37:もう逃げられません!
(何か、何か言わなければ)
メーテルは焦る。
「は、ハインリー様、なななな何をっ……あ、ありえないことです」
自分の呼吸と心臓の音が、やけに大きく聞こえた。
「すごく動揺しているね。これだけで、もう白状しているようなものだと思うけど」
「い、いえ、私は……」
だが、ハインリーには、どこか確信しているような雰囲気がある。
彼がこういう表情をしているときは危ない。
仕事中、この顔のハインリーにいろいろ白状させられている貴族たちをメーテルは何度も目にしていた。
(ど、どどど、どうすれば……! アルシオさーん! 助けてください!)
しかし、彼は馬車の外だ。ここまで助けには来られない。
絶体絶命の危機である。
「もう一度聞くよ。君が王女に化けていたんだよね?」
含むように、ゆっくり尋ねられる。
ハインリーの整った顔が近い。いろいろな意味で心臓に悪い。
「それは……」
言えない、言ったらアルシオたちに累が及ぶ。
でも、これ以上ハインリーの信頼を裏切るのも胸が痛む。
覚悟もなく、流されるように身代わりを引き受けた代償を支払わなければならないときが来たようだ。
(どうして、私はこう……)
期待が嬉しくて、必要とされるのが嬉しくて、イレイネスでも周囲の意見に流され騎士をし続けた。
だが実際には、それは期待なんかではなかったし、周りは条件付きでしかメーテルを必要としていなかった。
……その結果が今だというのに。
でも、それならあのときどうすればよかったのか、今でもわからない。
何も言えないまま固まっていると、突如、馬が大きく嘶いて馬車が停まった。
油断から一瞬体勢を崩したメーテルをハインリーが支える。
「大丈夫?」
「は、はい、ありがとうございます」
けれど、なんだか外の様子がおかしい。騎士たちがざわついている。
「一体、どうしたのでしょう?」
「馬車の外で、何かあったみたいだね」
ハインリーの表情は厳しい。
「メーテルはここにいて。絶対に馬車から出てはいけないよ?」
「えっ……」
言い残すと、ハインリーはトアを開け、サッと出て行ってしまう。
「ハインリー様……」
しかし、メーテルは気になることは確認しないと気が済まない性質である。
ドアから顔を覗かせ、堂々と周りの様子を窺った。
ちょうど、森に差し掛かった場所みたいだ。
そして、騎士たちの何人かが倒れている。
馬車を引いていた四頭の馬のうち、二頭は逃げてしまったようだ。
向こうに、揃いの灰色のフードを被った見知らぬ人々がいて、残りの騎士たちと戦っていた。
アルシオも応戦している。
(アルシオさん、戦えたのですね……)
ちょっと意外だった……。
メーテルの目は、彼の向こうに懐かしいものを捕らえた。
街道から逸れた場所、木々が生い茂る森との境目辺りに巨大な生き物がいる。
「あれは……毒獣……?」
黒と黄色の入り交じったカビのような見た目の瘴状菌。
それが全身に張り付いた、巨大なトナカイが三体暴れていた。
毒獣は敵も味方もお構いなしに、蹴り上げ、噛みつき、体当たりし、角で突いている。
「王都のすぐ近くに毒獣が出るなんて」
毒獣は辺境ほど個体数が多い。瘴状菌が運ばれてきやすいからだ。
ただ、王都付近でも森があれば、発生する確率はゼロではない。けれど……。
「三体もいる。しかも、示し合わせたように馬車を襲ってます……」
その行動がどうも不自然だった。
瘴状菌に侵された個体は理性を失っているし、ピンポイントで王子の乗る馬車だけを狙うなんて真似はできない。
ターゲットを選ぶという思考が残されていないからだ。
残っているのは、他の生き物を無差別に襲うという、瘴状菌の症状による行動だけ。
(それに、これだけ大きな個体が三体も出れば、普通は事前に誰かが気付くはず……)
王都に通じるこの街道は、人通りも多いはずだ。
「何が起きているのかわかりませんが、王都の方は毒獣の対処に不慣れなはず。お手伝いしなければ。このままでは、皆さん、対応しきれないかもしれません」
しかし、メーテルは少しだけ葛藤した。
(ですが、私が出て行けば、そして毒獣を倒してしまえば、ハインリー様からあらぬ疑いを招き、場合によっては危険視されてしまうかもしれません。私にそんな意図はないのですけれど……。そうなると、もはや、言い逃れは出来なくなるやも……?)
ぐるぐると、頭の中で考えるが答えなんて出ない。
(これから先のことはわかりません。けれど今は、私はハインリー様やアルシオさんの身の安全を優先します!)
とはいえ、手元に武器はない。
掃除道具も今日は持っていない。
道の端に落ちていた大きめの頑丈そうな枝を拾い、メーテルはブンブンと素振りする。
「うん、いけそうですね」
そうして、毒獣を目がけて、まっすぐ駆けだした。




