43:モサモサ眼鏡の決意
その後、ソワレは当初の予定通り、辺境イレイネスへ送られた。
代わりに向こうからは何故か、幼なじみが来ることになっていた。
今すぐには無理だが、今年中には王宮で……というかハインリーの下で働き始めるらしい。
(ハインリー様……ちゃっかり、イレイネスの辺境伯と交渉されたようです)
こうして、第一王子の陣営には、第一王女に続いて、辺境伯家の七男が加わるようだ。
メーテルは、相変わらず侍女の仕事を続けている。
特に大きな変化はないが、あれからたまに休憩時間にハインリーと二人でお茶を飲んだりするようになった。
もちろん、先輩侍女たちのいる執務室でそんな真似は出来ないので、彼の私室にいるときだけだが……。
なんだか、ハインリーは前よりさらに気さくにメーテルに話しかけるようになっていた。
きっと、「ベツィリアの正体」という秘密を共有し合う仲間だからだろうと思う。
「そういえば、メーテルに婚約者はいないんだよね?」
「はい、前にお話ししたとおり……いません」
「ふーん、恋人とか、好きな人もいないの?」
「いませんね」
「そっか。じゃあさ、もしそういう話が出たら僕に教えてくれる?」
「いいですよ。退職時期など、仕事への影響もありますし。ちゃんとお伝えします」
「約束だよ? ちなみに、ベツィリアとはそういう仲ではないの?」
「滅相もない。だって王女様ですよ? あ、でも、お友達みたいに接していただいています」
「そっか、そっか」
ハインリーは、なんだか機嫌が良さそうだ。
アルシオはハインリーに、たまにベツィリアになるよう命じられた。
メーテルが動けない場合など、念のためにとのことだ。
嫌々女装した彼を見たが、普通に美人だし、声さえなんとかすれば王女として通りそうだった。
瞳の色が違う問題があるので、顔の部分はヴェールで覆うようにしている。
一見、アルシオはとても綺麗な女性に見える。本人は嫌そうだけれども……。
そんな感じで、メーテルたちの日常は平和に続いているのだった。
……と、そう思っていた。
※
「……え? 帰ってこいですって?」
夜――侍女用の宿舎で家族からの手紙を受け取ったメーテルは思わず一人で声を上げてしまった。
そのくらい、内容が驚くものだったからだ。
手紙には、「メーテルに庇われた騎士が、責任を取って傷物のメーテルを娶る」と書かれてある。
つまり、メーテルの目の怪我の原因を作った騎士に対し、メーテルの父が娘の婿になれと命令したようだった。めちゃくちゃだ。
(……普通に無理です。受け入れられません)
はっきり言って、余計なお世話だった。そんなことは微塵も望んでいない。
罪悪感を抱えた状態で結婚されても、一生お互いに気まずい思いをするだけだ。
幸せにはなれないと思う。
(場合によっては、こっちが憎まれるまであります……)
怪我を理由に押しかけてきやがって……などとは思われたくないし、そんなことで恨まれたくない。
「それに、侍女のお仕事は半年以上続けないといけないんですけどねえ……そういう契約ですし」
父のことだから、何も調べていないのだろう。そして、契約の意味もわかっていないのだろう。
ただ気の赴くまま、連絡をよこしてきたに違いない。
(これは、どうすれば……)
自分の正直な気持ちを考えてみる。
(私、まだ帰りたくありません。侍女をしていたいです)
制服が可愛いという理由からだけではない。
ここにいれば自分は必要としてもらえる。
騎士じゃなくても、目が悪くても役に立てる。
ハインリーという尊敬できる上司もいるし、アルシオという友人もできた。
二人とも、メーテルが毒獣を倒したあとでも、普通に接してくれる。
目を負傷したモサモサ眼鏡でも、侍女として、仲間として扱ってくれる。
動けば動いただけの結果が帰ってくる。
それが、どれだけ嬉しいことか。
さらに幼なじみも、いずれこちらに来る。
イレイネスに戻りたい理由なんてゼロだ。
(きちんと、家族に自分で意思を伝えなければなりませんね)
親に言われたとおりに、流されるままに生きてきたメーテルは、王宮で自分がやりたいことを見つけた。
もっとハインリーやアルシオの力になりたい。
(今は騎士の妻になるよりも、侍女でいたいのです……)
だから、もう逃げるのは止めようと決めた。
上手くいくかわからない。だが、今こそ父親に向き合わなければ。
(……っと、その前に、ハインリー様にお知らせしなければいけませんね)
そういうことは、きちんと知らせると約束したのだ。
メーテルは明日、ハインリーに報告しようと決めた。




