40:無気力傀儡王子の憂鬱(ソワレ視点)
ソワレは自分が出来の悪い王子だと自負している。
母の第二妃や、執事のローレンスの期待に何一つ応えられないからだ。
彼らが自分に求めてくるものが重い……。
(僕は、次の王に相応しくない。能力も足りないし、性格だって向いてないんだ)
自分が一番わかっている。
王になるよりも、部屋に籠もって医学書や解剖図鑑、生物に関する文献でも読みあさっていたい。
自信も自己肯定感も、とっくの昔に砕け散っていた。
(実の兄さえ生きていれば、こんな重圧を背負わずに済んだのに)
母の産んだ第一子は死亡している。
だが、生きていれば優秀な王子に育っていたかもしれない。
本当は知っていた。
実の母もローレンスも、ソワレに失望しているのだと。
『あの子が生きていれば……』
『ソワレ様がハインリー様のようであれば』
『ハインリーは、経済対策で結果を出したそうよ。なのにあなたは部屋に引きこもってばかり……』
『多少出来がお悪くとも、我々で支えて差し上げればいいではありませんか。今もこれからも……』
どいつもこいつも、好き勝手言いやがって。
それに、いつも、いつも、ハインリーばかりが評価される。
『ベツィリアを引き込みなさい』
『なんともはや。妹君と、まともにお話しすることすらできないとは……』
『あなたのためを思って言ってあげているのよ』
『はぁ、もういいです。我々が動きますので』
何か、何かやらなければ。それはわかっている。
けれど、できない、どうすればいいのかわからない。
いざというときでも、人前に立つと体が固まり、声が出なくなる。頭が真っ白になる。
ソワレ自身が一番、自分は王族に向いていないと理解している。
(せめて、ベツィリアを僕の庇護下に置ければ……何かが変わるのか?)
母もローレンスも満足するかもしれない。
それから、ベツィリアはソワレ以上に哀れな王族だ。
女だし、病弱で外にも出られない。碌に公務も出来ず、誰からも期待されていない。
――自分よりも下の人間。
彼女がいるから、ソワレはまだ、平常心を保てていた。だが……。
ソワレは見てしまった。
ベツィリアが楽しそうに、ハインリーと出掛けるところを。
王女の婚約者であるエルロン・コイキュロス侯爵令息まで一緒だ。
それを見たとき、ソワレの心の中にどす黒い嵐が吹き荒れた。
(なんでベツィリアは、底辺王女のくせに、第三王子の僕より幸せそうなんだ? それに、どうして、ハインリーが自分より先にベツィリアと仲良くなっているんだ?)
このままではソワレの目的が果たせなくなる。
ハインリーにベツィリアを奪われる。
(また、母上に失望される! ローレンスに呆れられる)
苦しい、もう解放されたい。
どこにもソワレの居場所なんてない。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
(ハインリー……あいつがいるせいで、いつも、いつも、いつも、僕は比べられる)
そして駄目な王子だと、ため息をつかれる。
(そうだ。あいつさえ、いなければ……)
長年の、第一王子への恨みが募りに募り……ついに爆発した。
ハインリーが隣の領地へ出掛けることを知り、研究用のトナカイを瘴状菌に感染させて森へ運ぶ。
もちろん、母やローレンスには内緒だ。
二人とも、ソワレがこんな大胆な行動に出るとは思ってもいないだろう。
密かに雇った刺客とともに、トナカイを森へ運び、タイミングを見計らって解放する。
最初からわかっていた。菌に侵され毒獣となった獣は手に負えない。
場合によっては自分まで襲われるかもしれないと。でも……。
(もう、どうなったっていい……疲れた……)
自分がいなくなっても、誰も心から悲しんだりしない。
母やローレンスは、せいぜい困ればいい。
(勝手に僕に期待して、失望して……もうそんなのはうんざりだ)
ソワレには元々何もない。失うものなんてない。
「だから、お前も道連れだ、ハインリー……」
長年の恨みを、今こそ晴らす。
(お前を殺して、僕も死ぬ)
一緒に森に潜伏していた刺客たちと一緒に、ソワレもまた馬車へ向かって飛び出した。




