25:豹変した妹(ハインリー視点)
ハインリーは淡々と晩餐会に集まった顔ぶれを観察していた。
もちろん、あからさまな真似はせず、さりげなくだ。
相変わらず全員仲が悪い。
食事会など定期的に王族同士で集まることはあるが、大体いつもこうだ。
これを「家族団らん」などと言う父は、相当どうかしている。
この殺伐とした空気が、読めないわけではないだろうに。
ふと、視線をベツィリアへ移す。
彼女は今回、父の要望で無理を押して建国祭に出席しているようだ。
体調は思わしくないだろうに、健気に椅子に座って食事をしようとしている。
彼女はテーブルの上に置かれた料理と、じっと睨み合っていた。
(やっぱり、どこかで見たような気がする)
彼女の雰囲気が、ハインリーのよく知るものなのだ。
けれど、最近妹に会った覚えはない。
定期的に様子を窺ってはいるが、応対するのはいつも侍女や騎士ばかり。
病状が重いということで、ベツィリアには直接会えなかった。
しかし、彼女を見ていると、何かが引っかかるのだ。
(なんだろうな……)
しかし、答えは出なかった。
しばらくすると、給仕係が乾杯のためのワインを持ってきた。
父である国王が祝いの言葉を述べる。
そうして、乾杯してから食事に入る流れになった。
ハインリーも給仕係がテーブルに置いたワインを手に取る。
ふわりと、変わった香りがした。
(これは……?)
おそらく、何か盛られている。
父の乾杯の声かけを邪魔するのは気が引けるが、こんなことで命を失うわけにはいかない。
指摘すべきだろう。
ワインの杯には手を触れず、ハインリーは別の給仕にワインの取り替えを頼むことにする。
すると、何を思ったのかベツィリアが、すくっと立ち上がった。
彼女の目は、ハインリーの背後――壁際に立つ先ほどの給仕係を睨んでいる。
すると、背後に立っていた給仕係が動揺したのか、持っていた食器を派手に落とした。
ガシャーンという音が響く。
同時に彼は食堂から逃げだそうとした。
逃げる隙を作ろうとしたのか、給仕係がテーブルクロスを引っ張ったせいで、いくつかの料理が床に落下した。
第二妃と第三妃が悲鳴を上げる。
そして、何故かベツィリアが、テーブルの端から、給仕係のほうへのほうへまっすぐ走ってきた。
体調が悪いだろうに、走って大丈夫なのだろうか。
「逃がしません! あなた、ハインリーお兄様の飲み物を毒とすり替えましたね!?」
続いて、ベツィリアが大きな声を出した。
やはり、ワインを飲まなくて正解だったらしい。
(けれど、この声……)
どこかで聞いたことのあるような響きだ。
(……侍女の、メーテルの声と似ているような? 雰囲気もどことなく……)
いやまさかそんなことはない。
彼女は侍女だし、いつも眼鏡をかけている。
髪だってもっと量が多かったはずだ。
技術によって、毛量を少なく見せることは出来るかもしれないが、彼女はいつもそんなことは気にせず、髪を雑に結んだだけの姿で仕事をしている。
そもそも、彼女がベツィリアになる理由なんてない。
鋭いベツィリアの声に反応したように、給仕係の男が駆け出した。
(彼が実行犯だったのか……)
何故かベツィリアには確信があるようだ。
そこから先は、信じられないことの連続だった。
あっという間に距離を詰め、ベツィリアは給仕係に追いつく。
「は、速っ!? なんで、王女が……ぐぼぇっ!?」
そして、彼女の放った蹴りが、彼の顎にヒットした。
相手は後ろ方向に吹き飛ばされ、硬い大理石の床へとたたきつけられた。
運悪く、絨毯が敷かれていない場所だったのだ。
すぐに騎士たちが動き出し、給仕係を捕縛して外へ連れて行った。
これから、事情聴取が行われるだろう。
(一体どうなっている!?)
ベツィリアは席に戻り、こっそり食事を始めてしまった。
背後で騎士に何やら叱られながら、床に落ちずに済んだサラダを頬張っている。
そうして、テーブルの上に残った料理を素早く全種類食べ終えたところで、彼女の騎士が言った。
「ベツィリア様は急激な動きのせいで、体調が悪くなってしまわれたみたいです。申し訳ありませんが、このあたりで……」
もともと、体が弱いのに無理を押して出席していたベツィリアだ。
その上、走って移動し、給仕係を蹴った。
意図せず激しい動きになってしまったのだろう……とも取れる。
パーティーや晩餐会に顔を出したのだし、ここで下がっても問題はない。
「うむ、ベツィリアよ。よく兄を守った」
退出の許可が出たので、ベツィリアの騎士が彼女を運んでいく。
(なんだったんだ、今のは)
ベツィリアが騒いだおかげで、何も言わなくても毒を処分することができた。
国王や第一妃も、今回のことに関して深掘りするつもりはなさそうだ。
第二以下の妃や他の王子たちも、ベツィリアのことより、今回の犯人が誰か、自分たちが疑われないかを警戒している。
今もぎゃあぎゃあ騒いで、やれ「あんたが犯人でしょ!」やら「私は無実よ!」やら訴えている。
(まさか、わざわざ僕を助けてくれたのか? そんな馬鹿な)
この中に、ハインリーの身の安全を心から心配する者などいない。
実母の第一妃は息子より国を優先する女だ。
同じ理由で、国王も優秀な王子を失うのを惜しがっているだけ。
代わりはあと四人いる。
ハインリーが倒れれば、それまでだ。弟の誰かが繰り上がる。
(そう、昔から誰も僕自身の心配などしない……)
寂しくもあるが、王子としてここで生きていく以上、受け入れるべきことだ。
ふと、昨日会ったメーテルを思い出す。
彼女は本気でハインリーの心配をしてくれた。
そのことを考えると、心が少しだけ温かくなった。
メーテルは人柄もいいし、髪をふわふわさせて懸命に掃除をしている様子は可愛らしい。
(……それにしても、本当にベツィリアはどうしてしまったのかな)
こんな風に、大胆な行動を取る王女ではなかったはずだ。
ハインリーは、なんだか腑に落ちない。
今以上に、ベツィリアを気にかける必要がありそうだと思った。




