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「そうか。カタレアはやばそうだな」
集まった店はモルレで最も大きい飲食店であり、様々なショーを見せる娯楽施設でもあった。人気店で大勢の客が詰めかけたが、どうやら冒険者たちが噂を広めてくれたらしく、ワンダフルさんが着いたときにモルレを悩ませていた魔獣を討伐した功労者として席を用意してくれた。
そこでディレクさんとアインスを待ちながら料理を頼み、情報交換をする。
「ラクーザも相当なところにまで追いつめられていそうだ」
「飢饉か?」
ぐいとエールを煽ったワンダフルさんに、ケッティが顔の角度を変えると、モノクルがきらりと店の灯りを反射した。
店内ではあちこちに煌々と灯りが灯され、品の良い内装を照らし出している。中央奥にはステージがあり、客席はそちらへ向けて席を作られている。今はまだなんの演目も始まっておらず、客は飲食を楽しんでいる。そのざわめきに紛れるから、他聞を気にしなくても良い。
「ああ。元々が農業大国だからな。カタレアから輸入するなんらかの素材が手に入らなくて抗議の使者を送りつけたらしい」
「カタレアではそれどころではないのだろう」
定期的に流行る病の兆しが見えているのだ。今度こそは食い止めると国を挙げて取り組んでいることだろう。
「まあな。どこも独自の事情がある」
「ラクーザとカタレアは良好関係を築いていたが、ここにきてそれが崩れ始めたか」
ワンダフルさんの言葉に、それでもケッティが残念そうに言う。国という大きな組織はそれだけに巨大な力を持つ。それらが協力し合えば、大きなことをなし得る。その関係性が破たんすれば、いろんなところに影響が及ぼされるだろう。
「それで、ソウタとユリはなんでしおれているんだ?」
店員が運んできた食事をのろのろと食べるふたりに、ワンダフルさんが空にした杯をテーブルに置いて小首を傾げる。
「ああ、追いつめられたカタレアが例の一族に目を向けるのではないかと心配しているんだ」
「そりゃあ、今ここで考えても仕方がないことだな」
ケッティに答えたのはワンダフルさんではなく、遅れてやってきたディレクさんだ。もちろん、アインスのクラバットの結び目の上という定位置から発言している。
無事、一同が集まり、着席する。
ディレクさんがアインスに言う。
「アインス、みんなに海の幸を味わってもらえ」
『かしこまりました』
アインスが店員を呼び止めて注文し終わると、ディレクさんが言う。
「このモルレには遠方からもいろんな物品が運び込まれるんだ」
「それが海の幸?」
「そうだ」
どんな料理だろうとソウタとユリの気持ちがそちらに向く。その様子に、ワンダフルさんもケッティも安堵する。
「そら来た。海の幸の盛り合わせだ」
給仕が運んできた料理はかすかな湯気とともに得も言われぬ香りを立ち上らせている。
「貝やエビだな」
ワンダフルさんは海の幸と聞いてエールのお代わりをちゃっかり注文していた。
「この貝は身が柔らかくとろけるようだ。こっちの貝は身が引き締まっている。小エビは旨みが詰まっていてほんのり甘い」
『マスターも生前はここの料理をよく好んで召し上がっていました』
ディレクさんが言った通り、素晴らしい味わいだった。
「エールが合う!」
「ヨードとナッツの香りがする」
ワンダフルさんが酒と料理を交互に飲み食いし、ケッティが味わいながら目を細める。ワンダフルさんとケッティはソウタとユリのことを心配しつつも、過剰に構おうとはしない。
ソウタとユリもまた、ディレクさんお勧めの料理に口をつける。
「わたし、貝って初めて食べる」
「ぼくも」
「「おいしーい」」
ユリとソウタはひと口食べてぱっと顔を輝かせ、顔を見あわせて異口同音に歓声を上げる。
「いっぱい食べな」
「うん、ありがとう、ディレクさん」
「ディレクさんって、子供好きだよね」
ソウタがディレクさんの励ましと気遣いに感謝し、ユリが農場牧場でのことが思い出されてそう言う。
「そうかあ? そんなこと初めて言われたが、まあ、ソウタやユリ、フェレット族兄弟は可愛いもんだからな」
ディレクさんの言う「フェレット族兄弟」にはアーミィも含まれているのだろう。
ふいに店内の照明が落ちた。ステージが浮き上がる。そこだけ照明が残されているのだ。
音楽が流れて来る。待ってましたとばかりにあちこちから拍手が起きる。まだステージに誰も出てきてもないうちから、そうなのだから、きっと常連客でこれから始まることがすでに分かっているのだろう。
歌声と共に、舞台袖から誰かがゆっくりと歩いて来る。拍手は一瞬間、爆発的に大きくなり、すぐにぴたりと止む。しんと静まった空間にうつくしい声と楽器の音が響く。
姿を現したのは少女とも言える女性でゆるゆると散歩でもするような足どりでステージの中央へ向かう。
茶色い長い真っすぐな髪、青い瞳、白い肌、真っ赤な大きな唇。優しい髪色、眉の色合いに鮮やかな目と唇が対照的である。
「あ、あの花飾り、アンゼリカだね」
ソウタが歌姫の髪に挿した花飾りに目をつける。
最近、フェムといっしょにトムさんやカントさんの手伝いをするソウタとユリは、植物に詳しくなった。
「ええと、確か、アンゼリカの花はインスピレーションを与えると言われているんだって」
そして、勇気をも授ける。
「勇気?」
「やっぱり、何度立っても舞台というのは怖気づくものなのよ」
エールの杯を片前足に持つワンダフルさんが小首を傾げるのに、ユリが分かった風な口を利く。
「そうだな。変に慣れない方が観客も喜びが大きいだろう」
ケッティがそんなふうに擁護するものだから、ユリはますます「にゃふふふん」という得意顔をしてみせる。
歌姫の歌声は圧巻だった。
ソウタたち一行もしばし口をつぐみ、聞き入った。
ぱっと店内に一斉に灯りが灯されたとき、夢から醒めたかのような心地になる。
「わあ、すごかったね!」
「わたし、ずっとじっとしちゃってた!」
「おお、俺もだ。エールがぬるくなっちまってら」
「我を忘れるとはこのことだな」
「俺も———」
「マスター」
みなが口々に言うのにディレクさんも続こうとしたとき、静かに低い声でアインスが止める。
「ありがとう。気に入って下さったようで、なによりだわ」
つい今しがたまで耳にうっとりと響いていた声が、すぐ間近に聞こえてきた。




