「師の一号機——真空も雷も、ただの風と静電気だ」
二〇五四年八月、鳴門の夏。
G2「海王決定戦」、予選初日。
第五レース。杏奈が三号艇からカドまくりを仕掛けた。炎神マブイが真夏の海水を蒸発させる。大輝の水蒸気すらガソリンに変えて加速した。圧倒的な火力でイン勢をまとめて抜き去り、一着ゴール。
第十二レース、海王ドリーム戦。
光は一号艇、白いカポック。
「速水……俺の真空でお前の行く手を完全に阻む」
二号艇・西野和正。三号艇・三宅迅がバチバチと雷を滾らせていた。
「俺の朱雀は、もう仕上がってる。師匠の残してくれた一号機は、一ミクロンのズレもなく、俺の肉体と噛み合ってる」
スタート——ゼロ。コンマ〇四。
三宅が電撃を放った。西野が真空旋回を発動した。しかし、朱雀には干渉されるべきマブイが存在しない。三宅の電撃も西野の負圧も、チタンフレームを通り抜けて背後の水面へと霧散した。
真空も、雷も——俺にとってはただの風と静電気だ。
一マーク。超抜一号機のトルクが鳴門のうねりをねじ伏せた。右指の傷跡がステアリングを通じて朱雀の骨格と噛み合った。ハンドルをミリ単位で固定した。レバーを握り込んだ。
朱雀が一マークを完璧な物理ラインで回り切った。
「な……プレッシャーが効いていない……?」
和正が目を見開いた時、白い一号艇は遥か彼方へ突き抜けていた。
独走で一着。
遠く徳島のデータ室で、あかりはモニターを見た。旋回波形が出た。一RPMの狂いもない。
「……やったっすよ」
それだけ言った。
ヘルメットを脱いだ。師匠の一号機で勝った——という事実が来た。師匠は「一号機という大地」を残してくれた。父は——俺に何かを残してくれたことがあるのか。その問いが来た。答えは出ない。
「師匠、ありがとうございます」
光は一号機のカウルに手を当てた。
「ネ、明日も行くぞ」
ネが低く一声鳴いた。夏の鳴門の水面が、夕日の中で橙色に輝いていた。




