45:モサモサ眼鏡は地元に帰る
あれから半月かけ、メーテルは馬に乗って普通のペースで故郷に帰還した。
父に言われた結婚を断るために。
どうせ手紙では納得しない、きちんと会って全て伝えて、結婚を断って王宮へ帰るのだ。
ダハトリアは寒い。その中でも、イレイネスは一番寒い。
懐かしの我が家へと向かう足取りは重かった。
メーテルの家は平民の家とほぼ変わらない。
庭に広めの訓練場が着いているくらいだ。
予めハインリーの使者が、全速力でイレイネスに向かい、メーテルの実家に訪問する旨の手紙を届けてくれている。
辺境伯家にも、連絡を入れてくれると言っていた。
ということは、既に父たちはメーテルの意思を知っているということだ。
緊張しつつ家へ入る。
父、母、五人の兄。そして、メーテルとの結婚を命じられた騎士までいる。
メーテルが帰って来るなり、居間に集合することになった。
(長旅の疲れを取って……とか、そういうことを考えてくれないのは、我が家に戻ってきたという感じです)
これがイレイネスの標準仕様だ。
居間と言っても、メーテルの家で一番広いというだけの部屋で、食事用のテーブルもそこに置かれている。
そこに全員が腰掛け、家族会議が始まった。
「お父さん、お話ししたいことがあるんです」
「なんだ、その気取った話し方は……」
メーテルが丁寧な口調を身につけたのは、侍女になってからだ。
だから、家族はこの話し方に慣れていない。
しかしメーテルはこれから、この喋り方で生きていくと決めた。
淑女らしい、理想の自分になりたいのだ。
「まあいい。こちらに話はない。お前はこいつと結婚しろ、以上だ」
そう言って、父は哀れな騎士の青年を指差す。
彼は場の空気に飲まれて押し黙ってしまっていた。
「……わ、私は侍女の仕事を続けたいんです」
出鼻をくじかれたが、メーテルはめげずに訴える。
「くだらん。お前はもう騎士として役に立たないんだ。なら、次の騎士を産め……生産性のない人間は我が家に必要ない!」
「でしたら、勘当してくださって結構です」
言い切ると、父がザッと椅子から立ち上がった。
「この、恩知らずがぁぁっ! 俺が、役立たずな女を騎士に育て上げてやったんだぞ! だというのに、お前は恩を仇で返すのか!」
「私は、ずっと騎士になりたくないと言い続けてきましたよね? 普通の女の子のように生きたいと。それを無視し続けたのはお父さんです」
話はどこまで行っても平行線だった。
すると、結婚相手の青年が口を開く。
「メーテル、意地を張るのは止めろよ。騎士団長だって、こう言っているんだ。俺が責任を取るからさ……」
あくまで、彼は上司である父の肩を持つようだ。
「メーテル、お父さんの言うことを聞きなさい」
母はいつもこれである。
むしろ、これしか言わない。常に父に右へ倣えなのだ。
この地の女性は母のような人が多い。
マッチョイズムがはびこる土地で生き残る、彼女たちなりのやり方だから頭から否定できない。
ただ、このままでいいとも思えなかった。
「そうだぞ、メーテル」
「父さんの言うことを聞けよ」
「普通の女になりたいのなら、こいつと結婚すればいいだけだ」
「何が不満なんだ?」
「父さんを困らせるな!」
兄たちまで口々にメーテルを責める。
この場に味方はいない。
「私は侍女になりたいし、怪我の責任を取ってくれなんて頼んでない! 余計なお世話だ!」
思わず、素の口調に戻ってしまう。
どうしてこんなに伝わらないのか。
「もういい、私はここを出ていく!」
椅子から立ち上がり、メーテルはきびすを返す。
きちんと話し合いたかったが、そもそも相手に話を聞く意思がない。
会話が通じないのでどうにもならない。
「させんぞ!」
父と兄が戦闘態勢に入った。
力ずくで、メーテルをこの家に押しとどめるつもりらしい。
(四対一ですか……厳しいですね……)
それでも、逃げ切る必要がある。
(失敗したけれど、やるべきことはやりました。きちんと自分の気持ちだって伝えました。もう心残りはありません……)
父だろうが、兄だろうが、邪魔するものは突破してみせる。
もう、言われるがままの自分じゃないし、話が通じなくて希望を諦めてしまう自分でもない。
今度は、メーテル自身が自由に生き方を選んでみせる。
(今の私には、イレイネスのほかにも受け入れてもらえる場所があるから……)
居間は険悪な雰囲気に包まれ、一触即発状態になった。
そこに、突如別の人物の声が響く。
「待て、騎士団長! メーテルを王宮へ帰すのだ」
開けっぱなしだった居間の扉の向こうに、十人ほどの部下を引き連れたイレイネスの辺境伯が立っていた。
「辺境伯閣下!」
父や兄、結婚相手の青年が慌てて敬礼する。
「我が家までご足労いただき恐縮です……今日はどうされたのですか」
立場が上の者には下手に出る父たちである。
騎士団の根性が染みついている。
「メーテルの身は私が引き受けることになった」
「……?」
「よって、お前が言っていた、そこの騎士との結婚は取り下げるように」
居間にいた男性陣が全員困惑する。
「どうしてですか!」
父の問いかけに、辺境伯が重々しく頷く。
「うむ。王宮から……王家からの命令なのだ」
「命令!? どうしてメーテルが……」
「王家から、急ぎの書状が届いたのだ。そこに、そうするよう書かれてあった」
辺境伯は話を止めない。
「さらに……」
「他にも何か?」
「メーテルを私の養女にするようにと……」
「ふぁっ!?」
父の声がひっくり返る。
「正直、私も訳がわからん。しかし、うちの七男が言うには、従ったほうがイレイネスにとっていいと……いずれ、たくさん恩恵を受けられるだろうと。あいつはそういう、面倒で細々したやりとりが得意だからな。まあ、そういうことなのだろう」
「そんな不確かな……閣下は、まともに戦えないご子息の言うことを信じるのですか?」
イレイネスの脳筋理論を振りかざす父に詰め寄られ、若干、気まずげな表情になる辺境伯。
だが、意見を変える気はなさそうだった。
「……まあ、第三王子を引き受ける代わりに、王家には物資やら何やらいろいろ優遇してもらったしなあ……うちは万年金欠だし、そういう支援は助かるんだよなあ」
その理由は、脳筋ばかりで、お金の管理が出来る人や、お金を稼いでこられる人がいないからだ。
いても大事にされないため、居着かず他領へ行ってしまう。
「というわけで、メーテルはもう、お前たちの管轄外だ。先ほど、外まで『生産性のない人間は我が家に必要ない』という声も聞こえたことだし大丈夫だろう?」
「そ、それは……!」
父が狼狽える。
娘には強気だが、上司には逆らえないのだ。
その隙に、辺境伯は強引に話をまとめにかかる。
「まあまあ、メーテルはこれまでイレイネスに尽くしてくれたんだ。引退したのだから好きにさせてやったらいいではないか」
辺境伯は感情論を使い、なんだか都合のいいことを言い始めた。
彼もまた脳筋なのだ。
(……辺境伯様、正直、欲に目がくらんでいますね?)
いつもの辺境伯より、行動が早いのも気になるところだ。
よほど、彼にとって都合のいい条件を提示されたのだろう。
(養女のことは、よくわかりませんが……ハインリー様のご提案であれば、悪いことにはならないはず……)
今だって、勘当されていいと思って、家を出るところだった。
辺境伯家の養女になれば、父からは手出しが出来ないし、勝手に結婚も決められない。
養父の判断で結婚を決められてしまう心配はあるが、今のところ辺境伯はメーテルが侍女として働くことに反対していない様子だ。
(ただ、そこにいる彼との結婚をなかったことに。という話が出ているだけですし)
少なくとも猶予は得られたと考えていいだろう。
(……ハインリー様は、最初から、そこまで見越していたのでしょうか……さすがです)
彼だって忙しいだろうに、ただの侍女のために、ここまでのことをしてくれた。
(私一人のために……)
相手が脳筋とはいえ、辺境伯という地位にある者を動かすのは、それなりに大変だったはずだ。
でも、ハインリーは、それをやってくれた。
(この気持ちは、なんでしょう。とても、心が温かくなります)
メーテルは、以前にも増してハインリーに尊敬の念を抱いた。
そこに尊敬以外の気持ちが混じっていることに、まだ気付かないまま。




