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41:兄弟の絆は芽生えるのでしょうか?

 メーテルは、馬車の外に立つソワレを見て戸惑っていた。


(この人が、ハインリー様を襲ったのです? 王子様なのに自ら……?)


 そういう大胆なことを進んでやる人物には見えなかった。


「ソワレ……君が毒獣を手配して運ばせ、刺客を雇い、僕がここを通るタイミングで両方同時に放ったんだね」


 馬車の中から、ハインリーが彼に向かって話しかける。


「君が自ら現場に現れたのは意外だったけど」


 俯いていたソワレは、キッと顔を上げた。

 いつになく、ギラギラして凶暴な眼差しをハインリーに向けている。

 彼の瞳に、こんな強い力があるなんて思わなかった。


「そうだ! もういいだろ、どうせ俺は失敗したんだ。もう、あとはない」

「どうして、このタイミングで出てきたの? もっと効率のいいやり方はあっただろう?」

「うるさい、うるさい、うるさい! 効率のいいやり方は、ベツィリアに邪魔された! だから、自分でやったほうが早いと判断しただけだ!」


 なんと、あの給仕係に毒の混入を命じていたのもソワレだったらしい。

 メーテルは驚いた。

 もうおしまいだと思っているからか、ソワレは饒舌だ。自棄になっているとも言える。


「僕は王になんてなりたくない! ただ、静かに好きな研究をやれれば、それだけでよかったんだ!」


 ソワレは思いの丈をぶつけているように思えた。


「それなのに、お前のせいで……! いつも、いつも、いつも、比べられるんだ! もううんざりなんだよ! 勝手に期待されるのも、勝手に失望されるのも……!」


 追い詰められた人特有の視野の狭さで、ソワレはタダまくし立てる。


「母やローレンスは俺に完璧な王子になれと言う。だがそんな目標は僕の身の丈には合っていない。もともと、そんな器じゃないんだ!」


 ソワレは自分の胸の内に燻っていた思いの丈を、全部吐き出し始めた。

 もともと、周囲の……第二妃の派閥の者たちからの期待が重かったこと。

 期待に応えられなければ呆れられ、密かに嘲笑されること。


 母である第二妃の取り巻きにまでソワレは軽視されていること。

 それら全ての苦痛が限界に来ていたこと。


 緊張すると、体が強ばり話せなくなること。

 本当は王子なんかより研究者になりたいということ。

 実際に毒や薬などの医学方面、動物や毒獣などの生物学方面の知識に明るいこと。


「もう、何もかもどうでもよかった! だから、全部を毒獣を使って終わらせるつもりだったんだ!」


 アルシオが「そんな、迷惑な……」と突っ込んでいる。ハインリーも彼に同意した。


「あとのことを考えるべきだよ? あんなのを野放しにしていると、周辺住民が被害を被るのだから」


 全く以て、そのとおりだった。

 毒獣を野放しにすれば被害者は増えていく。感染する獣も増えていく。

 大規模になれば、それだけ討伐も困難になる。

 イレイネスではともかく、王都付近では対応に慣れている騎士も少ない。


(それにしても)


 このままだと、ソワレは処刑されるだろう。

 動機はなんであれ、第一王子を襲撃し、毒獣を野に放ったのだから。

 目撃者も大勢おり、もはや隠し立ては出来ない。

 ソワレ本人も自棄になっていたので、隠そうなどとは思っていなかったようだ。


「君の処遇だけど、どうしようかな。これがカイルなら、バッサリ斬れるんだけどねえ……第二妃は隣国から来た王女だから背後関係がややこしい」


 つまり、簡単に処刑できない……という意味のようだ。

 国際問題的に、ややこしい感じになるのだろう。


「幽閉か、追放か、追放の上幽閉か……うーん、場所がなあ……」


 メーテルはソワレの言ったことについてずっと考えていた。


(ソワレ様は、私と似ているところがあります。でも、正反対なところもある……)


 環境に雁字搦めにされて、自分の思うように生きて行けない。

 けれど、期待されたくない、必要とされたくない、王宮が息苦しいとも思っている。


「イレイネスはどうでしょう?」


 メーテルはハインリーに提案した。


「もともと、イレイネスは治安が悪く流刑地でもあります。隣国とも隣接していない地域ですし……まあ、王子様を送り込んで大丈夫なのかとか、その辺りは私にはわからないのですけれど」

「……交渉次第だけど、交換条件付きなら、受け入れてもらえるかもしれないね」


 ハインリーは、メーテルの提案に頷く。

 メーテルは今度はソワレに話しかけた。


「ソワレ様。私の故郷であるイレイネスに、ご興味はありますか? 北の辺境で……毒獣がたくさん出る土地です」

「知っている」

「そこで、思う存分研究しませんか? イレイネスは、いわゆる脳筋と呼ばれるような方々ばかりが活躍する場所でして、頭脳職が圧倒的に少ないのです」


 そして、頭脳職への理解も足りていない場所だった。


「あそこでは、誰もあなたに期待はしません。というか、肉体的な力がない者全員に期待をしません。かくいう私も、女だからとまともに期待をされなかった一人です……だから、王子様だからといって評価なんてされません。放置です」


 メーテルはそれで悲しい思いをしたが、ソワレなら逆に合っているかもしれない。

 評価はされないが、静かに研究ができるはず。


「故郷を離れて改めて思いましたが、本当に碌でもない土地です。でも、ソワレ様にとっては楽かもしれません。力のない相手に、無理難題を言ってくる人はいませんから……まあ、多少の無神経な言葉や、イラッとする発言を聞く機会はあるかもしれませんけど」


 ソワレは黙ってメーテルの話を聞いていた。


「……どこだっていい。勝手に決めれば? まあ、王宮よりはマシかもな」


 投げやりな態度だが、拒絶はしていない。

 そしてやはり、彼は王宮から出たがっているみたいだ。


「では、僕の方でとりなすよ。ソワレ、君の処遇はイレイネスへの流刑。現地にて軟禁。当然だけど僕の息の掛かった見張りも置かせてもらう。必要な書物は提供する。気が向いたら、毒獣による怪我や病気を直す方法を研究するように……これでどう?」


 ハインリーの言葉に、ソワレは不信感をあらわにする。


「本当に、それで済ませる気か? 僕はお前を殺そうとしたんだぞ」

「それは、今に始まったことじゃないだろう? 弟たちからの襲撃には、もう慣れているよ……僕としては、王位を目指す王子が減るだけでありがたいんだ」


 なんだか、ハインリーも疲れている様子だ。


(ああも頻繁に狙われるのですから、そりゃあ疲れますよね)


 気持ちはわかる。

 アルシオは納得いかないという様子で、ハインリーに訴えた。


「おい、本気か? また同じように命を狙われるかもしれないんだぞ。第二妃の陣営がこのまま黙っているとは思えない」

「もう狙われているし、黙らせるよ。でも僕が手を下さなくても、他の妃が動くかもねえ……」


 静かな声で、ハインリーは意味深なことを言った。

 妃たちは互いに争っている。


(第二妃様の落ち度を、他のお妃様方が見逃すはずがない……ということでしょうか)


 怖い世界だ。


 ハインリーがソワレを連れてきた騎士に告げる。


「ソワレをひとまず王宮へ丁重に連れていって。父上には?」

「既にご報告済みです」

「隣の領地にも?」

「はい、既に伝令を送っております」

「ありがとう。優秀、優秀」


 命じられた騎士は頭を下げる。


「第二妃の横やりは入れさせないようにね。厳しそうなら、王宮から来た増援も、いくらか連れて行っていいから」

「はっ」

「この分だと隣の領地とのやりとりは延期になってしまうね。仕方がないから、僕らも帰ろうか。馬も戻ってきたことだし」


 外を見ると、先ほど逃げた二頭の馬が帰ってきていた。


(さすが王宮の馬! 賢い!)


 それを見つけた騎士たちが、馬車に馬をつなぎ直している。

 ハインリーが指示を出し、しばらくすると三人を乗せた馬車が動き始めた。

 動き始めた馬車の中でアルシオがぽつりと呟く。


「なんかすごいよな。ハインリー兄上は……。俺は自分の命が惜しくて、離宮に引きこもって震えていただけなのに。あれだけ命を狙われてるのに余裕の態度だし」

「僕だって自分の身は可愛いよ。でも、第一王子である限り、僕は誰よりも狙われる。それを覚悟して王になるために生きてる」

「……俺、逃げ隠れしてばかりの自分が情けなくなってくる」


 ズーンとした感じになるアルシオ。

 だが、ハインリーはそれを否定した。


「違うよ。ベツィリアの場合は、母親の身分の問題がある。僕は母が第一妃だから、君よりも生き残りやすかったんだ」


 第一妃は実質正妃だ。妃の中で一番力を持っている。

 アルシオは素直にハインリーの話を聞いていた。


「まあ、俺はもともと王女扱いだし、王になるつもりなんてない。身を守ってもらえるのなら兄上に従うよ……こんなことになるとは、思いもしなかったな」


「どうして? ベツィリアには優しくしていたつもりだけど」

「女で脅威にならないからだと思ってた」


「ま、それもあったけど。自分を攻撃してこない妹は、それだけで可愛かったんだよ?」

「攻撃意志の有無がポイントだったのか……」


 メーテルは向かいの席で微笑ましく、ハインリーとアルシオの兄弟のやりとりを見守っていた。

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