彷徨う出来事No.145~失敗とモラハラ
昨今、農水大臣の演説においての発言が話題になっている。
内容が内容なだけに情けないやらと
いうか呆れるしかない。
相変わらず己を大きく見せたいが
ためにとはまさにこの事であり、
もちろん全ての議員ではありませんが
資質も低下しおごり高ぶりが
過ぎるとしか感じられない。
筆者もかつては取材という形では
ありますが、与野党問わずの議員の
講演会では己の力を過信して大きく
見せたい欲のためなのか
こういう発言をされていた方々が
それなりにいらしたので、
あまり驚きを感じないのが
率直な思いでもあるし、
一方で選挙においてこの人に
投票すれば仕事を回してもらえると
考える有権者も少なくはないだろう。
今回の問題だけでななく固定票と
されるものでもあります。
歴史を紐解けば田中角栄元総理が
地元のために道路や新幹線開通へ、
浜田幸一元衆議院議員が
東京湾アクアラインの開通を
それぞれ尽力したと感じて
いただければ分かりやすいだろう。
また、今回の問題も片方は取り上げて
片方は取り上げないのも偏向報道だと批判されるのも仕方のない事だろう。
かつての民主党政権時にも
当時の石井一選挙対策委員長は
長崎県知事選挙においての演説で
民主党を選ばないという
選択をされるのであれば、
民主党政権は長崎に対し
“それなりの姿勢”を示すだろうと
発言し問題になったが
ほとんど報じられていない。
報じたのは本紙と産経新聞くらいです
今回の問題は発言そのものは
アウトであるのは間違いないが
何か罪を犯した訳でもなく
圧力のかけて意に添わない
地域の予算を減らしたとされる
動かぬ証拠が出ない以上は、
これ以上の進展は見られないだろう。また、一部メディアでは大臣辞任や
議員辞職の声が上がってはいるが
それは断じて間違いであり
自らの力を鼓舞したいという
マスメディア業界のそれこそ
視聴者や購読者に対する
おごり高ぶりが度を過ぎていると
指摘せざるを得ない。
同業者の一人として情けないとしか
言いようがない。なぜならば、
その言動の行動は自らの仕事の領域をじわりじわりと首を絞めるかのように縮めているのです。
今の言葉で言えば
モラルハラスメントの
見事なくらいのお手本だろう。
疑惑や疑念や憶測や想像では
意味をなさない。
それは単なる印象操作でしかない。
物事を取材し報じたり記事にするのであれば、日本国民誰もが納得できる100%確証のある真実と証拠を
持ち合わせて論拠と根拠で
示さなければならない。
それこそ冤罪を生み出す仕組みである
鬼の首を取ったかのように騒ぎ立て
“失敗の許されない世の中”を
作り上げてしまった要因の一つが
マスメディアに携わる人間であると
確信を持って声を高らかにして
言わなければならないだろう。
そのツケが失敗を許されないギスギスした世の中へ陥らせた責任は
万死に値するものです。
かつての元プロ野球選手で様々な
チームの監督を勤められた
野村克也さんの言葉が非常に
虚しく聞こえてきます。
“人間は失敗する生き物であり、
失敗を繰り返して成長していくもの
“失敗と書いて成長と読ませるのだと”間違って摘み取れば、
そこで成長を止めてしまう。
むしろそれこそが罪なのだと
いくつかの御自身の講演会で発言し
著書にも書かれていました。
七転び八起きや
九転び十起きという
言葉があるように、
人間の成長を仇や疎かにしては絶対にしてはいけないのです。今後はこの出来事を肝に命じて
己を律して言動と行動をして
いかなければ次はないのだと大臣には
指摘せざるを得ない。
話は少し逸れるが最近SNSにおける
動画を見続ける人達を
ドパガキ・ドパオジ・ドパオバと
呼ばれているそうだ。
この問題は世界共通の依存症の
課題であり対策が議論されています。
そんな中で当事者の皆さんからは
少し厳しい声が聞こえてきた。
ある意味現実逃避のためにやっている部分もあるのだと、昨今のSNS上での誹謗中傷や報道やワイドショーや
新聞や週刊誌の内容が発言が
言葉の暴力の域を越えてイジメや
ハラスメントに聞こえていると、
一度の失敗すら許されない世の中で
まるで失敗した人達に対して
生きている価値はないと
命を絶って償えというギスギスした世の中は肉体的・精神的に負担を感じ、まるで自分達が当事者でもないのに
感じその騒音を逃れるために
やっている部分もありますと、
この業界に携わる一人の人間として
申し上げるのであれば、
情報の遮断は己の命を守るためならばいくらでも構いません。
日々の生活にはマスメディアやブンヤの存在は無くても生きてはいける。
ただし、それでドーパミン中毒という依存症に陥らせ日々の生活に影響を
及ぼすのであれば意味がない。
マスメディア業界は自分達のミスや
訂正は簡単な謝罪で終わらせるのに、相手に対しては徹底的に攻撃している
そのやり方は断じて間違っており
誹謗中傷と何も変わらないとの声が
小学校中学年の子供から高齢者までの97名の内の88名から伺えた。
残りの9名については
関心がなくどうでも良い。
そもそもメディアに携わる人間は
命を奪わせるために存在していると
かなり穿った見方ではあるが
おごり高ぶりの態度が出ている人達も
それなりにいるのは事実であり、
それは昔から変わらないものだ。
話を元に戻そう。
そして、国会の始まる度に
このような問題が週刊誌から
出てくる事にも疑念を感じている。
まるでどこからかの指図を受けて
タイミングを見計らったかのようだ。○○砲と騒がれ持ち上げられているが、出版社の経営状況は苦しく
2009年には中国の幾つかの
表向き民間企業(事実上の国営企業)
から大量の資本提供を受けて
経営を持ち直している経緯もあり
意向を汲み取り忖度している点は
否めないだろう。
中国に好意的な人達の問題には
不問に付して批判的な人間に対しては徹底的にというが答えなのだろう。
それと同時に国内ではお金に携わる
省庁からは何としても減税だけは
やりたくないというのが
本音なのだろう。
増税の政策を立案した官僚は出世し
減税の政策を立案した官僚は
左遷させる。伏魔殿とはこの事である
こういう問題の情報提供は
おおよその見方がついているのです。
ある意味で癒着という繋がりであり
そのやり方は国政を停滞させ、
国民を不幸にしてきた罪は
決して許さる罪では断じてない。
最後に今回の問題は一人の人間の
おごり高ぶりが引き起こした
モラルハラスメントです。
そしてそれは私達マスメディアやに
新聞社や週刊誌や動画配信に
携わる人達にも突きつけられた
これまでの取材方法や記事の内容や
文言を改めなければ
モラルハラスメントになるという
同じ課題を抱えているのものです。
まさに、人の振り見て我が振り直せ
それが出来ないならば私達は
人の事をとやかく言えなくなり
速やかにこの業界から退場しなければ
ならないのです。




