32:病弱王女、川に落ちる
ベツィリアに変装したメーテルは、大型の馬車で王宮の外に移動していた。
馬車にはアルシオと、エルロンとハインリーが同乗している。
メーテルは視線でアルシオと会話する。
「アルシオさん、どういうことですか? ハインリー様まで来てしまうなんて」
「俺が聞きたい……!」
そんな焦りはいざ知らず、馬車は速くも王宮の門の外へ出て停止する。
外は軽く公園のようになっていて、整えられた芝生が広がり、大きな川も流れている。
この川が生活用水や船での運搬などに利用され、王都の人々の暮らしを支えていた。
馬車を降りたメーテルはこっそりアルシオを会話する。
「ハインリー様とは、普段から身近に接しているので、正体を見破られてしまうかもしれません……建国祭のときだって、何かいぶかしがっておられました」
「くっ……俺だって、想定外すぎるんだ……」
「どうしましょう」
「そのままベツィリアを貫け。俺が責任を取る……!」
「そ、そんな」
話していると、エルロンが割り込んできた。
「ベツィリア様!」
「は、はい!」
「あちらへ行きましょう!」
エルロンに手を取られ、おたおたと川沿いの道を歩く。
「それにしても、ベツィリア様は美しい。あなたのような方が婚約者で、俺は幸せです」
「そうですか」
「ええ、あの場にいた友人たちからも羨ましがられました」
「へぇ……」
先ほどから、エルロンはメーテルの容姿ばかりを褒めている。
(私の顔が、好きなんですかねえ。自分の顔について、考えたことはありませんでしたけど……)
なにしろ、辺境では強さこそが全てだった。
たまに、女だからと揶揄ってくる相手はいたが、全員を力で封じた。力で勝てば、誰も何も言ってこなくなるので。
だから、エルロンの反応は新鮮だ。
(まあ、ベツィリア様に上手く変装できているということですよね)
それなら、いいと思った。
(ハインリー様も、このまま気付かないでいてくれるといいのですが)
彼は鋭いところがある。
そんなことを考えていると、不意にハインリーに声を掛けられた。
「体の具合は悪くないかい?」
「は、はい」
病弱なベツィリアを心配してくれたようだ。
「よかった。無理を押して建国祭に出席して、さらに僕を助けてくれただろう? 健康に影響がないか心配だったんだ」
さすが、ハインリーだ。
妹にも優しすぎる。
「ご心配ありがとうございます。お兄様」
メーテルは心から微笑んだ。
ハインリーと話していると、エルロンが割り込んでくる。
「ちょ、ハインリー様、今日は俺とベツィリア王女のデートです。数年ぶりに会った僕らに話す時間を下さい」
「ああ、そうだった。数年間、一度もベツィリアには会っていないんだったね」
「う……」
エルロンが気まずそうに唸る。
(ハインリー様、チクリと言い返しました)
晩餐会で助けたからだろうか、ベツィリアの味方をしてくれている。
若干、慌てた様子で、エルロンがメーテルの手を引いた。
けれど、そこは……川のすぐ縁だ。
「あっ……」
彼の「しまった」という感じの声が発されるのと、とメーテルが動くのは同時だった。
「危ないです……!」
メーテルは咄嗟に体をひねり、エルロンが川に落ちないよう庇う。
しかし、彼を助けた代わりに、自分が川に墜落してしまった。
「ベツィリア!」
近くにいたハインリーが慌てて動き、メーテルを川から引き上げる。
幸い、浅い川だったので、メーテルが流されることはなかった。
「大丈夫かい?」
「はい……」
しかし、メーテルは全身ずぶ濡れになっていた。
「はっくしゅん!」
ダハトリア王都は寒冷な場所だ。普通に寒い。
「ベツィリアさま、すぐ離宮にお戻りください」
ここぞとばかりに、アルシオが動く。対応としては正しい。
「そうだね、体が冷えてしまう」
ハインリーも同意した。
エルロンは、ただ、あわあわあしていた。
「ベツィリア様、申し訳、ありません……!」
「大丈夫ですよ、エルロン様。ですが、今日のところは失礼しますね」
アルシオに髪を拭かれ、とりあえず馬車に積んでいた膝掛けを被せられ、全員で馬車に乗って来た道を戻る。
(全身が濡れて寒いです……)
短い外出だったけれど、だからこそ、無事にベツィリアの身代わりをやり遂げることが出来た。
(ちょっと、馬車の中は気まずいですけれど)
そして、アルシオに拭かれて乾きかけた髪が、徐々に膨張を始めた。
(まずいです、モサモサヘアーに戻ってしまいます!)
エルロンはともかく、ハインリーに正体がばれてしまうリスクが上がる。
王宮を探しても、あそこまでモサモサの髪はメーテルくらいなのだ。
(は、早く……早く到着してください……)
メーテルの祈りが通じたのか、馬車はスムーズに離宮に到着し、メーテルはアルシオに抱えられて中へ入る。
ハインリーは、あわあわ状態のエルロンの対応をしてくれるそうだ。
連れ帰ってくれるとのこと。
(正直ありがたいです……)
こうして、バタバタした状態で、ベツィリアとエルロンの邂逅は終了したのだった。




