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からくり競艇【白銀の波切り、魂のフルスロットル】  作者: 水前寺鯉太郎
第七部 最速機兵(スプリント)編

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「融合の失敗——一瞬だけ、来た」

G1・徳山サントリーカップ、三日目。準優勝戦。

 朝のピットに、瀬戸内の風が吹いていた。バックストレッチの向こうに太華山が見えた。


 出走表を確認した。


 一号艇・赤崎雄大(山口支部・重爆撃型)

 二号艇・速水光(徳島支部・物理特化)

 三号艇・瓜生俊治(静岡支部・三重血脈)


「三人とも、SGスプリントの推薦枠を狙ってるっすよ」あかりが言った。「このレースで結果を出した方が、委員会の評価が上がるっすよ」


「分かってる」


 光は朱雀のプロペラを指で弾いた。昨夜あかりが叩き直した直線特化型の刃先が、朝の光を鋭く反射した。

 スタート前。ピットで赤崎が声をかけてきた。


「速水。昨日の第五レース、見てたぞ。バックストレッチでお前の朱雀が一瞬だけ別の顔になった。……あれは何だ」


「分からない」


「嘘をつくな」赤崎は光の右指を見た。「マブイが戻り始めてるんだろ。だが——」


 赤崎は自分のチルト設定を指で示した。三度だ。


「物理と地脈を分けて使っている間は、俺のチルト三度には追いつけない。俺はどちらも同時に叩き込む。それがスプリントの走り方だ」


 それだけ言って、自分のボートへ戻った。

 光は赤崎の背中を見た。「同時に使う」——あかりが昨夜言ったことと同じだった。


「ピットアウト、六艇!!」


 ファンファーレが響いた。朱雀が水面へ出た。

 コース争い。光は二コースをキープした。赤崎が一コースへ。俊治が三コースに落ち着いた。

 スタートラインへ向けて、三艇の殺気がぶつかり合った。


 光は右指をレバーに当てた。「二」の地脈が、チタンフレームを通じて水面に届こうとしていた。今日は「同時に使う」——物理入力と地脈を分けない。朱雀の骨格が俺の骨格で、徳山の水が俺の地脈だ。


 スタート——ゼロ。コンマ〇四。

 赤崎がコンマ〇三で飛び出した。チルト三度の爆発的な出足だ。一コースから完璧なイン逃げ体制に入った。

 光は二コースから差しにいった。右指が物理入力を送る。同時に「二」の地脈を——


 来なかった。

 物理と地脈が、バラバラに動いた。プロペラの回転数と地脈の感触が噛み合わない。一マークの旋回で、コンマ数度だけ外へ膨らんだ。

 その隙間を、俊治が差してきた。


「三号艇・瓜生俊治、二コースへ!!」


 俊治が光の内を抜けた。二番手に出た。

 バックストレッチ。赤崎が先頭、俊治が二番手、光が三番手。

 光はスロットルを絞り直した。物理だけで走る。地脈は忘れる——そう切り替えた瞬間、朱雀の伸びが戻ってきた。右指の傷跡が徳山の水面を読んだ。俊治との差が縮まった。


 最終コーナー。光は揺りかごの形で俊治の外に被せた。プロペラの回転数を最大まで上げた。

 コンマ数ミリ——届かなかった。


「二号艇・速水光、三着!!」


 ピットに戻った。エンジンを切った。しばらく動かなかった。


「光くん……」あかりが来た。

「分かってる」光は言った。「物理と地脈を同時に使おうとして、両方が中途半端になった」


 あかりはデータを確認した。


「一マークの旋回波形っすよ。物理入力と地脈反応が〇・〇三秒ずれてるっすよ。この差が膨らみになったっすよ」


「〇・〇三秒か」


「でも——」あかりは別の波形を指した。「バックストレッチの後半、ここだけ見てくださいっすよ。一瞬だけ、物理と地脈が完全に重なった瞬間があるっすよ」


 光は波形を見た。確かにあった。ほんの一瞬だけ、二つの波形が完全に重なった点があった。


「あの瞬間、俊治との差が一番縮まったっすよ」


「あの一瞬が、ずっと続けば——」


「勝てる」


「はいっすよ」


 俊治がピットの端に立っていた。光と目が合った。

「三着か」俊治は言った。批判ではない声だった。


「だが、あのバックストレッチの後半——あれが出続けたら、俺でも止められなかった」


「一瞬だけ来た」


「一瞬じゃ足りない」俊治は前を向いた。「明日の優勝戦で、その一瞬を、ずっと続けてみせろ。父たちの因縁は、そこで決める」


 それだけ言って去った。

 光は徳山の水面を見た。

 物理と地脈を分けるな。朱雀の骨格が俺の骨格で、徳山の水が俺の地脈だ——その感覚が「〇・〇三秒のズレ」を埋めたとき、何かが変わる。


「ネ、明日だ」

 ネが低く一声鳴いた。夕日が瀬戸内の水面を橙色に染めていた。

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