「一号機——師匠が残してくれた大地」
真夏の鳴門。モーター抽選会場。
徳島支部と全国選抜、五十二名のレーサーが揃った。ガラポンが回る乾いた音だけが響いていた。
「俺は二十四号機ばい! 出足はそこそこ良かばってん、光君の隣だけは絶対に走りたくなかばい~!」
大峯大輝が泣きべそをかいた。
「五十一号機。悪くない」
西野和正が冷徹に確認した。
「三十六号機! 速水ごと、俺の雷で消し炭にしてやる!」
三宅迅がバチバチと火花を散らした。
彼らの胸の中には、ある共通の恐怖があった——光がワーストを引けば、桐生のように完璧な物理の機体に仕立てる。光が超抜を引けば、物理の操舵と最高の機械が合わさる。どちらに転んでも、勝ち目がない。
光はガラポンのレバーを握った。銀色の筒が回った。玉が転がり出た。
「速水光選手——モーター番号、一号機!!」
会場が静まり返った。
一号機——先月引退した香芝大二郎が、あかりと共に現役最後の意地をかけて仕上げた、鳴門現行最高勝率のエースモーターだ。
「う、嘘だろ……」
三宅の顔から血の気が引いた。大輝が崩れ落ちた。和正が目元を引きつらせた。
光は一号機のカウルに右指の傷跡を触れさせた。師匠が残してくれた大地——という感触が来た。
師匠は大地を残してくれた。では、父は——俺に何かを残してくれたことがあるのか。電話をかけてきた。滋賀へ行けと言った。しかし「大地」という形で何かを残してくれたことは——まだない。
答えは出ない。
「一号機。師匠が残してくれた最高の相棒だ」
光はあかりを見た。
「あかりさん、最高の調律を始めよう」
「はいっす!」
ネが低く一声鳴いた。夏の鳴門の水面が、真昼の太陽を受けて輝いていた。




