表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり競艇【白銀の波切り、魂のフルスロットル】  作者: 水前寺鯉太郎
第三部 鳴門激流編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/99

「炎と地——鳴門の水面で、二人が並んだ」

 GⅢ『鳴門金時記念』五日目。予選最終日、第九レース。

 先ほどの前半戦で見事な一着を獲り、優出の片端を掴みかけた光にとって、この後半戦で『二着以内』に入ることだけが絶対条件だった。


「光……。うちもこのレースにいるけんな。手加減なんてしたら、この水面ごと焼き尽くすぞ」 


 南野杏奈だ。

 一号艇、白の勝負服。光は二号艇、黒の勝負服。

 『鳴門地脈グループ』の仲間であり、今この瞬間においては、互いの進路を阻む最大のライバルがすぐ隣にいた。


「分かってる」


 光は冷徹なトーンのまま、静かに、だが熱く言い返した。


「全力で来てくれ。それが、南野さんの炎に対する礼意だ」


 ピット離れのシグナルが鳴り響く。

 杏奈の赤い艇が電光石火の旋回でインコースを完全に確保した。光も一歩も引くことなく、その懐へと滑り込み、二コースへ深く潜り込む。


 進入隊形は、混戦なしの【一・二・三 / 四・五・六】。


 光はスロットルを静かに握り込んだ。水面で何度も互いのマブイをぶつけ合ってきた相手だ――だからこそ、次の一歩が、言葉を介さずとも肌感覚で読める気がしていた。

 スタート――ゼロ。


「コンマ〇二、二艇同時スタート!! 並んだ!!」


 実況の絶叫が響く。

 第一ターンマーク。光が内側から旋回軸を押さえ込もうとした――その瞬間、すでに杏奈はそこにいた。

 炎属性の魔戦艇が放つ固有マブイ――『熱で水の抵抗を消す』。


 光の地脈が鳴門の底へ根を張るよりも遥かに速く、杏奈は水を白煙ごと焼きながら、驚異的なトップスピードで旋回していた。根が届く前に、一号艇の白いカウルが鋭く差し抜けていく。


「……速い」


 光はその美しくも獰猛な背中を追いながら、即座にスロットルを絞り直した。

 昨夜完成させた『揺りかご』の形状を展開し、杏奈の放った爆発的な引き波を船底で受け止める。炎が水面を焼き、道を拓く――大地はその焼かれた轍を、超重量で真っ直ぐに踏みしめていく。


 二周目、バックストレッチ。

 ここで玄武のチルト三度の伸びが爆発した。杏奈の紅蓮の炎と、光の赤茶色の地脈エネルギーが、水面の上で激しく火花を散らして拮抗する。

 他艇はすでに数艇身後ろの霧の中に消えていた。完全なる、二人だけのデッドヒート。


 最終周回、最終コーナー。

 ここだ――光は内側から最短の旋回軸を強硬に押さえにいく。

 杏奈の炎が、魂の最後の一絞りを出した。猛烈な熱圧によって水流が激しく弾け飛ぶ。散った海水が光の張る重力の根の外へと逃げ出し、推進力の足場が一瞬だけ浮いた。玄武の旋回軌道が、コンマ数度だけ外側へと押し戻される。


 わずかな、本当にわずかなハナ差だった。それだけだ。

 だが、ゴールラインの直前で、決定的な半艇身の差がついた。


「一号艇、南野杏奈、一着!! コンマ差で二号艇、速水光、二着!!」


 電光掲示板にガチリと確定ランプが灯る。

 一着・杏奈。二着・光。

 条件クリア――これで、優勝戦進出だ。

 父・速水誠は――かつて、この極悪な鳴門の決勝ステージに立ったことがあるのか。


 その消えない問いが一瞬だけ脳裏を過り、そして静かに消えていった。

 ピットに戻った二人は、カポックを着たまま激しく肩で息を切らせていた。

 杏奈はヘルメットを力任せに脱ぎ捨てると、顔を林檎のように真っ赤に上気させて、弾けたように笑った。


「……やったぞ! うちの方が、一歩早かったな!!」


「ああ。完敗だ」


 光は手甲で顔の煤を拭い、淡々と言った。


「あの最後の伸び、本気で火傷するかと思った」 


「光くん!! 二走とも完璧でしたよ!!」


 あかりが加工室から血相を変えて駆け寄ってき、すぐさま玄武の船底とカウリングのログを確認し始める。だが、その華奢な背中は、いつもより少しだけ硬く、張り詰めているように見えた。

 大二郎が太い腕を組んだまま歩み寄り、深く、重厚に頷いた。


「だが光、徳島の本当の厳しさは明日からだぞ」


「はい」


 光は黒曜石の瞳を真っ直ぐに向け、言い放った。


「鳴門の王座、獲りに行きます」  


「明日は、うちが一番にチェッカー受ける。絶対に負けないぞ」


 杏奈が不敵に、眩しいほどの笑顔で宣戦布告する。


「俺もだ」


 光は静かに答え、足元を見つめた。


「……ネ、明日、全部出し切ろう」


 足元でネが、その言葉に応えるように、低く、深く、地鳴りのような一声を鳴らした。

光は再び、阿波の深く暗い夜空を見上げた。

 父親への命懸けの問いは、骨の最深部で、消えるどころかさらに黒く巨大に燃え上がっている。


 明日、ついに決勝のグリーンシグナルが灯る。父もまた、この孤独な景色の中に立っていたのか――それはまだ、わからない。

 ただ、今日よりも遥かに深く、誰も辿り着いたことのない大渦の底があるあの場所へ、俺は明日、また何度でも沈むだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ