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 マリエさんはすっかり打ち解けた様子で、ソウタとユリを気に入って街を案内してくれた。


 少女らしく、可愛い雑貨屋さんを見つけ、ああでもないこうでもないという。

 ソウタとユリとお揃いのハンカチを買ってプレゼントしたらとても喜んだ。

「花の刺繍がしてあるわ」

「そう言えば、昨日のステージでつけていたアンゼリカの花飾りもきれいだったね」

 ソウタが言うと、マリエさんはインスピレーションを与える花として、芸術家に愛されているのだという。

 トムさんやカントさんに教わった通りで、ソウタとユリは頷いた。


「それとね、勇気も現すんだって」

「勇気?」

 ソウタがそう言うと、初めて聞いたらしく、マリエさんが目を丸くする。

「うん。たったひとりで大勢の者の前でステージで歌うのはとっても勇気がいることだもんね」

 気遣うユリにマリエさんはにっこりする。

「そう、そうなのね。じゃあ、これからも勇気が必要なときは身につけようかな」

 もらったハンカチもずっと持っておくというのに、ソウタとユリははにかんだ。


 雑貨店を出て少し歩いた先で、ソウタが「あ」と声を上げた。

「あれ、マリエさんが言っていた大きなクッキーのお店?」

 ちょうど、お店から出て来る人族が持っているのは本当に大きな包みだった。

「そうよ。わたしが生まれたところでもあったわ。みんなで大きなパンをちぎって分け合っていたの」

 モルレの大きなクッキーを見たから、思い出したのかマリエさんがそう言った。


「もしかして、豚肉とレンズ豆煮込みが美味いところか?」

 ケッティが言うと、マリエさんは目を見開いた。

「え、ええ、そうだったかしら」

 その物言いにソウタとユリは不思議に思う。食べたことがないのか、知らないのか。

「豚肉は嫌いなの?」

「そんなことはないわよ。あちこちで料理されるものだから、その土地土地の味わいがあって良いわよね」

「うん、旅の醍醐味!」

 あちこちでその土地特有の美味しいものを食べるのだと言うソウタとユリに、マリエさんが屈託なく笑う。

「うちの方はねえ、たしか、ほうれんそうがたっぷり入ったやつが美味しかったなあ」


 たしか。

 その言い回しに、マリエさんはもしかすると、もうずいぶん前に生まれ故郷を出てきたのかもしれないとソウタとユリは考えた。

「もしかして、もうずっと旅をしているの?」

 マリエさんは泣きそうな顔をし、でも、すぐに笑顔になる。

「そうね。そうかもしれないわね」


「じゃあね、パンじゃないけれど、わたしたちといっしょにクッキーを食べよう」

 ユリが引っ張って行く。クッキーはソウタやユリの顔よりも大きかった。それを五等分にする。マリエさんが不思議そうな顔をするも、アインスは食べないのだと言うと、納得したように頷いた。甘いものを嫌う者もいるのだとでも思ったのだろう。

「美味しいね」

「うん。バターたっぷり」

「嬉しい」

 マリエさんがぽつりと漏らす。


 ソウタとユリは大きなクッキーだからひとりでは食べられなかったものの、大勢いたから叶ったのだという意味だと思った。

 ワンダフルとケッティはさっと視線を交わす。


 昨日出会ったばかりであるというのに、どうしてソウタとユリは自分が欲していたことがなぜわかるのだろう。なぜ、こうも簡単に与えてくれるのだろう。うれしい。うれしい。マリエはみなで分け合うクッキーを食べた。


「あ、そうだ、もらったジャムをつけよう」

 ソウタとユリは今回もまたあちこちでジャムをもらっていた。

「おいしい!」

「ね!」

「ソウタとユリといっしょだと、口が肥えちまうなあ」

 ワンダフルさんがジャム付きクッキーなんて贅沢だと目を細める。

「クッキーが素朴な味わいでちょっぴり塩味がするから、ジャムの甘さとよく合う」

「有塩バターを使っているのね。この地方ならではのバターよ」

 ケッティにマリエさんが言う。

「甘じょっぱいのが良いよね」

「いくらでも入っちゃう」

 現に、あの大きなクッキーはあっという間にみんなの口の中に吸い込まれて行った。

「そうね。バターの脂は糖分と相性がぴったりだから、クセになるわね」

「マリエさん、物知りだね」

「ね。ケッティみたい」

 ソウタとユリの中では「ケッティのようだ」というのは頭が良いという方向性の最上級の褒め言葉である。


 旅のあちこちでも良くしてもらっていると聞いて、マリエはなんだか安堵していた。この猫族の子供たちこそ、やさしい世界で過ごしていてほしいと思う。彼らは自然とそう思わせるのだ。




 あちこち寄り道をしながら、お目当ての美味しい魚料理を食べられる店に入った。入店したのになにも食べないのはさすがに奇異だろうということで、アインスは用事があるから、と別行動することにした。あらかじめ決めてあったことだ。


「いろんな魚と貝が入っている」

「ニンニクとバターの香りがする」

 ソウタが皿の中を眺め、ユリが鼻をうごめかせる。

「魚はね、サババとタイイ、イワイワシ、タララ、ホウボウよ」

 マリエさんが聞いたことのない魚の名前をするすると挙げる。

「そんなにたくさん!」

「これもエールに合いそうだ」

「白ワインやマスタードの風味もするな」

 ワンダフルさんとケッティはさっそく食べている。マリエさんは白ワインを頼んでいた。


 美味しい料理を楽しみながら、話は弾み、今まで行った大きな街の話題でシュラクのリトラのことに触れる。

「マリエさんは行ったことがある?」

「リトラはないわね。でも、シュラクの国都ならあるわ」

 ユリが尋ねると、マリエさんは首を横に振った。

「リトラにはね、エレナさんという犬族の冒険者がいるんだよ」

「ちょっとマリエさんに似ている」

 ソウタとユリは顔を見あわせて笑い合う。もしふたりが会うことがあったら、きっと気が合うだろう。


「どんな方?」

「よく動いてよくしゃべってよく食べる」

「それで、よく飲む」

 ソウタとユリの視線はマリエさんが持ったワイングラスに注がれる。何度目かで空にしている。

「そりゃあ、そっくりだわ!」

 マリエさんが笑い出した。


「マリエさんはあちこちの偉い人と仲良くなっているんだね」

「やっぱり、どこででも歌を歌えるように?」

 年若い女性が出演料でのみ生活するのは難しいことだ。ただ、メサニアの歌姫というような名声があれば、違ってくる。けれど、それはいつまでも続くものではない。確固たる後ろ盾が必要だ。

 ソウタとユリは役目を忘れず、しっかり聞き出した。


 マリエさんはワインボトルを空にしそうであり、目がとろんとしてきている。でも、ソウタとユリはあえて止めなかった。

 マリエさんが権力者に近づいているのは、故郷のためだと話した。真実を言っているように思えた。

「フロメリはね、なにもないところなの。そこで一族は商売をしているのだけれど、外国とのやりとりをするにはとかく許認可が必要なのよ。わたしは両親とは血がつながっていないの」

 だから、役に立ちたかったのだという。

「わたしはわたしが必要な人間だと証明する必要があったの」

 養い親に。恩を返すために。彼らの家が自分の帰る場所であると許されるために。




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