第66話 空間転移
黄と黒の縞模様が膨れて波打ったのが、ヒスイには見えた。キラービーの腹部から毒針が発射されたのだ。毒針はマオの影になって見えなかった。しかし、必殺の間合いだった。マオの敏捷性でも避けるのは、無理だろう。
「マオー!!」
ヒスイの絶叫が通路に響き渡った。α班全員が息をのむ。全員が毒針に串刺しになるマオを予感した。
だが、マオはこの攻撃の機微を捉えた。毒針が発射されると同時に、射線上に空間転移魔法を発動させた。毒針は空間のひずみに飛び込み、キラービーの真後ろから飛び出した。そのまま、毒針はキラービーの後頭部へ突き刺さった。
キラービーは石槍に串刺しのまま、動かなくなった。
「ふう…」
キラービーが絶命したことを確認して、マオは息をついた。ヒスイの心臓は破裂するのではないかと思うほど、鼓動していた。
「マオ、すごいね。空間転移魔法を使ってあんな戦い方する人をはじめて見た…」
「いや、僕が一番驚いていると思う…」
戦術としては、偶然だったのだろう。しかし…、僥倖だった。ヒスイはマオの戦闘センスに感嘆した。
「マオさん、驚きました。同じ風の使い手として尊敬します」
ルカの言葉に他のメンバーも同意した。
「本当に驚いた!マオ班長は戦闘センスが素晴らしい!」
フォースがマオを手放しで褒めたたえた。マオは冷静を装っていたが、長い耳がピクピクしている。そして、マオは褒められるたびにアオイの方を、チラッチラッと見ていた。
アオイさん、ドヤ、ドヤ!————という心の声が、ヒスイには聞こえていた。まるで褒められるのを待つ子犬のようだった。アオイは微笑むとマオの頭を思いっきりワシワシと撫でた。
「マオ!すごい!よくやった!」
「へへへ」
マオはだらしない顔でニタニタと笑っていた。ヒスイはそっとため息をついたが…。
「マオ、ごめんなさい。私がキラービーの腹部を攻撃しておくべきでした。ミカヅチはわかっていたのにね…」
「ヒスイ、しょうがないよ。あの蜂は大森林や魔大陸には多くいるけどマーズ領にはいないでしょ?」
マオはヒスイの顔を下から覗き見て、言った。
「それに、お陰でアオイさんに褒められたしね!」
マオはヒスイに向かって盛大に渾身の自慢顔をした。ヒスイはこの顔を見て、無性に腹が立った。
「いたたた。ヒスイ痛いよー」
ヒスイは思わずマオの頬をつねっていた。そこへ、アオイの冷静な声が飛ぶ。
「ほら、イチャイチャしてないで進むよ」
◇
キラービーが現れたのはちょうどダンジョンの中層階だった。さらに奥へ進む。
「あと三匹残っていますね」
ルカが皆に注意を即した。
「うん、気を引き締めていこう」
アオイとルカを先頭に一行はさらに、ダンジョンを下っていった。
「ここが最下層だね」
最下層には大きな扉ついた部屋があった。特に魔法で守られている形跡はない。
「三匹いますね。一匹はすごく大きいです」
ルカの言葉にアオイが頷く。
「よし。皆、覚悟は良い?」
了解の声がかかる。
「私とマオが先陣。いくよ」
アオイの掛け声で、竜の魔装を纏ったヒスイはミニレムを扉に突進させた。扉はミニレムの体当たりで弾け飛んだ。中はかなり広い。騎士団の訓練場ほどか。奥に封印の石碑が見えた。その前に…。大きなムカデの魔獣がいた。その足は鋭くまるで剣のようだった。
「他の2匹は??」
「わかりません!見つからない!」
ルカが大声で答えた。大ムカデがその足を振りかざして襲いかかってくる。足の遅いジルベルクが狙われる。ジルベルクは大ムカデの足に引っかけられて天井まで跳ね飛ばされた。
「ジルベルク!」
マオが風魔法でジルベルクを受け止めた。しかし、ジルベルクは擦り傷一つなかった。
「ジルベルク!あなた、丈夫なのね!」
アオイは六芒丸で大ムカデの足を数本切り飛ばした。ヒスイも矢切丸で、アオイに倣って足を切り飛ばす。ミカヅチとフォースが魔法で攻撃を試みるが、大ムカデの高い魔法耐性に傷つけることができなかった。
「物理攻撃が有効なようです!皆、下がって!電磁砲を撃ちます!」
「え、ヒスイ!ここで?」
「威力は落とします!」
「わかった!後始末は任せて!」
ヒスイは電磁砲を構えると大ムカデにその砲身を向けた。
「いけー」
電磁砲はバチバチという音と共に弾丸を送り出す。砲身に五重の刻印魔法が展開され、弾丸を加速させた。発射された弾丸は回転しながら圧倒的な物理エネルギーを持って大ムカデの頭部へ着弾した。
それと同時にアオイは弾丸の着弾点に重力魔法を展開して、その爆散を防ぐ。アオイが重力場を解呪した時、大ムカデは頭部を破壊され、もう動かなかった。
「ルカ!他の反応は?」
「この部屋にいます!でも見つけられない!」
アオイが鋭く指示を出す。
「背中合わせだ!」
アオイは待った。殺気が動く瞬間を。ヒスイの額を汗が滴った。
「来るよ!」
アオイが警告を発したと同時に大ムカデの腹が破れ、蜻蛉のような魔獣が飛び出てきた。アオイは六芒丸を振るうと魔獣に切り付けた。
「!」
その魔獣はアオイが繰り出した六芒丸の一撃を紙一重でかわす。そのまま、アオイの横をすり抜けた。
「くっ」
アオイの肩から鮮血が飛んだ。
「アオイ!」
「大丈夫!もう一匹だ。気をつけて」
アオイは鋭く皆に注意を伝える。
「あれは如意。動きが早い。雌雄で行動する」
ジルベルクはこの魔獣を知っていた。故郷の森にいた厄介な魔獣。動きの遅いドワーフ達は如意が苦手だった。
「ヒスイ、魔装でレジスト。マオ、追いつける?」
「互角かな??」
「充分!!他は魔法で攻撃」
アオイは光の矢を無数に出現させると如意に向かって絶え間なく放った。しかし、如意は素早い動きでこの攻撃をかわす。
「やはり速い!!」
「アオイ、大ムカデの胸!」
ヒスイが叫んだ時、大ムカデの胸からもう一匹の如意が飛び出してきた。ヒスイが急いで防御する。
「間に合わないか!!」
その時、ジルベルクが地面から網状の壁を出現させた。如意はこの壁に阻まれてもう一匹の如意の位置まで後退した。アオイはその瞬間を逃さない。
「はっ!」
二匹へ重力魔法を放った。アオイの魔法が如意をとらえた。動きが若干だけ鈍くなる。
「マオ!!」
「任せて!」
マオは風を身にまとうと如意にも迫る速さで疾走し、風の魔剣を振るった。如意の頭が落ちる。もう一匹はジルベルクが網を絞り込み捕まえていた。ヒスイが歩みよると矢切丸を一閃させた。如意の胴体が二分した。
「ふう。ルカ!他にはいる?」
「いえ、大丈夫です。もうこの塔にはいません」
ルカの合図で緊張が解ける。
「隊長、ヒーリングします」
フォースに言われてアオイは肩から血が滴っていることに気がついた。
「ああ、お願い」
アオイはジルベルクに聞いた。
「ジルベルクは如意?を知っていたの?」
「如意は儂の故郷の森にいた。多くの同胞が奴等に殺された。やつらは網を嫌がる」
ジルゲルクが訥々と語った。かなり嫌な記憶があるのだろう。顔が少し歪んでいた。
「だからジルベルクの魔法で怯んでいたんだ」
「しかし、この個体は儂の故郷にいた如意よりもはるかに強かった」
ジルベルクは少し考えてから言った。
「やはり、ルークは封印の防御を強化したのかもしれないな…」
アオイは独り言のように呟くと封印の石碑へと歩みよった。“腐敗の罠”を壊してから、闇の魔素を込めていく。刻印が一つまた一つと消えて行き、最後に碑に嵌め込まれていた魔石が割れた。
「ふう。外に出よう。もう虫は見たくない…」
◇
「皆んな!おかえり!」
瘴気に覆われていた森は清々しい精気に満ちていた。木々は光を浴びて光合成をおこない、酸素を作る。生命を育む正しいあり様に、森は戻っていた。拠点の村へ戻ってくると満面の笑みでマルシムが出迎えた。
「怪我はありませんか?」
「うん、アオイが肩を切られたけど、フォースの…、マルシム?」
マルシムはアオイの側に駆け寄るとその肩口を調べはじめた。
「本当だ。服が破れている!!アオイさん、ちょっとこっちへ来てください!」
マルシムはアオイの手を握ると村の宿場へ引っ張って行った。アオイは慌ててマルシムを止めた。
「ちょっと、ちょっと。マルシム、大丈夫だよ」
しかし、マルシムは引かない。包帯を手にアオイへ迫った。
「ダメです。ヒスイさんからアオイさんの『大丈夫』と『簡単だよ』は信用するなと教えられています」
アオイは苦笑いしてマルシムのなすがままになっていた。部屋の中に入るとマルシムはアオイの服を脱がせはじめた。
「ちょっとマルシム。自分で脱ぐよ。ほら、ここ。もう傷痕もないでしょ?」
「うん、良かった…。でもアオイさんが怪我するなんて…」
心配そうなマルシムの様子に、アオイはちょっとだけ嬉しかった。心配してくれる人がいるから、それを守るために戦える。そう思えた。
「えへへ、今日はパーっと飲もうよ!皆で無事に帰ってきたんだ!今日ぐらいは良いよね!」
「アオイさんはそう言っていつも飲んでいるって、ヒスイさんからきいていますよ」
「いいの、いいの!ほら。行くよ」
マルシムは苦笑いをしながらアオイの後ろをついて行った。
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