93
本日、二回目の投稿です。
振り向けば、そこに先ほどまでステージで堂々と歌い上げていた歌姫がいた。
「あなた方が最近モノレを脅かしていた魔獣を討伐した冒険者たちでしょう?」
「まさか、メサニアの歌姫の耳にまで届いているとはな」
ワンダフルさんが答える。
「このままだと人も物も流れが滞るところだったの。一杯おごらせてちょうだい」
巷で名を馳せる歌姫が冒険者の活躍を称賛して酒をご馳走する。それはまるでなにかの物語の一場面のようだった。
「あら? こちらは可愛らしい猫族さんたちなのね」
大きな街だからつわもの揃いの冒険者を擁していてなお、手を焼いていた魔獣を二体も討伐した猛者パーティーに子供の獣人族がふたりも混じっているのに、歌姫は目を見開く。ワンダフルはこっそり、そのふたりにこそ、なにかあっては大事になる。なんなら、片方はえげつないアイテム玉を生み出してもいる、などと考えた。
「お姉さんもとても若いのね。ステージではとっても大人っぽく見えたわ。わたしはユリ、こっちはソウタよ。お姉さんの名前を聞いても良い?」
こういうとき、きれいな年上の女性であることにへどもどするソウタとは違って、ユリは物おじなく名乗るし名前を聞く。なんなら、妙齢の女性に年齢の話題を振ることすらできてしまう。ケッティはさすがはケット・シーたちを手玉に取る程のことはある、と妙な関心をした。
「マリエよ。そうなの。ステージから降りたら、とたんに子供扱いされちゃうの」
屈託なく答え、肩をすくめて見せる。
リトラの冒険者ギルドに忍び込んだ仮定ラクーザの諜報員が言っていた妖女なんてとんでもない。まだ少女と言える歳ごろだった。ただ、ステージで堂々と歌い上げる姿は大人の女性のように色っぽかった。ユリはだからラクーザの諜報員の人族の女性が嫉妬したのだろうと想像した。今もまた、明るい店内ではマリエを熱心に見る男性がたくさんいる。中には女性もいた。芸術家にはパトロンというやつがつきものだと聞いたことがある。
マリエはいつの間にか店員が運んできた椅子に座っていっしょの席に着いていた。
ソウタとユリが貝を初めて食べた、とても美味しいと言うと、我が意を得たりとマリエが頷く。
「そうなの。海に面した街から貝や魚を運んでくるのよ」
マリエに問われるまま、シュラクのさらに向こうの大陸の端っこにある村からやって来たのだと話す。
「仁楊村にマリコさんという猫族がいてね。よくお菓子を作ってくれたの」
「マリエさんとちょっと名前が似ているね」
と言ってソウタとユリが笑顔を向けたら、マリエは少し恥ずかし気に言う。
「名前が似ているのに、お料理上手なのね。わたし、料理は苦手なの」
マリエは元はラクーザ出身で、片田舎のフロメリというところからメサニアにやって来たのだという。
「良いところよ」
短いひと言だったけれど、どこか懐かしむような響きがあった。
「メサニアは芸術の国だというものね」
ワンダフルもケッティも、ソウタとユリが話すことで歌姫の情報が引き出されるので、口を挟まず、聞く態勢でいる。ディレクは沈黙を貫き、器物の振りをする。アインスは穏やかな笑みを湛えて控えていた。
「美味しそう! <マリコさんのクルルンベリーパイ>もだけれど、<ミッチーさんのバニラとコアコア>のクッキーも良いなあ」
「うん、分厚くてさくさくなの」
「バニラのところとほろにがのところといっしょに食べるのが好き」
ソウタとユリは思い出してちょっぴりうっとりしてしまう。フェレット母さんの作る料理も美味しいが、仁楊村のおやつもとても美味しいのだ。
「こっちにもね、名物クッキーがあるの。とっても大きなやつ」
「へえ! そうなんだ」
「今日、街を歩いた際には見かけなかったね」
「ここのお店の貝やエビの料理も美味しいけれど、ほかにも魚料理のおいしい店があるわよ」
「「魚料理!」」
ソウタとユリが目を輝かせる。その様子に、マリエが微笑まし気にする。
フェレット母さんも魚料理を作ってくれるが、いかんせん、海は遠く、扱うのは川魚だ。海の魚はまた違った味わいだと聞く。
「そうだな。明日は魚料理の店を探してみるか」
ワンダフルはある予感を抱いてそう水を向けてみた。
「わたし、良いお店を知っているから、案内しましょうか?」
「本当?」
「いい?」
ソウタはマリエに、ユリはワンダフルさんとケッティに、期待のこもった眼差しを向ける。
「それじゃあ、お願いするかな」
目論見通りの成り行きに、ワンダフルはさて、歌姫はどういう意図があって接近して来たものかと考えた。
ソウタとユリといっしょになってきゃっきゃとどんなお店があるのか話している様子は、年相応の無邪気な若々しさがある。ステージの上でのいっぱしの色香をまとった姿とどちらが本物か。自分たちの情報を抜かれないようにしながら、よくよく見極めようと考えた。
多くの男性どころか、裕福な女性にももてはやされているだろうメサニアの歌姫は、ソウタとユリといっしょになってはしゃぎまわった。ふたりの片前足を両手でそれぞれ繋いで、「わあ、ふわふわ」と言って顔中で笑った。
「なんかね、猫族の前足を初めてつないだ人族ってだいたい、今のマリエさんと同じような感じになる」
「ね、ね、あっち、良い匂いがする!」
ソウタの話をうんうんと聞いていると、逆側の手をユリが引っ張る。
「待って待って」
そう言うマリエは始終笑いっぱなしだ。
「ケッティ、いつもふたりの面倒を見させて悪いな」
「さすがに、わたしに対してもあんなふうでは————あるかな」
なんにでも興味をそそられて引っ張って行かれる。
「まあ、わたしもそれでいろんな発見をするから」
「ケッティはよう、なんだかんだ言って、あのふたりには甘いよな」
マリエがソウタとユリといっしょになってはしゃぎまわるのを良いことに、ディレクがこっそり発言する。
「それを言うならワンダフルもだろう」
「そうかあ? 俺よりもよほどディレクのほうが子供好きだ」
『みなさまがソウタさま、ユリさま、そしてフェレットご兄弟を大切に思っておいでですよ。そうさせ得るほど、素晴らしいご気性のお子さまたちですから』
ディレクが反論する前にアインスが言ったものだから、みなは一理あるとばかりに頷いた。
「あのニャントロフも骨抜きだからな」
ニャントロフは悪い者ではないのだが、商人らしく抜け目ないところがあるにもかかわらず、見返りなく土産をどっさり持ち込む。見慣れない物に興味津々のフェレット族兄弟の様子をにこやかに眺めるニャントロフの姿を、ベルナンドが見たら仰天することだろう。
「それを言うなら、ケット・シーたちだ。ソウタやユリだけじゃなく、フェレット族兄弟を仲間扱いしている」
だからこそ、ゲームの参加料として妖精の環を要求されても受け入れる。その気にならなければ、鼻にもひっかけないだろう。
「フェリィには胃袋を掴まれているもんなあ」
そして、フェレット母さんが作る料理の素材を作るトムやカントにもとても協力的だ。トムやカントはユリが作るアイテム玉の素材にもなるのだから、なおさらである。




