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28:第一王子の私室を掃除します

 建国祭の翌日、メーテルはハインリーの私室を掃除していた。

 今ははたきを手に持ち、棚の埃を落としている。


(ハインリー様の私室、とても整頓されていますね。侍女いらずです)


 メーテルの仕事は、掃除とハインリーの身の回りの世話だ。

 彼はプライベートな空間でも構わず仕事を始めてしまうので、メーテルは書類を運んだり整えたりもしている。

 ハインリーは驚くほど、私室に他人を入れなかった。

 命を狙われることが多い身のため、周囲を警戒しているのだろう。


(そんな場所に入れてもらえたということは、私は信頼されているのでしょうか)


 だとすれば嬉しい。彼の期待に応えたい。


(しっかり、彼の役に立ちたいです)


 気合いを入れてはたきを握りしめる。


「メーテル、昨日は何をしていたの」


 問われ、メーテルはギクッと身を強ばらせた。


「……ええと、部屋で寝ていましたね」

「街には行かなかった? 外はお祭り状態だったと思うけど……」


「興味はあったんです。でも、ちょっと疲れていたようで。もう元気になったので大丈夫ですよ」

「そう。体調が戻ったのならいいけど、何かあったらすぐ言ってね。休みはあげられるから、無理はしないでほしいんだ」

「は、はい」


 なんて優しい人なのだろう。

 少し気まずく思いながら、仕事の手を止めたメーテルは返事をする。


「あの、ハインリー様は今日は執務室に行かれなくてよろしいのですか?」

「……昨日の建国祭で、ちょっと疲れていてね。今日はここで仕事をするよ」

(あー、大変でしたものね)


 ……と言いそうになり、メーテルはきゅっと口を噤む。


(あれは、あの場にいた人しか知らない情報です。不用意に漏らせば、私まで怪しまれてしまいます。アルシオさんに迷惑をかけるわけにはいきません)


「メーテルはさ、半年から一年の契約で侍女をしてくれているよね」

「はい。募集要項にそう書かれてありましたので」


 半年から一年というのは、その間に結婚して辞めてしまう侍女が多いからという理由だ。

 だから、年頃の女性が就く仕事は、そういう仕組みになっている。

 ――最低でも半年は働いてくださいね。でないと仕事を回せる人がいなくなりますので――

 ……という王宮の事情から、半年以上という契約期間になっているのだとか。

 最長一年までというのも、それまでに止めてしまう侍女が多いからだそうな。

 一応、そんな区切りになっていて、以降は契約延長という流れになるみたいだ。


「まあ、何もなければ一年間働きたいと思っています」


 メーテルは本音を言った。


「一年以内に退職の予定はないんだね?」

「今のところありません。婚約者もいませんし、結婚の予定も、父が余計なことをしない限りはないかと」


 その父親が一番心配なのだが、ハインリーの前で文句を言っても仕方のないことだろう。


(さっき、うっかり「余計なこと」だなんて、言ってしまいました。これ以上は自重すべきです……)


 実家やメーテル自身の醜態をさらしてしまいそうだ。


「そっか。僕としては、真面目に働いてくれるメーテルには契約を延長してほしいな。無理も言えないけどね」

「私も、可能ならここで働いていたいです。侍女のお仕事は好きですから。制服も可愛いですし……」


 ここににいれば、仕事で必要とされている気がするし、こうして誰かの役に立てていると安心できる。

 騎士じゃなくても、両目が癒えなくても、期待されない女でも、存在していいのだと思える。


「メーテルの採用に当たって、大まかなことは辺境伯家から聞いているんだ」

「……大まかなとは、どこまでご存じで?」

「騎士の娘ということと、何かの事故で視力が悪くなってしまったこと、辺境伯家の七男に仕えていたことかな」

「そうですね、合っています」


 騎士をしていたことや、毒獣の事件の詳細は伝わっていないらしい。


「メーテルも面白いけれど、君を紹介してくれた辺境伯家の七男も面白い。以前は彼の侍女をしていたの?」

「侍女ではありませんけど、お仕えしていました。身の回りの簡単なお世話とか……」


 イレイネスのことを何か話そうとすれば、必然的にメーテルの家の特殊な事情まで話さなければならなくなる。

 それでクビになることはないと思うが、出来ればあまり口に出したくない話題だった。

 侍女でいる間は、それらしくありたい。


「彼とは主従で幼なじみなのです。イレイネスでは割と、肉体的な強さこそ存在価値みたいな考えがあるんですけど、彼はどちらかと言えば頭脳派でして……ちょっと可哀想な境遇でした」


 正しいことを言っても、軽んじられることが多かったのだ。


「もっと活躍できる場所がありそうですし、幸せになっていただきたいのですが……イレイネスだとなかなか難しいかもしれませんね」


 いくら正しく役立つことを言っても、腕っ節が強くないと言うだけで、何も聞いてはもらえない場所だ。

 いつもはメーテルが、彼を軽んじる相手を腕っ節で封じて意見を通していた。


(こんな野蛮な話は、ハインリー様の前で出来ませんけれども)


 とりあえず、イレイネスはメーテルたちにとって、息苦しい場所なのだ。

 ハインリーはといえば、メーテルの幼なじみに興味を持ったらしい。


「ふぅん、いいことを聞いた。彼に城へ来るよう伝えたら、受けてくれると思う?」

「彼に、ハインリー様にお仕えしないかオファーをくださるのですか? それなら、喜んで来てくれると思いますよ。七男ですし、イレイネスを離れても問題ないかと」


「そっか。いいことを聞いたよ、ありがとうメーテル」

「いえいえ」


 幼なじみがこちらへ来るのだったら、余計にイレイネスに帰りたくないなあ……という本音は黙っておく。


(家出、しましょうか……いいえ、でも、ハインリー様にご迷惑をかける事態は避けたいです……うーん……)


 メーテルは将来について、まだ答えを出せずにいた。

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