34:病弱王女の正体は……?(ハインリー視点)
侍女の宿舎は王宮の隅に建てられている。
見舞いの品だけ持って、取り次ぎのメイドを探していると、ふと聞き覚えのある声がした。
(メーテル?)
どうやら、入り口から近い場所に、彼女の部屋があったようだ。
見ると、ドアが半分ほど開いていた。
(だから声が聞こえたのか)
部屋には誰かが来ているみたいだ。
ちょっと気が引けたが、遠慮しつつ静かに様子を窺う。
すると、部屋の中には意外な人物がいた。
(あれは、ベツィリアのところの騎士……たしか、アルシオと言ったな)
アルシオとは昨日会ったばかりだ。
そういえば、彼もメーテルと仲がよさそうだった。
相手が男性だから、部屋の扉を完全に閉めてはいないのかもしれない。
メーテルはベッドに横になったまま、傍らの椅子に腰掛けるアルシオと話をしている。
横向きに寝る彼女の後ろ姿しか見えないが、会話くらいなら出来るようだ。
なんとなく気になり、その場を動けずにいると、メーテルとアルシオの会話が聞こえてきた。
「昨日は大変だったな。俺のせいですまなかった」
「いえいえ、誰にも予想できないことですから」
「それにしても、まさかエルロンがあそこまで面倒な男だとは。急に婚約者に興味を持ちすぎだろ」
「えっと……ベツィリア様から見たら、最低に見えてしまいますよね」
「いや、普通に最低だろ。ベツィリアと別れたがっていたくせに、顔を見たらコロッと態度を変えやがって。あの面食い男!」
「確かに、ベツィリア様の容姿に興味がおありのご様子でした」
メーテルはエルロンとも知り合いなのだろうか。
だが、話を聞いている限り、まだ他にハインリーの把握できていないことがあるように感じた。
(昨日の件に、メーテルが関わっているのか……? 何故……?)
疑問に思ったが、ここで出て行くべきではない。盗み聞きしてしまった負い目もある。
だがそれより、別の気持ちが勝った。
(先に、もっと情報を得たい)
ハインリーに会話を聞かれていることも知らず、二人は喋り続けている。
誰かが会話を聞いているとは、思いもしないのだろう。
「庭で散歩する程度の予定が、勝手に外に出るとか言い出すし。出掛けたいのなら、ベツィリアに事前に知らせておくのが筋だろうが」
「うーん。勝手に計画を決めちゃっていましたしねえ。離宮では結果だけを一方的に告げられる感じで……」
「ベツィリアのためを思う素振りをする割に、ベツィリアの意見を軽視しすぎだろ」
「アルシオさんの言うとおりかもしれません。要望なんて、何も聞かれさえしませんでしたし。ところで、エルロン様は大丈夫なのでしょうか……落ち込んでいらっしゃったようですが」
「自業自得だ。ベツィリアを気遣わず、自分だけ落ち込んでるとか、婚約者としてありえないだろ」
「手厳しい……」
「それに、あいつなら大丈夫だ。ハインリー兄上が対処してくれたから、しばらくは」
ハインリーは首を傾げた。
(兄上? なぜ、あの騎士が僕を兄と呼んでいるのだろう?)
彼の兄になった覚えはない。
しかし、メーテルも不思議に思うことなく頷いている。
「ハインリー様が対応してくださったなら、安心ですね」
「あとのことは、メーテルは何も心配しなくていい。エルロンが復活してまた来るようなら、身代わりを頼むかもしれないが」
「はい……」
身代わりという言葉を聞き、ハインリーは混乱した。
ふと、メーテルがゆっくり身を起こす。
眼鏡をかけていないその横顔は、建国祭や昨日目にしたベツィリアと同じだった。
「……!」
思わず、息を呑む。
(あのときいたのは、ベツィリアではなくメーテルだったのか?)
それなら、奇妙な既視感にも納得がいく。
メーテルの変身ぶりがすごいとはいえ、自分の目が節穴すぎてショックだ。
(どうしてこんなことになっているのかは、あのアルシオという騎士を問い詰めることにするべきだろうか。それともメーテルから話してもらうほうが早いだろうか……)
雰囲気的に、彼がメーテルに身代わりを依頼したようである。
(なんで、そんなことになったんだろうね。メーテルはこちらにきて、まだ数ヶ月しか経っていないのに)
正直、メーテルが自分を騙していたことにショックを受けた。
けれど、思い返してみると、建国祭のときの彼女は、体を張ってハインリーを助けようとした。
それはメーテルにとって、危険を伴う行動だったはずだ。
(影武者をしていることがバレたら、ただでは済まないとわかっているはずなのに)
つまり、自分の正体がばれることより、ハインリーの身の安全を優先して動いたということだ。
彼女は侍女の仕事中でもなく、王族の身を守る義務もないし、雇用主と働き手という以外は利害関係すらないのに。
(にもかかわらず、身を挺して僕を助けてくれた)
あの状況で、王族たちの前で、自分よりハインリーの安全を優先したということだ。
(ありえない……何を考えているんだ?)
そんな人間は、今まで身近に存在しなかった。
考えれば考えるほど、自分の中から不思議な感情がわき上がってくる。
「なんだろうねこれは」
ただ、メーテルが愛おしい……。
これまで感じたことのなかった気持ちだ。
(僕はどうしてしまったんだろう)
今まで以上にメーテルを傍に置きたい。
彼女がほしい。そう思ってしまう。
(第一王子として賢くない判断……どころか最低の判断だ。理屈ではわかっているはずなのに)
それでも生まれて初めて、ハインリーは、義務ではなく自分から何かを得たいと思ってしまった。
絶対に許されないことなのに。自分でも馬鹿げた感情だとわかっているのに。
(でも、まずはメーテルにベツィリアのことについて尋ねるのが先だ。彼女が回復したら……)
放置していると、大事件になりかねない。
メーテルが素直に話をしてくれるとは限らないが、聞き出す方法ならいくらでもある。
(きっと、事情があるはずだ)
そうでなければ、メーテルはこんな危険なことを引き受けたりしないだろう。
ハインリーは静かにきびすを返し、通りかかったメイドに見舞いの品を渡すよう頼み、そのまま侍女の宿舎をあとにした。




