電話をかけた。

「はいっすよ」すぐに出た。起きていた。


「平和島に入る前に、朱雀の最終換装をやる。第三回路を開放する」


 一秒の沈黙があった。

「……了解っすよ」あかりは言った。「データは揃ってるっすよ。師匠がいつか使うと思って、ずっと準備してたっすよ」


「師匠が設計したのか、あの回路を」


「はいっすよ。『光くんのマブイが戻ったとき、風を掴む回路が必要になる』って言ってたっすよ。大二郎師匠は、全部知ってたっすよ」


 第三回路の最終調整を終えた直後、右指の傷跡から感じていた温かみが——消えた。

 マブイが、また尽きた。

 光はその事実を静かに受け取った。面白い。第三回路を開いた代償か、それとも別の理由か——どちらでもいい。平和島がある。走れる。


「行くぞ、ネ。東京だ」


 ネが低く一声鳴いた。徳島の夜空に、星が出ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ