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からくり競艇【白銀の波切り、魂のフルスロットル】  作者: 水前寺鯉太郎
第五部 鳴門王座特区戦編

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「できた——あかりさんのマブイが、この機体に入ってる」

 三月、SG『鳴門王座特区戦』、前検日――。

 大鳴門競艇場のピット裏には、最高峰のステージに挑む修羅たちが一堂に揃い踏みしていた。


 この魔戦特区の最高峰たるSG戦線においては、レーサー個人に一人の『専属メカニック』をピット内へ帯同させることが特別に許されている。レーサー固有のマブイと鉄のシリンダーを結合し、エンジンの出力を極限の限界を超えて引き出す――全国から集結した、別名『魂の調律師チューナー』たちだ。


「光くん、三十九号機のクランクシャフトの軸受けに、コンマ〇一ミリの不規則なラグ(ブレ)があるっす。大鳴門の獰猛な激流では、この僅かな誤差がターン時の致命的な跳ね(バウンド)に繋がる。……今、アタシの手で完全に埋めるっすよ」


 あかりは黒いグリースで汚れた顔を拭おうともせず、凍てつく空気の中で、その細い指先を正確に動かしてボルトを締め続けた。


「頼む、あかりさん」


 光は無表情のまま、その油まみれの華奢な背中を見つめ、静かに、だが絶対の質量を以て言い放った。


「俺のこの規格外の地脈を受け止められるのは、世界中でこの三十九号機と――あかりさんの整備ハッキングだけだ」


 あかりは何も言わなかった。ただ、一瞬だけスパナを握る指先が白くなるほど強張り――すぐに、何事もなかったかのように次のボルトを冷徹に締め続けていった。

 周囲のワークエリアでも、ライバルたちと専属調律師による極限の結合シンクロが続けられていた。

 佐賀の大峯大輝は、またしても泣きながらワースト個体である十二号機のカウルにしがみついていた。


「親父ぃ、全然回らんとばい~っ! 出力がドロドロのまま上がらん!」


 彼の真後ろから、専属メカニックの佐伯が厳しい愛のムチ(檄)を容赦なく加える。大輝の目から溢れ出た大粒の涙が、十二号機の冷たいウォータージャケットに吸い込まれた瞬間――ジューウウウ、と凄絶な地熱を伴った沸騰する熱泥の白煙が、ピットの床から激しく噴き出した。最悪のワースト機が、大輝の激情と専属の業によって、別の恐るべき呪物へと変貌していく。


 一方、福岡の西野和正の傍らでは、専属メカニックの工藤が冷徹なトーンでデータを報告していた。


「六十四号機の真空吸気圧、事前の予定数値を〇・三パーセント上回る領域で完全固定しました」


 和正の指示通り、吸気バルブの周囲は完全に鏡面化され、彼の放つ《真空》のマブイが一切の流体抵抗なく、エース機の燃焼室へとダイレクトに吸い込まれていく。


「光くん、できたっすよ」


カチャリ、と音がした。

 あかりが最後の一本となるピストンヘッドのボルトを締め終えた。

 それは報告でも誇示でもない。ただ、完璧な戦闘ロジックがここに『完成した』という絶対的な事実の提示だった。


 光は組み上がった玄武に搭載された三十九号機の無骨な鉄の肌に、そっと掌で触れた。

 ――重い。さっき前検室で触れた時よりも、遥かに高密度な地球のコアと同じ重圧が、金属の奥底からドクドクと伝わってくる。


「さあ、試運転の初期ログ、一滴残らず全部刈り取るっすよ!」


 あかりが力強くノートPCを立ち上げる。

 地を捨てて空へ逃げた父・速水誠は――かつて、現役時代の絶対王政の時代に、一体どんな『魂の調律師』を背後に従え、世界をハッキングしていたのだろうか。


 誠の背後でその心臓を叩いていた伝説のメカニックの影。大二郎師匠なら知っているかもしれない。架純さんならデータを持っているかもしれない。しかし、光はあえて何も聞いてはいない。


 父への不滅の問いが、このSGのピット裏で、またしても美しくそのカタチを変えていく。

 「父の背中」を追うのではない。父が戦い、父を支えた、あの機械と人間の極限のシステムそのものを、今ここにいる俺とあかりさんの『玄武』で完全にブチ抜くための問いへ。


「ネ、行くぞ。俺たちの地脈を、今度こそ水面へ刺す」


 ゲートの向こう側で、大鳴門の白く輝く試運転水面が彼らの出撃を待ちわびていた。

 光がスロットルを静かに握り込んだ瞬間、あかりの手によって完全にハッキングされた三十九号機のシリンダーが、水底の岩盤を震わせるような、低く重厚な咆哮を轟かせ始めた。

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