95
翌日、ソウタとユリはマリエさんに会いに行った。予想通り、マリエさんは頭痛に悩まされていた。
「二日酔いにはシナガワハギの香りが良いんだって」
今、拠点にしている農場牧場で薬師に習ったのだというソウタとユリは話し、モルレの朝市で見つけて来てのを持ってきた。昨日、お酒が過ごすのを止めなかった罪滅ぼしだ。仁楊村でもいつも寡黙な旦那さんが、お酒を飲んだら秘密を守れなくなるとこぼしているおかみさんがいたのをふたりは覚えていたのだ。
「教わったときはおじいちゃんに知らせてあげようと思った」
ふたりに同行するケッティは口を挟まず気配をなるべく抑えていた。女性の部屋を訪ねるのだからと言って、ワンダフルさんはいっしょには来ずに情報収集に街へ出ている。アインスもまたディレクさんをクラバットの結び目の上にのっけて情報を集めている。
「ユリのおじいちゃんものんべえなんだ」
マリエさんはシナガワハギに顔を寄せ、幾分か気分がすっきりした様子で笑う。
「うん」
仁楊村の家族のことが思い出され、ちょっぴり寂しくなる。
「帰りたい?」
マリエさんはユリの心を読んだかのようにそっと聞く。とてもデリケートなことに触れるかのように。
「うん。でも、まだ約束が果たせていないから」
への字口に力を入れるユリに、マリエさんはそれ以上、尋ねなかった。
気持ちを切り替えるようにシナガワハギに視線を向ける。
「嬉しいわ。うちの方ではこういったものは好まないようだから」
「そうなの?」
ソウタが意外なことを聞いて目を丸くする。カントさんはどこででもその土地特有の植物を処方しているものだと言っていた。
「ええ。薬師とかとくに錬金術師とか大嫌いみたいなの」
「変わっているのねえ」
ユリは垂れ目で穏やかでとても頼りになるカントさんを思い出してそう言う。
「きっと、追いかけまわされたことがあるのよ」
「借金でもしていたの?」
「どちらかというと、錬金術師の方がしていそうなのにね」
肩をすくめるマリエさんに、ソウタとユリが笑い合う。錬金術師は錬金術を行使すればするほど、素材や器材を賄うのにお金が出て行くばかりなのだというのは、よく聞く話だ。やればやるほど貧乏になる。けれど、黄金と万能薬を追い求めるのだ。
「ぼくたちも村を出るときはずいぶん心配されたけれど、マリエさんもきっと、広い世界を見ておいでと思われていたんだね」
マリエさんがはっと顔をソウタに向ける。
「どうしてそう思うの?」
「だって、二日酔いに効くシナガワハギのような薬草を遠ざけるところだったんでしょう? だったら、マリエさんはそこにいたら、こういうものがあるって分からなかったよ。知識として知っていても、今みたいに香りを嗅いでその効果を実感することはなかった」
「そうね。本で知ることと実際自分が見聞きして感じることとは別だものね」
ケッティはだから、村を出て旅をすることに決めた。カントさんはだから、摘んできた薬草ではなく、自然の中にある薬草を観察する必要があると教えてくれた。
「そう、そうね。外の世界を見てきなさいってそういうことだったのかしら」
「そう言われたの?」
「ええ。単純にとらえていたけれど、一族にいては見聞きすることができないものがあるから、そういうものを経験しておいで、という意味だったのかもしれないわ」
だったら、自分は見放されたのではない。
どこか閉じた世界で外を警戒する風であった。マリエはそこに閉じこもったままでいなくても良いということだったのかもしれない。
とくに、マリエは生粋の者ではない。そう考えたとき、ふとなにかがひっかかった。
「ねえ、マリエさん、ぼくたち、捜している人たちがいるんだ」
ソウタの硬い声音にはっと我に返ったマリエは見た。
猫族の少年が差し出すロケットに、見覚えのある紋章が浮き彫りされている。
「これ、この模様、見たことある?」
ユリも緊張した様子で尋ねる。
ソウタとユリに同行して来たケッティはさすがに平静を保っている。
マリエはソウタたちがなにを探しているのかを悟る。彼らは悪人には見えない。けれど、操られて探すよう誘導されていることも考えられる。でも。
「見たことはないわ。でも、ふたりがこの模様を探しているのなら、わたしも誰か知らないか聞いてみるわ」
「ありがとう。でも、マリエさんも忙しいから、知らないなら良いよ」
ソウタとユリは安堵したような、残念なような感情をないまぜにしつつ、マリエが関わるのを断った。そのことから、彼らが覚悟を持って事に当たっているのだということが分かる。
マリエの心は震えた。
マリエはすぐに動いた。彼らがいつモルレを離れるとも分からない。彼らにヒントが与えられるように、仕向ける。故郷の家族を懐かしみながらも、約束を果たすのだと気丈に振舞っていた猫獣人の子供たちに、少しばかり加担したくなったのだ。
「マリエさんにロケットを見せても良かったのかなあ」
「顔色を取り繕っていたが、気配は変わった」
ケッティがソウタとユリに同行していたのは護衛だけでなく、マリエの様子を観察するためであった。ワンダフルでは警戒されるが、親しみ心を開きかけていたソウタとユリと同じ猫獣人に擬態しているケッティならばまだ気安いだろうと踏んでいた。そして、マリエがロケットを見てどんな反応をするか観察していた。
ワンダフルもケッティも言わなかったが、ソウタとユリの緊張を、マリエが察知することは織り込み済みである。
ワンダフルとケッティ、ディレクはマリエがなにか知っているということは確信していた。ただ、悪人であるかと言えば断言できない。ましてや、シュラクの怪物と結託しているとは到底思えない。
「ソウタとユリは今回の情報収集で大活躍したな」
ワンダフルさんに褒められても、ソウタとユリはしおれている。
マリエさんと仲良くなったのに、だましているような気がして悪いことをしたと思うのだ。
さて、そんな一行も予想し得なかった情報が舞い込んできた。
「へえ、その一族はそんなに結束が固いのか」
ワンダフルさんがひょいと入った酒場でラクーザからやって来たという商人が話すちょっと風変わりな一族というのが気にかかり、話を聞きだしたのだという。
「そうなんだ。どこか閉鎖的というかね。でも、堅実で誠実だ。商い相手としちゃあ、それが一番だ」
容易に一度で巨万の富を得る。誰しもが夢みるものだが、そうそうありはしない出来事だ。
「まあな。だまされるのはもってのほかだが、甘い見通しでやられて代金を回収する前に潰れられちゃあ、たまったもんじゃないからな」
「そうなんだよ」
その一族というのはラクーザに拠点を置いているのだという。
「俺も聞いたことがない場所だけれどね。まあ、外国の有名どころの方が行ったことがあるってなもんだ」
その商人はそう締めくくったのだという。
「ラクーザか」
ディレクさんが唸る。顎先で大声を出そうがアインスは平然としたものだが、さすがに飛び跳ねるときだけは片手を添えてディレク・ハムスターが落っこちないように警戒する。
「情報を集める限りではきな臭い国だが」
ケッティがモノクルの奥の瞳を細める。
「まあ、行ってみよう」
ワンダフルさんは迷ったらとにかく行動する、ある意味冒険者らしい性質をしている。
有力情報を得て、一行はモルレを出発することにした。マリエさんに挨拶に行くと、別れを惜しんでくれたものの、もうすぐステージに出演するというのでそう長く話すことはできなかった。
「元気でね」
「うん。マリエさんも」
「また、歌を聴かせてね」
モルレは大きな街だったから、旅に必要なものを十全にそろえることができた。
フェレット族一家がもたせてくれたショートブレッドはもうなくなっていたし、カントさんの軟膏も大分減っている。それでも、ソウタもユリも新たな手掛かりを得て、元気いっぱいでモルレを旅立った。
「ヒッピィのいる湖の近くへ行く?」
「いや、そうなると大分引き返すことになる。このまま行こう」
ユリの問いにワンダフルさんは首を振る。
「ヒッピィ、ちゃんとリトラへたどり着けるかな」
けれど、彼ら自身が引き返すことになった。
「ユリ、まだ眠いの?」
その日、ユリは起きてこなかった。ソウタもユリも朝に強く、前夜に遅くまで起きていない限り、寝坊することはほとんどない。
先に起きたソウタは寝床から出てこないユリを覗き込んだ。
「ユリ?!」
ユリは顔を真っ赤にして荒い息を繰り返していた。
「ね、ねえ、ユリが! ユリが!」
慌ててソウタは声を上げる。しかし、なんと言えば良いのか分からなかった。それでも、ただならぬ様子を読み取って駆け付ける頼りになる旅の一行に、ソウタは安堵とより強い不安とでいっぱいになっていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
もし少しでも興味を持っていただけましたら、ブクマや☆☆☆☆☆で評価してくださると、うれしいです。




