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からくり競艇【白銀の波切り、魂のフルスロットル】  作者: 水前寺鯉太郎
第七部 最速機兵(スプリント)編

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「融合——朱雀の骨格が、俺の骨格だ」

G1・徳山サントリーカップ、最終日。優勝戦。

 朝のピット。光は一号機のカウルに右指の傷跡を当てた。


 師匠の温かみが来た。いつもと同じだ。しかし今日は、その温かみの奥に別の何かがある——徳山の広い水面の底が、すでに足の裏に届いていた。


「光くん」あかりが来た。「昨夜のシミュレーション、百二十回走らせたっすよ」


「結果は」 


「〇・〇三秒のズレを埋めるには、物理入力と地脈反応を『切り替える』のではなく『重ねる』必要があるっすよ。レバーを引く右指の動きと、足の裏の地脈感知を、同じ一つの動作として処理するっすよ」


「一つの動作として」


「レバーを引く瞬間に、足の裏で水面を踏む。同時に。分けない。それだけっすよ」


 光は右指を見た。傷跡がある。この傷が物理感覚の指標になった。そして同じ瞬間に、足の裏で水面を踏む——朱雀の骨格を通じて、物理と地脈が一つになる。


「やってみる」


「はいっすよ」あかりはスパナを握った。「あとは光くんを信じるだけっすよ」


 出走表。


 一号艇・赤崎雄大(山口支部・チルト三度・重爆撃型)

 二号艇・速水光(徳島支部・物理特化・マブイ二)

 三号艇・瓜生俊治(静岡支部・三重血脈)


「ピットアウト、六艇!!」


 ファンファーレが響いた。

 コース争い。赤崎が一コース、光が二コース、俊治が三コースへ。昨日と同じ陣形だ。しかし今日の空気は違った。


 スタートラインへ向けて、朱雀のプロペラがキリキリと水を噛む。

 光は右指をレバーに当てた。足の裏を、徳山の水面に預けた。

 分けない。同時だ。


 スタート——ゼロ。コンマ〇三。赤崎と同時だった。

 一マーク。赤崎がチルト三度の爆発的な出足でインへ飛び込んだ。光はその外、二コースから差しにいった。

 右指がレバーを引いた——同時に、足の裏が徳山の水底を踏んだ。

 来た。


 〇・〇三秒のズレが、消えた。物理と地脈が一つの動作として重なった瞬間、朱雀のプロペラが徳山の水を別の質感で掴んだ。鳴門での「揺りかご」でも、桐生での「物理旋回」でもない——その両方が同時に機能している感触だった。

 一マークを、これまでより半艇身内側で回り切った。


「二号艇・速水光、一マーク先頭!!」


 バックストレッチへ出た。先頭だ。

 後ろで赤崎のチルト三度が唸った。エンジンの爆発力が直線に全部乗っている。近づいてくる。

 光は右指と足の裏を、同時に使い続けた。分けない。朱雀の骨格が俺の骨格で、徳山の水が俺の地脈だ——その感覚を、バックストレッチの全長に渡って保ち続けた。


 これまでと全く違う種類の「伸び」が来た。物理の速さと地脈の重さが一本になって、朱雀が水面を削っていく。

 赤崎が追ってきた。差が縮まらなかった。


「赤崎、届かない!! 二号艇・速水光、独走!!」


 最終コーナー。俊治が外から被せてきた。三重血脈の全力だ。

 光は揺りかごの形を作った——物理と地脈を同時に使って。俊治の速度を根にした。外からの圧力が推進力に変わった。朱雀が、さらに前へ出た。


「二号艇・速水光、ゴールイン!! G1徳山、優勝!!」


 エンジンを切った。水面の音だけが聞こえた。

 右指がまだ熱かった。足の裏に、徳山の水圧の余韻が残っていた。物理と地脈が「一つの動作」として機能した感触が、骨の中にあった。


「光くん……!!」


 あかりが飛び込んできた。声にならない声が出ていた。光はその肩を受け止めた。


「ありがとう、あかりさん。昨夜のシミュレーション、百二十回分、全部出た」


「……はいっすよ」あかりは泣きながら言った。「全部出たっすよ」


 俊治が来た。


「速水」


「ああ」


「あのバックストレッチ——物理と地脈を同時に使っていたな」


「初めてできた」


 俊治は少し間を置いた。


「父が言っていた。速水誠はいつか、地と空の両方を持つ男になると。お前はようやくその入口に立った」


「地と空の両方」


「父は、お前の父親がそれを恐れて逃げたとも言っていた。地と空の両方を持てば、人間の器を超えるかもしれない——だから逃げたと」


 光は俊治の言葉を受けた。

 父への問いが変わった。「なぜ逃げたのか」ではない。「地と空の両方を持つことを、父は恐れたのか」という問いになった。


「……俊治。また走ろう」

「ああ」俊治は背を向けた。「次はSGの舞台で。父たちの因縁は、そこで終わらせる」


 その夜、光のスマートフォンが震えた。画面を見た。


 着信:速水 誠


 光は通話ボタンを押した。


「……徳山で走ったか」


 父の声だった。静かだった。


「はい」


「地と空が、一瞬だけ重なったな」


 光は右指を見た。「どこで見ていたんですか」


「見ていない」しばらく沈黙があった。「お前の地脈が、ここまで届いた」


 光は何も言えなかった。


「光。俺がいつか話すと言っていたことがある。……そろそろ、話す時が来たかもしれない」


 電話が切れた。

 足元でネが低く一声鳴いた。瀬戸内の夜空が、静かに広がっていた。

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