拾った悪役令嬢にはアレがついていました 12
俺に捕まった奴は、泣きながら許してくれと言っている。あんな細い相手に石を投げつけて平気な奴の言うことなど聞く気はない、ズルズルと引きずって、ウードの材木屋までたどり着いた。
さっきのラウルもどきが乗っていた馬と、お付きの人間らしい奴が立っている。
「なんだお前は」
「俺はきこりのサクだ。ここに木材を卸してる」
どいつもこいつもでかい。ラウルよりもでかそうな黒髪のいかつい男が、剣に手をかけて威嚇してくる。素手の人間相手に剣をちらつかせるなんて、自分は剣がなければ弱いと叫んでいるようなものだ。俺が小さいから、少し脅せばどうにでもなると舐められているのがわかる。
「それは木材ではなさそうだが?」
「こいつは罪人だ。引き渡しに来た。親玉が中にいるんだろ」
「中におられるのは一介のきこりが話しかけていい御方じゃない」
その御方とやらは、フローリアを守れなかったポンコツだ。今更出てきてラウルを見つけているのに腹が立つ。あんなに変わったのに見つけるなんて……。
「その御方とやらが、俺の男を連れてたんだよ! 返せ」
「ぐぇっ」
止められたことにムカつきすぎて、連れていた男の首を掴む手に力が入ってしまった。変な声を出して舌を出すから気持ち悪い。身体が大きくないから舐められがちだが、きこりの力は町の男たちとは比べ物にならないほど強い。
舐めてかかられているうちに、首を掴んでねじ切ってやれば俺が勝つ。そこまで考えてから、やっと気持ちが落ち着いた。無性に気が立っている。ふーっと長い息を吐いて、男を睨みつけた。言い方を、考えなければ。
「おい、そいつを殺す気か」
「あんたの親玉にこいつを渡す。……フローリア様に石を投げた張本人だそうだ」
「なに!! 少し待て!」
俺に捕まっている男は、祈りの言葉を唱えて泣いている。泣くぐらいなら、初めからやらなければいいのに。神様は弱いものいじめをしろだなんて言っていないんだから。
白けた気持ちで男の泣き声を聞いていたが、すぐにさっきの男が戻って来た。
「きこりのサク、入れ」
「……」
顎で示されてイラっと来たが、黙って泣きべそをかいている男を引きずって入った。
奥の食堂に通される。いくつもの長机を合わせて、上に布を敷いてなんとなく豪華そうに見せているところに、ラウルもどきとラウルが座っていた。飲み屋から先に帰っていたウードが、彼らの横で途方に暮れたように立っている。俺の顔を見て、表情がぱあっと明るくなった。ラウルも顔が緩んでいる。
「サク、えっと、殿下、こちらが私の夫である、きこりのサクです」
夫!? いや、ここでは否定し辛い。ラウルがフローリアだと知っているのは俺とこのラウルもどきだけのはずだ。
「それより、なんでラウルがこの……方と一緒にいるんだ?」
「ラウルは私の遠縁で、家が不幸な事故でなくなってしまってから行方が知れなくなっていた。再会して今どうしているのか聞きたくてついてきた」
椅子の上でふんぞり返って説明するラウルもどき。家が没落して彷徨っていたところを俺に助けられたと言うラウルの設定が生きているようだ。ラウルの都合に合わせてくれているなら、悪いやつでは、ないのか?
周りに他人が多いから、どうしていいかわからない。無意識で力が入っていたようで、奇妙な呻き声とともに腕にかかる重量が増した。連れてきた男が気絶してしまった。
「その男は?」
「ああ、フローリア様に石を投げたという男だ、です」
「フローリアに? 手配書に石を投げよと書いてあったからか。……王にこの男に罪があるか否かを確認しよう。その結果が今後の我が国の指針となるだろう」
言っている意味がわからない。
「……前の王の命令に従ったものを、今の王の基準で遡って罪にするかどうかを決めるんだと思う」
「そういうことだ」
ラウルが俺の疑問に気付いて答えてくれた。仕返しはいいのだろうか。あんなに悔しい思いをしていたのに。
「ケツに石……」
「ふふっ、それはまた別の機会に」
ラウルが笑っている。もう気にしていないのなら良い。ラウルもどきの取り巻きに男を引き渡した。
「私はディール・エン・ウィード・グロウル。今はこの国の王太子だ」
「はぁ。それはどうも。で、ラウルを連れて行くんですか」
余裕の態度がむかつく。育ちのいいラウルがきこりの生活をするのは可哀想だと思っていたけれど、苦しいときに助けなかった奴に連れていかれてしまうのは悔しい。家族が迎えに来て良かったなと言えばいいのに、無性に暴れたい。
こんな言い方をしたらディールや、そのお付きの奴らが許さないだろうが、ラウルがいなくなるなら全部失くすのも一緒だ。
視界の端でウードが口に手をあてて慌てている。落ち着け、と大袈裟な身振りをしていて、お前のほうが落ち着けと少しだけ冷静になる。
見せたことのない好戦的な態度にラウルも驚いたようで。
「サク!? 私は行かないわ!! サクと結婚するんだから!」
ウードのところでラウルが女言葉を使ったことはない。勢いで出てしまったのだろう。どうみても立派な男のラウルの女言葉に、ウードが驚いて「え、そっち!?」と小さく叫んでいる。そっちとは何だ。
でも、そうか、ラウルは行かないのか。荒れた心が凪いでいく。
「まてまて落ち着け。私はラウルが幸せならそれでいい。サクとやら、お前とラウルの住居が見たい」
「山奥なんで、偉い方が来るようなところじゃありません」
ラウルが行かないならこいつに用はない。
俺にとって、ウードのところは安全な場所だった。ラウルが自分からどこかに行きたいと言いだしても納得ができると思っていた。だけど、本当は自立させなきゃと言いつつも、自分の目の届くところに置いておきたかっただけなのかもしれない。
実際にラウルが手の届かないところに行くなら、どうなってもいいと思うほど俺はラウルを……。
ああもう認めよう。いないと生きていけないのは俺の方だ。それぐらい、ラウルの存在はおれのすべてになっていた。
ディールやお付きの奴らが何かを言う前に、俺はラウルに向かって言った。
「ラウル、結婚しよう」
「はい!」
ぱあっと満面の笑顔になったラウルが即答する。
何故かディールが拍手をして、周りがそれに倣っていく。
「おめでとう。次期国王として祝福する」
お前に認めて貰わなくてもいい……いや、実はいいやつなんだな。ラウルの弟だよな? 乱暴者じゃないのか。そうか、いいやつか。
そう思うと似ている顔も可愛げがあるように見えてくる。ラウルの弟なら俺の弟みたいなもんだ。
「ラウルよかったなあ!!」
「おめでとう!!」
「今日は酒盛りだ!」
材木屋の奴らが盛り上がっている。ラウルの背中をばんばん叩いている奴もいる。いつの間にそんなに仲良くなってたんだ。ウードなんて涙ぐんでいる。
「サクが鈍感すぎてどうなることかと思ったよ。収まるところに収まって良かった!!」
「ありがとうございます、ウードさん」
俺の肩を抱いたラウルがにこにこと答えている。
お付きの奴に耳打ちされたラウルの弟ディールが、また今度と言ってさっさと去っていき、どんちゃん騒ぎは収拾がつかなくなっていった。
*
あのあと、酒の勢いで神殿に婚姻届を出した俺たちは、朝になってから山に二人で帰った。
山道を歩いているうちに酔いは覚めた。がっちりと繋がれた手をさりげなく離そうとしたが、俺が力を緩めるとラウルの力が増していく。さりげなく離すのは無理だ。
「ラウル、手が暑い」
「じゃあこっち」
「いや、繋がなくていいだろ」
ショックを受けた顔をしている。素面でこういうことをするのは恥ずかしく感じる。いまさらこれ見よがしにイチャイチャするのが照れ臭い。
俺は免疫がないんだ。幼い頃の初恋の相手とは手しか繋いでいない。それももう十年以上前の話だ。
「これから繋ぎたいときに繋げばいいんだから、今はもういいだろ」
「私たち、新婚さんなのよ?」
ラウルは口調か女性っぽいだけで中身は男らしい……はずだ。夢見がちな女の子とは違うと思ってたんだが、そういう扱いをしたほうがいいのだろうか。
男同士では男女の夫婦のようなことはできないから、ままごとのような感じだろうか。昔、神殿で読み書きを習っていた頃に付き合わされた遊びを思い浮かべる。
俺よりも背の高いラウルの首に腕を回して、引き寄せた。
きゃっと小さな声を上げる、俺よりもでかい男の口を自分のそれで塞ぐ。
「新婚だから、な」
「サク! 愛してる!!」
ぎゅうぎゅうと筋肉質な腕に抱きしめられて、こんなことをしても嫌じゃないんだから、間違いないんだろうと思った。
元悪役令嬢が俺のお嫁さんか。
父が言っていた言葉を思う。
「完璧な女なんてつまらない。ちょっと普通じゃないのがいいんだ」
俺の嫁は外見も性格も完璧だけどアレがついている。普通じゃなくて、それがいい。
ありがとうございました。
サクは知識がないので、いわゆる夫婦の営みはないと思っていますが、ラウルは思いっきりやる気満々です。令嬢時代に流行りの恋愛小説()を読んでいたし、町の生活でも知識を身につけました。
数日後にはサクがぺろっと食べられてしまうことでしょう。合掌。
6/16追記
ぺろっと食べられた話をR18ムーンライトノベルズ に短編投稿しました。
18歳以上のかたは、検索に「きこり」と入れてBLにチェックを入れると出てきます。(一つしかない!?って衝撃を受けました。きこりってマイナーなんか…)




