46:王子様に抱きしめられました
イレイネスから半月かけ、またメーテルは王宮に戻ってきた。
一月ぶりに、第一王子の私室にて、ハインリーと顔を合わせる。
彼は以前と変わらず、扉の前まで来て優しくメーテルを出迎えてくれた。
「おかえり、メーテル」
「ただいまです、ハインリー様」
「元気そうでよかったよ」
彼は優雅な仕草でメーテルの両手を取った。
「あの、長い間、お休みをいただいてしまってすみません。それから辺境伯のこと、ありがとうございます。ハインリー様のおかげで、父を説得することが叶いました」
「それはよかった。君が帰ってこないことほど、悲しいことはないからね」
手を引かれ、部屋の奥に案内される。
歩きながら、メーテルはハインリーに話しかけた。
「あの、私、辺境伯家の養女になりました」
全てわかっているという風に、ハインリーが頷く。
「よかった。上手く事が運んだんだね」
「ハインリー様が、助けてくださったからです」
書状を届け、辺境伯を動かしてくれた。
「実のところ、君の幼なじみの力も借りたのだけれどね」
ソファーにメーテルを案内し、ハインリーは自分もその隣に腰掛ける。
「メーテル。事態がいい方向へ動いたのは、君が勇気を出して頑張ったからでもあるんだよ。君が動かなければ、事態は変わらなかったかもしれない」
そんな風に言ってくれるなんて、とても親切な人だ。
けれど、メーテルだけだったら、父たちから逃げるので精一杯だっただろう。
「それにね、メーテルが大出世してくれたから、僕も仕事がやりやすくなった」
「大出世……?」
「だって君はもう、辺境伯家のご令嬢だ。身分をどうこう言う輩は、今後はいなくなるだろう」
「えっ……」
「侍女長だって、メーテルに対して滅多なことはできない」
なんと、イレイネス辺境伯家は、侍女長に匹敵する家柄らしい。
あんな田舎の脳筋貴族家だが、辺境伯は辺境伯なのだ。
「……恐れ多いです」
「君は故郷の幼なじみやベツィリアから、ある程度の淑女教育を受けているから大丈夫。やっていけるよ」
たしかに、令嬢としての基本的な動きは覚えた。
だが、理想の淑女となるには、まだまだ研鑽が必要だ。
(もっと、お上品に振る舞えるよう、精進しましょう……)
心の中で決意する。
「メーテル」
ふと名前を呼ばれてハインリーの顔を見ると、その瞬間、ぐっと体を抱き寄せられた。
「えっ?」
何が起こったのか咄嗟に判断できず、メーテルはその場で固まる。
ハインリーとの距離が近い。
(毒獣に襲われたときなら、すぐに反応できますのに)
尊敬する王子様に、抱きしめられていると自覚した途端、何も言葉が出てこなくなる。
おそらく、親愛の情を示すための行為なのだろう。
辺境の騎士たちも、互いをたたえ合うときに、肩を組んだり抱き合ったりする。
(けれども……なんだか、とてもドキドキします。この気持ちはなんなのでしょう? 本当に、なんなのでしょう?)
これは、ハインリーへの尊敬の気持ちが高まっているからに違いない。
きっとそうだ。
「これからもよろしくね、メーテル」
「はひっ! こ、こちらこそよろしくお願いします、ハインリー様」
午後の王宮を穏やかな風が吹き抜ける。
第一王子の私室には幸福な時間と、未来への希望が灯り始めたのだった。
※
数年後、王位争いを勝ち抜いた、第一王子ハインリーが王位についた。
王妃はイレイネス出身の辺境伯家の娘。
様々な暗躍で夫を支えた。
養女のため、彼女を影でいろいろ言う者もいたが、全部実力で黙らせたという。
側近は辺境伯の実の息子かつ妃の兄で、歴史に残るような様々な功績を残す。
近衛騎士は、若くして王女ベツィリアが亡くなったあと、彼女の優秀な騎士を引き抜いた。
国王ハインリーは自分たちのような兄弟同士の血みどろの争いを避けるため、妃は一人しか持たないと宣言した。
そして、長年目を患っていた王妃は、イレイネスで毒獣の毒の後遺症を消す薬が開発されたため視力が元に戻り「「モサモサ眼鏡」を卒業した。
薬を開発したのは、イレイネスに幽閉中の王弟ソワレ。
功績を称えられた彼は王都への帰還を打診されたが、「絶対に嫌だ」と、断固として断ったという。
イレイネスの騎士たちはしばらく脳筋運営を続けていたが、怪我人と引退者が続出し、資金繰りも怪しくなり、運営がたち行かなくなった。
それでも脳筋運営を続けようと圧をかけていた王妃の父も、怪我が原因で引退して大人しくなった。
そのあと、ハインリーが送った「立て直しのための頭脳派部隊」と「脳筋ではない騎士たち」のおかげで、イレイネスでは質のいい騎士団が再編された。
さらに、治安も向上したようだ。
歴史書には、「ハインリーの治世は、ダハトリアの最盛期だった」と記録されている。




