「激突——「一」が、跳ね上がった」
一マークが迫っていた。
三コースから俊治のまくりが来る。カミソリのような伸びだ。深田の冷静さと永島の鋭さが混ざり合った、計算された暴力だった。
光はレバーを放さなかった。
俊治の機首が光の右舷を削ろうとした瞬間——光は揺りかごの形を作った。まくりの圧力を受け止める。俊治の速度が根になる。朱雀の機首が、その力を前へ変換した。
ドンッ——!!
弾き出されたのは俊治の方だった。
「なっ……!」
俊治の機体が外へ流れた。光は一マークを最小半径で回り切った。
「一号艇・速水光、一マーク先頭!!」
バックストレッチへ出た。
その瞬間だった。
右指の傷跡に、これまでとは違う何かが走った。熱ではない。振動でもない。もっと深い場所からの——圧力だ。朱雀のチタンフレームが、光の骨格と完全に噛み合った。徳山の広い水面の底が、足の裏に届いた気がした。
鳴門で感じた「一」の感触より、はるかに深い。
二周目。俊治が追ってきた。三重血脈の全力が朱雀の後流を走る。しかし今の光には届かなかった。バックストレッチを走るたびに、右指の何かが強くなっていく感覚があった。
最終コーナーを抜けた。チェッカーフラッグが翻った。
「一号艇・速水光、一着!!」
ピットに戻った。エンジンを切った。右指を見た。普通に見えた。傷跡があるだけだ。しかしあの瞬間の感触が、骨の中にまだ残っていた。
「光くん、今のバックストレッチ——データに異常な数値が出てるっすよ」
あかりが駆け寄ってきた。タブレットの画面を見せた。熱効率ログが、これまでの「一」の反応とは別の波形を描いていた。
「……何が起きたんだ」
「分からないっすよ。でも、何かが変わったっすよ」
「あかりさん。夜、測定器を当ててくれ」
「はいっすよ」あかりは答えた。声がまだ少し震えていた。
足元でネが低く一声鳴いた。徳山の水面が、夕日の中で静かに輝いていた。




