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 ソウタとユリはすっかり寝坊してしまったらしく、慌てて起き上がると湖の水で顔を洗った。

 食餌の用意は出来上がっており、みなに謝ると、笑って受け入れてくれた。

「まあ、気持ちは分かる」

「空を歩くカバ族というのはとても珍しいのではないか?」

 ソウタとユリにスープやパンを渡してくれながらワンダフルさんとケッティが言い合う。


「いや、絶対珍しいぞ。俺は聞いたことがない。お前は?」

『わたくしも寡聞かぶんにして存じ上げません』

「あー、ここにドライがいてくれたらなあ」

 問われたアインスの返答を聞いて、ディレクさんがその場をちょろちょろと駆けまわる。


 口々に褒められて、ヒッピィは嬉しそうに鼻を鳴らす。

「もっと訓練すれば、フリーの運搬業を営めるのではないか?」

 ケッティの言にみながはっとなって食事の手を止める。


「そうだよ。湖や川を渡るのだって、背に乗せた者や商品が濡れないというのは強みだよ」

「ね、ね! だって、ヒッピィの一族はワイバーン運送業者がいるからこの辺に移動してきたんでしょう? だったら、空を移動する運搬業者というのを前面に押し出したら、うまくいくんじゃない?」

「そ、そうかしら」

 ソウタとユリが言うのに、嬉しそうにする。今までやさしい言葉や称賛を受けたことがなかったので、頑張ってみようかなと思うヒッピィである。しかし、一族のためにこの能力を使いたくはない。

 おずおずとそう言えば、みなは一様に頷いた。


「そりゃあ、今までミソッカス扱いしていきたんだから、はいそうですか、とはいかないよな」

「しかし、こういうのは営業力が物を言う。こう言っちゃあなんだが、ヒッピィはそういうのは苦手だろう」

 ディレクさんの言葉を受けてワンダフルさんが言うのに、一同は沈黙する。みながみな、納得するところがあるからだ。冒険者稼業を長年務めるワンダフルさんならばこその言だ。


「ヒッピィはとても良い性質をしていると思うけれど、でも、確かにそうだよね」

「向き不向きがあるものね」

「どの業種も縄張り争いがあるからなあ」

「そうだな。新規参入というのはとかく交渉術が必要だ」

 ソウタとユリが言えば、ディレクさんもケッティも各々の見解を述べる。


「あ、じゃあ、ニャントロフさんに相談してみるのは?」

「それと、ベルナンドさんは?」

 丸抱えで頼るのではなく、なにか良い案がないかと相談してみるくらいなら良かろうとソウタとユリが言うのに、ワンダフルさんが頷いた。


 さて、話がひと段落ついたところで、気が付けばヒッピィが鼻をぐすぐす言わせていた。

「ど、どうしたのヒッピィ」

「勝手に話を進めていたから?」

「ち、違うの。わたしのためにあれこれ考えてくれているのが嬉しくて」

 嬉しくて涙ぐんでいたのだと知って、ソウタとユリは胸をなでおろす。


「わたし、頑張ってもっとスムーズに空の移動ができるようになるわね!」

 意欲満々で宣言する。元気を取り戻したヒッピィに、ワンダフルさんが言う。

「俺たちは目的があってな。メサニアに行ってその後は成り行き任せなんだ」

「じゃあ、こうしたらどうだろう?」


 ケッティが提案した通り、しばらくヒッピィはこの付近で空の移動や魔力の取り込みを特訓し、ソウタたち一行が戻って来ないようなら、シュラクのリトラを目指すことになった。

 一行が今から行く先になにがあるか分からない。目途をたててからヒッピィと改めて合流にした方が良いだろうと結論付けた。


 ケッティはヒッピィにリトラ周辺の様子を詳細に語り、空だけでなく地上から向かった際のところどころの目印を話した。ヒッピィはいっしょうけんめいそれらを覚えた。

 ソウタとユリが途中までの路銀を貸し出そうとしたら、ヒッピィが断りすったもんだしたものの、結局、そこにワンダフルさんとケッティが差し出した金銭も加わった。


「あ、あら、増えたわ。どうして? でも、必ず返すわね」

「うん。でも、必要に応じて使ってね」

「そうよ。お腹が空いたらちゃんと食べ物を買って食べてね」

 獣人族の中でも大きい部類のカバ族が猫族の子供ふたりに言い含められているのを、ディレクさんが「ヒッピィはよう、気の好いやつすぎて、騙されないか心配になっちまうな」とぼやいた。


 ヒッピィは遠慮したものの、食事を勧めればいくらでも平らげた。途中でどんどん肉を追加した。いっぱい集めてきた野草もなくなった。

「お腹いっぱいになるまで食べたのなんて、初めて。しかも、こんなに美味しいものがあるのね」

 ヒッピィが幸福そうにするものだから、誰も肉があらかたなくなったことを惜しいとは思わなかった。




 足に塗る軟膏を大分減らしたころ、ようやっとメサニアにたどり着いた。しばらく進むと、モルレという大きな街が見えてきた。

 うつくしい建物が林立している。繊細な彫刻や装飾が無数に施されており、それを厳かで壮麗だと捉えるか、過剰だとそら恐ろしくなるかは、受け取り側によって異なるのだろう。


 モルレには外国から訪れる者や輸入品がたくさん集まって来る。にぎやかで活気がある。通りを歩くと、時折歌姫の噂が聞こえてくる。

「そう言えば、他でもメサニアの歌姫がどうとか言っていたなあ」

「おばあちゃんの手紙を燃やした女の人もなんだかんだ言っていたわよね」


 周囲をきょろきょろ見渡しながら歩くソウタとユリをケッティが気を配る。ワンダフルさんは当面の宿を探している。ディレクさんはモルレに入る前から通行者が多くなったため、ふつうのゼンマイ式ハムスターの振りをして大人しくしている。となれば、アインスは一見、クラバットにおもちゃを置く珍妙な人族ということになるのだが、本人はまったく気にしていない。マスターが最優先であり、自分の姿が奇異に映るなど些末なことなのである。


 ワンダフルさんは手ごろな宿よりもまず冒険者ギルドを見つけて、そちらに立ち寄ることにした。

 ソウタとユリ、そしてケッティは物珍しくて入り口付近の他者に邪魔にならない辺りでひと塊になってあちこち眺めている。

 ワンダフルさんは足を踏み入れてまず、依頼がずらりと張り出されたボードをすぐに見つけ、そちらへ近寄る。


「お、あったあった。これと、これもだな」

 ひょいひょいといくつか取ると受付と書かれたカウンターに持って行く。周辺諸国の言語は共通語で、多少表現やイントネーションが違うが大体通じる。

「ここに来る途中にこの依頼の討伐を片付けたんだと思うんだがな」

 言って、依頼書といっしょにモルレに来る前に倒した魔獣の部位を袋から取り出す。


「えっ?! ちょ、ちょっとお待ちを!」

 血相を変えていったん引っ込んだ受付の職員はすぐにほかのものを連れて戻って来た。

「こ、これは確かに四本角鹿の角と六本足猪のひづめ!」

 カウンターにごろごろと出された角も蹄も大きく、それだけに魔獣自体の巨体ぶりの想像がつく。ギルドの職員は寄せ集めの角や蹄ではなく、一個体のそれだと目利きした。


「ありがとうございます! こんな凶悪な魔獣を放置していては、流通に差し障るところだったのです」

 受付の職員がワンダフルさんの片前足を両手で握って喜色満面に言うのに、ギルド内にいた冒険者たちがどよめいた。





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