22:確執の根は深いようです
連れて行かれた先は、第三妃のところだった。
彼女は孤児から貴族に養子入りし、妃になったという異例な経歴の持ち主だ。
人々は「彼女は野心家で、上手く立ち回ったのだろう」と言っているらしい。
(もともとは、国王の一番のお気に入りだった方ですね。今はそうでもなく、カイル様を次の王にしようと必死でいらっしゃる……と、前にアルシオさんが言っていました)
カイルはメーテルの手を引っ張ったまま、会場内を歩き回り、甘いお菓子がたくさん置かれたテーブルの近くで大きな声を上げた。
「母上! ベツィリアを連れてきたぞ!」
すると、テーブルの向こうから、ひときわ派手な女性が、ドレスを揺らしながら早足で歩いてくる。
年齢は第二妃と同じくらいだ。
「まあ、カイル~。よくやったわ~」
とても高くて間延びした声には、甘えるような響きがあった。
メーテルは少し驚き、目を丸くする。
(こ、この人が、第三妃様!?)
妃らしくない、妃だった。
長くウエーブの掛かった赤髪を垂らし、アクセサリーの量が他の妃の倍くらいはあり、頭には巨大なリボン。化粧も濃い。
さらには、若い令嬢が着る流行最先端のドレスを身につけている。
なぜメーテルがドレスについて知っているのかというと、休憩室で先輩侍女たちがドレスを見せびらかし合っていたことがあったからだ。
第三妃のドレスは淡い色味かつ華やかで、侍女たちが持っていたドレスによく似ている。
(目立つ装いの方です……)
豪華なものを身につけるのが標準の妃だったとしても、このパーティー会場でとても浮いている。
第二妃のような取り巻きはおらず、代わりに見目がよく若い男性使用人が数人彼女に侍っていた。
(王宮では「平民の出だから非常識なんだ」なんて言われているようですが……平民だって、お金があったとしてもこんなことはしませんよ?)
これらは、明らかに彼女の趣味だろう。
連れてこられたメーテルは、礼儀正しく第三妃に挨拶する。
「お、お久しぶりです第三妃様。このたびは……」
「あーっ、そんな堅苦しい挨拶いらないって。こっちで一緒に飲みましょうよ~」
第三妃の後ろに、たくさんのグラスをお盆に載せた給仕係が立っている。けれど……。
(あれはお酒では……!?)
メーテルはあまりお酒を飲まないし、病弱なベツィリアも飲めないはずだ。
(うーん。第三妃様に悪意があるのか、何も考えていないのか……)
メーテルが戸惑っていると、アルシオが「恐れながら……」と、スッと前へ出てメーテルを庇った。
「ベツィリア様の病は、まだ完治しておりません。主治医からお酒は控えるようにと言われております」
アルシオの指摘に、第三妃は子どもっぽく唇を尖らせる。
「もーつまんなーい。じゃあ、代わりにあなたが付き合ってよ。近くで見ると、なかなかいい顔じゃなーい。一緒に遊びましょ?」
「……!?」
ギョッとしたように固まるアルシオは、かろうじて声を絞り出す。
「いえ、私はベツィリア様のお世話がありますので」
「いいじゃないのぉ、ベツィリアの代わりに飲んでちょうだいよぉ。そのあとは私の部屋に……」
もはや、第三妃の目的はベツィリアではなくアルシオに変わってしまったようだ。
(すごい方です。アルシオさんをお助けしたほうがいいでしょうか)
困っていると、近くで威厳のある声が響いた。
「第三妃よ、ここは建国祭の会場だぞ! 男と戯れたいのならベツィリアの騎士などではなく、いつものように自室に男娼を呼びつけるがよい」
第三妃のこめかみがピクリと動く。メーテルはハラハラした。
(今度は誰ですか!? もしかして……)
メーテルは声のするほうへ顔を向け、相手を確認する。
すると、堂々とした出で立ちの、背の高い女性が腕を組んでこちらへ歩いてきた。
(おそらく、第四妃様……?)
髪は青みがかった黒髪で、後ろで一つに結んでいる。
衣装は国の南方の伝統的な民族ドレスだ。南方の出身らしい褐色の肌に似合っていた。
彼女の後ろには、二人の王子が立っている。いずれも第四妃と似ていた。
(第四妃様と、そのご子息である第四王子モーガン様、第五王子ゴルド様ですね)
一人は筋骨隆々としていて、メーテルの故郷であるイレイネスにいそうな騎士タイプの王子だ。
もう一人は眼鏡をかけ、計算高そうな雰囲気を醸し出している。
「第四妃様、ならびにお兄様方、ご機嫌麗しく……」
「ああ、ベツィリア。以前より回復したみたいだな。この調子でリハビリに励めよ」
「あ、はい」
リハビリのことはいつ知ったのだろうか。
(第二妃のところの執事やソワレ様には知られていましたが、第四妃もご存じだとは……)
王宮の情報網は時に怖い。
第四妃と第三妃は静かににらみ合いを続けていた。
王子たちはと言えば、こちらも互いに睨み合っている。
ベツィリアのことは、もう誰も眼中にはないようだ。
絡まれていた王女の騎士を口実に、第三妃の陣営に喧嘩を売りに来ただけらしい。
(仲……悪いですね)
睨み合う両陣営は、一触即発という雰囲気だ。
「こちらへ、ベツィリア様……」
そっと手を引かれ、メーテルはアルシオによって、その場から引っ張り出される。
「ベツィリア様はお疲れのご様子です。病み上がりでもありますので、ここで失礼させていただきます」
どさくさに紛れ、アルシオはそう宣言し、逃げるようにメーテルを連れてその場をあとにした。
「た、助かりました……」
廊下に出たところで、メーテルは立ち止まってアルシオにお礼を言う。
「いつもああだから、付き合っていたらきりがないんだ。まあ、お前にもわかっただろう……ベツィリアが軽くあしらわれる様が」
「確かに」
否定できない状況だった。
「……あんな風に軽く、いてもいなくても同じみたいに扱われるのは、悲しいですよね」
アルシオに語りかける。
なんだか、かつての自分を見ているようで、苦しくなってしまった。
しかし、アルシオは「そうだな」と微笑むだけだ。
「もう慣れたし、いいんだ。それに、ああしてくれるほうが、俺の生存率が上がる」
脅威じゃないからこそ、誰からも攻撃されない。
そのとおりではあるが、なんだか複雑な気持ちを抱いてしまうメーテルだった。




