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23:王女様の婚約者に会いました

「メーテル、最後にもう一人、会っておかなければならない人物がいる」


 ベツィリアの社交は最低限でいいが、それでも王妃や王子たちには挨拶する必要があった。


「残るお一人は……婚約者の方ですね」

「ああ、そうだ。本来なら向こうから挨拶に来るのが筋だが、なんの役にも立たないベツィリアより他に、社交が必要な相手がいるのだろうな」


 アルシオは投げやり気味に言って腕を組む。


「酷い婚約者です……」


 メーテルも同意した。

 そういう理由があっても、病弱な中、頑張ってパーティーに出席した王女をほったらかしにするなんて薄情すぎる。


「まあ、あいつはそんな奴だ」


 アルシオはあっさり告げた。なんとも思っていないらしい。

 彼と一緒に、ベツィリアの婚約者についての情報をおさらいする。


「俺の婚約者はエルロン・コイキュロス侯爵令息だ。しかし、幼い頃に顔を合わせたきりのベツィリアに興味はない。顔も覚えていないだろう」

「なんとまあ……」


 アルシオのほうは、相手の顔を知っているのに……複雑だ。


「前にも話したが、侯爵家としても、俺を迎えるのに乗り気ではないんだ。あそこに息子は一人だけだし、面倒ごとから距離を置きたがる家だ。王女なんて望んでいない」


「なるほど。でも、余程の理由がなければ、お姫様との婚約解消なんて難しいですよね」


「そうだな。いずれ俺が消えるにしても、しばらくの間は婚約者でいる必要がある。エルロンにも悪いことをしている……だが、あいつならベツィリアとの婚約がなくなっても、すぐに次が見つかるだろう」


「相手には困らないということですね」


「家柄も財産も申し分のない家だ。エルロン自身にも大きな問題はない。俺の婚約者じゃなくなった途端、令嬢が群がるだろうよ」


「おモテになるのですね」

「まあ、羨ましい立場ではあるな」

「……そうですか」


 アルシオの言葉には、ただ単にエルロンがモテると言うことだけではなく、彼の男として自由に生きられるところや、普通に安全に貴族として順調な人生を送れていることなど、様々な意味が詰まっているように思えた。



 ※



 会場内を歩いていると、アルシオが目的の相手を見つけた。


「いたぞ、あの茶髪の男がエルロンだ」


 立ち止まり、目的の人物をさりげなく視線で指し示す。

 すると、若い貴族男性の一団の中に、ウェーブの掛かった茶髪の男性を発見した。


「侯爵家は東の端に広大な領地を持っている。しかし、エルロン自身は王都で遊学中なんだ」


 それなのに、婚約者の王女に会いに来ることはないらしい。


(ちょっとだけ、印象が悪くなりました……)


 向こうに悪気はないし、頻繁に来られてもアルシオが困っていただろう。でも……。


「もう少しベツィリア様を心配してくれてもいいのではないでしょうか」


 少しだけ不満を込めて訴える。

 アルシオが気の毒だ。


「いいんだよ。放置されたほうが、面倒な事態にならない。ほら、行くぞ」


 促されるように、メーテルはエルロンへ近づく。

 そうして、ベツィリア王女っぽく、控えめに話しかけた。


「あの、エルロン様でいらっしゃいますか」


 尋ねると、エルロンが振り向き、メーテルを見て首を傾げる。


「そ、そうだけど……君は?」


 エルロンは戸惑っていた。

 相手が婚約者のベツィリアだとは気が付いていないようだ。

 一緒に喋っていた他の男性たちも、不思議そうにメーテルを観察し始めた。


「誰だ?」

「知らん……」


 彼らもわからないらしい。

 病弱な本物のベツィリアを覚えている者は、もはや誰もいない。親兄弟ですら気が付かない。

 切ないことだが、だからこそメーテルが身代わりとして役に立てる。


「私、ベツィリアと申します」


 さすがに王女の名前は全員知っているらしく、周囲の男性陣がざわめく。


「エルロン、俺たちはここで。婚約者を放っておくなよ」

「なんだ、興味ないとか言っていたけど、めちゃくちゃ美人じゃないか。この贅沢者!」


 口々にそんなことを言いながら、彼らはそれぞれ別の場所に去って行く。

 敢えて、婚約者同士で話す機会を作ってくれたようだ。


「こ、これは、ベツィリア様。ご無沙汰しております」


 エルロンは若干気まずそうだ。さもありなん。

 こんなとき、ベツィリアならどう答えるだろう。嫌味で返すことはしなさそうだ。

 だから、メーテルも、それらしく振る舞うことにした。


「エルロン様。やっと、お目にかかれて嬉しいです。ずっと伏せっていましたから……」

「あ、ああ、うん……」


 どういうわけか、エルロンがしどろもどろになっている。彼の顔が赤い。


「大丈夫ですか、エルロン様? お顔が、真っ赤に……」

「えっ!? いや、ももも問題ない、です!」

「……?」


 問題がないようには見えない。疲れているのだろうか。

 介抱すべきか迷っていると、アルシオがメーテルの隣に立った。


「エルロン様、申し訳ございません。ベツィリア様はまだ本調子ではありません。この辺りで失礼させていただきます」

(アルシオさん?)


 やや強引に割り入った彼は、義務は終わったとばかりに視線でメーテルに退場を促す。

 そうして、そそくさとメーテルの手を引き、大広間から外に出たのだった。

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