44:弟は兄に物言いたい(アルシオ視点)
その日、アルシオは朝早くからハインリーの部屋に呼び出されていた。
第一王子の仕事は多いので、まとまった時間が確実に取れるのが朝だからという理由だ。
「それで、こんな早くから呼び出して、なんの用事だよ」
ハインリーはアルシオをソファー席に案内し、自分の向かい側に座った。
「アルシオ、僕はこれまでずっと第一王子として、より良い国王になろうと頑張ってきた」
「……知ってる」
「でも今初めて夢……というか欲しいものができたんだ」
「なんの話だ……? くだらない内容なら帰らせてもらう」
「まぁまぁ」
ハインリーが緩く微笑みながら、アルシオを宥める。彼はのらりくらりと煙に巻くのが上手い……。
「で、相談なんだけど」
「なんだよ」
「どうすれば、メーテルに好きになってもらえると思う?」
「はあ……!?」
アルシオは身を乗り出す。兄が何を言っているのかわからない。
「もともと、侍女姿でちょこまかしていて癒やされるなとは思っていたんだ。でもベツィリアの件で、それだけの気持ちじゃないって気付いて……」
「まさか……」
嬉しそうに、薄ら頬を染めるハインリー。
こんな、うきうきした兄を見るのは初めてだ。
(……ハインリー兄上って、こんな人だったか?)
いつも、もっと冷静で、仕事ばかりしているイメージしかなかった。
だが、これだけは彼に言っておかなければならない。
「兄上、メーテルを巻き込むなよ。俺の母のようにするつもりか?」
アルシオの母は平民だ。
それなのに妃になったばかりに、大変な苦労をした。
「しない、しない。僕は父上とは違うからね」
「本当だろうな」
「まずメーテルの気持ちを確認するのが大前提だし、無理矢理手込めにするなんて非道な真似はできないよ」
「……気持ちを確認って……まだ何も言っていないんだろ?」
「うん……まあ、そうなんだけど」
メーテルは彼を、尊敬すべき上司としか思っていない。たぶん。
「それから、俺もメーテルを兄上に渡す気はない」
「……というと?」
「ベツィリアを辞めたら、メーテルに告白するつもりだ」
「君も他人のことを言えないのでは……?」
「俺は王にならずに、平民として生きるからいいんだ」
「なにそれ……羨ましい……」
普段の第一王子としての仮面を脱ぎ捨て、ハインリーは少年のように呟く。
(兄上も、意外と奥手なんだな……ちょっと、人間味があって安心する)
アルシオというか、ベツィリアは多くの者たちから、いてもいなくても同じというような扱いを受けてきた。
だから、ハインリーからこういう相談を受けることは嬉しい。
妹……いや弟として必要とされている気がする。
内容は複雑だけれども……。
兄弟でそんな話をしていると、メーテルが出勤してきた。
最近彼女はハインリーの私室の担当も任されているのだ。
若干、兄の公私混同という気がしないでもない。
「おはようございますハインリー様。あ、アルシオさんも……お茶を淹れましょうか?」
メーテルは朝から元気だった。
「……と、その前に。私、ハインリー様にお話ししなければならないことがありまして」
「なんだい?」
「結婚させられそうなので、実家に戻って断ってきます。少しの間、休暇をください!」
「「結婚んんん!?」」
唐突な宣言に、アルシオたちは狼狽えた。
「……突然なんの話なんだ?」
「うーんと、メーテル。順を追って詳細を教えてくれるかい?」
多少動揺した様子で、ハインリーがメーテルに質問する。
「はい」
メーテルは故郷での目の怪我の経緯や、手紙を受け取ったところから、順に段階を追って説明した。
話を聞いたハインリーの眉が、ほんの少しだけピクリと動く。
「なるほど……君の過去の話は胸が痛むね」
アルシオもハインリーに同意する。
イレイネスでのメーテルの扱いは、あんまりだ。
無神経に彼女を呼び戻そうとする、メーテルの家族たちを苦々しく思う。
ハインリーも同じ考えだろう。
「目の怪我の責任か……それで、メーテルは結婚話に乗り気ではないんだね?」
「そうです。お互いに好きでもないし、目の怪我の責任とか……重すぎます」
彼女の言うとおりだった。
メーテルは、そんな理由で、押しつけるように嫁にやられるような女ではない。
……腹が立った。
またしても、ハインリーも同じ思いを抱いたようで、穏やかな表情の奥の目が笑っていない。
「私、イレイネスで、自分がなんのために生きているのか、どうしたらいいのかわからなくなって……逃げるようにしてこちらへ来たんです。でも、そろそろけじめをつけるときが来たのかなと」
アルシオは、あんぐりと口を開ける。
(そんなことを、考えていたのか……)
ハインリーも目を丸くしていたが、努めて冷静に返事をした。
「……本当は行かせたくないけど、そういう理由なら仕方がないね。手助けは必要?」
「いいえ……」
「では僕からも辺境伯宛てに一筆書いて送っておこう。メーテルの父親が暴走しそうなら、止めてあげてって。おそらく、メーテルが向こうに到着する前に手紙が辺境伯の手に渡るはずだ」
しれっと、ハインリーが提案する。
(兄上、それは手助けというのではないのか?)
絶対にハインリーは何かするつもりだ。
メーテルの結婚を阻止するために……。
「必ず、帰ってくるんだよ」
優しく声を掛けられ、メーテルは笑顔で頷く。
「はい……!」
アルシオは今すぐにでも突っ込みたい気持ちになった。
(おいこれ完全に、上司と部下の図じゃないだろ。というか、メーテル鈍すぎだろ)
兄の恋心に気付かないメーテルに安堵しつつ……
同時に、彼女の役に立つ行動を取れる兄を羨ましく思い、二人の様子を眺めるだけの自分を情けなく思うアルシオだった。




