「一——地脈の火種が、戻ってきた」
朝の整備室。誰もいない静かな時間。
光がウエスで一号機を磨いていた時——右指の傷跡に、温かみが走った。地熱のような、重苦しい温かみだ。
「光くん……? 手を止めて、どうしたんっすか?」
あかりが声をかけてきた。
「あかりさん。マブイ測定器、当ててみてくれないか」
あかりは携帯型のインジケーターを光の右手に近づけた。液晶画面に表示された数字——「一」。
「い……一……!? ゼロじゃないっすよ!! 光くん、動いてるっすよ!!」
あかりの目が潤んだ。
「……一か」光は言った。「まだ属性もへったくれもない、ただの小さな火種だ。泣くな、あかりさん。レースじゃ今まで通り物理だけで戦う」
父は——俺の地脈が一になったことを、知っているのか。という問いが来た。「その地で大地を証明してみせろ」と父は言った。その言葉が、この「一」に繋がっているのか——まだわからない。
【予選第十一レース】
四号艇・青のカポック。コンマ〇六のスタート。
一マーク。他艇の魔力が朱雀に来た。しかし今日は少し違った——右指の「一」が、チタンフレームの振動と、初めて微かに噛み合った気がした。
物理だけではない、何かが加わった——という感触だ。わずかだ。しかし確かにあった。
一マークを最小半径で旋回した。大二郎の一号機が、これまで以上に滑らかな音を響かせた。
「四号艇・速水光、独走!! 圧巻の操舵!!」
一着。パーフェクト予選首位通過が確定した。
「光! 今の一マーク、なんか少しブレが消えたじゃない。何をしたんじゃ?」
「何もしてない」光は言った。「ただ、朱雀が前よりちょっとだけ、言うことを聞いてくれた気がする」
右手をポケットに隠した。
あかりがデータを見た。熱効率ログが微かに跳ね上がっていた。
「……地脈が、戻ってきたっすよ」
誰もいない整備室で、一人で言った。
「ネ、明日だ」
ネが低く一声鳴いた。夏の鳴門の夜が、静かに深まっていた。




