「同門対決——杏奈の炎を、踏み台にする」
朝のピットに、前夜の余韻が残っていた。
光がウエス一枚で一号機を磨いて引き上げたという事実が、全国選抜のレーサーたちの脳裏にまだ重くのしかかっていた。三宅が火花を散らし、西野が空気を凍らせ、それぞれ必死に整備に奔走していた。
光はただ静かに朱雀のボディを磨いていた。
真夏の太陽が鳴門の水面を焦がし始めた。高温多湿の空気はエンジンの吸気密度を下げる——しかし大二郎とあかりが叩き上げたコンマ〇一ミリのクリアランスの黄金比が、熱ダレを防いでいた。
【予選第十一レース:同門対決】
一号艇・光。三号艇カドに杏奈が構えた。
スタート——ゼロ。コンマ〇五。
「光ぃ! うちらのどっちが熱いか、ここでハッキリさせようや!!」
杏奈の炎神マブイが大爆発した。鳴門の海水を沸騰させるような紅蓮のプラズマが朱雀を包む。
しかし光の右指の傷跡がステアリングと噛み合った瞬間——感じた。
杏奈の業火の熱風が、水面に超高気圧差を作り出している。その気流の向きが、一マークへの最短ラインと完全に一致している。杏奈の炎を、押し出す力として使う——揺りかごと同じだ。
朱雀の流線型が気圧差を受け止め、前へ押し出された。一マークを差し抜いた。
「なっ……うちの炎を、物理だけで踏み台にしたんか!?」
バックストレッチへ出た。独走だった。ゴール板を抜けた。
師匠の一号機で——父の水面で——杏奈に競り勝った。
父は——同門のレーサーと戦ったことがあるのか。という問いが来た。師匠・大二郎と父・速水誠は同じ時代を走っていた。あの二人は友として戦ったのか、それとも——まだ知らない。
「杏奈、受けてくれてありがとう」
ヘルメットを脱いで言った。
「次は絶対に抜かせんけぇな!」と杏奈が返した。
「ああ。明日も頼む」
ネが低く一声鳴いた。夏の鳴門の水面が、昼の太陽の下で輝いていた。




