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「ラクーザでは翼竜運搬業者が流通の覇権を握っているから、わたしたち一族はメサニアで運搬業者をしようとこの辺りに流れ着いたの」

 カバやサイ、ゾウといった巨大型の獣人族は二足歩行はせず四本足で歩く。だからこそ、その背中に他者や物を載せることができる。それを活かして運搬業をすることになったのだという。

「カバ族は陸も水も通れるから」


 でも、ヒッピィは泳ぐのも下手だし、走るのも遅いのだという。

「のたくた歩くだけか!ってしょっちゅう怒鳴られているの」

 それで、とうとう一族を追い出されてしまったのだという。無駄飯食らいと言われ、最後の方はほとんど食事をもらえなかったのだという。


 ヒッピィの境遇を聞いてなんだか居ても立っても居られなくなって、なにか自分たちにできることはないかと思ったソウタとユリは毒草を教えた。トムさんやカントさん、ルジェクさんに教わったことだ。

「そうなのね。助かるわ。ソウタ君とユリちゃんはいろんな者に教わっているのね。わかるわ。こんなに可愛いのですもの」

 ヒッピィはにこにこと聞き、嬉しそうに言った。自分の哀しい境遇を憐れむのではなく、ましてやソウタやユリの恵まれた環境をねたむのはなく、ふたりが優しい者たちに囲まれていることを喜んでいるふうだった。すごい者だな、とふたりは思う。こんなふうに思えるなんてなかなかできないことだ。


 ユリはヒッピィに何かあった時のためにとアイテム玉をあげた。

「なにかって?」

「なにかの役に立つかもしれないでしょう?」

「ユリはさあ、」

「なによ」

 ソウタとユリのやり取りを、ヒッピィが好まし気に眺める。

「こういう誰かと誰かが楽しくやり取りしているのを見られるなんて、幸せだわ」

 そんなことで幸せを感じるのだ。そこには自分は加わらないのか。けれど、ソウタもユリも少し分かる気がした。たとえば、仁楊にゃん村だ。あののどかな景色を眺めているだけで安心する。たとえば、トムさんの農場牧場だ。あそこで営まれている穏やかで和やかな暮らしに癒される。そうであってほしいと、いつまでも続いてほしいと願う。


 ヒッピィにそう言うと、ことの外喜んだ。

「ソウタ君もユリちゃんもこういうことを言ってもまた変なことを言うとか、ちっぽけだなって馬鹿にしたりなんかしないでくれる。それだけじゃなくて、共感してくれる。とても嬉しいわ」


 そうしてヒッピィは自分の秘密を教えてくれた。

「わたしはね、陸も水も移動するのが速くはないけれど、ちょっぴり浮くことができるのよ」

「「え?!」」

 驚くふたりに、見せてくれた。


「んんん!」

 ヒッピィが踏ん張ると、カバ族の短く太い四肢が地面から少し離れる。

「浮いた!」

「本当だ!」

 ソウタとユリは興奮しきりである。ふたりの声を聞きつけてケッティが近寄ってくる。

「ああ、これは魔力で浮いているんだな」

「そうなの?」

 驚いたことに、首をかしげたのはソウタとユリだけではなくヒッピィもだ。

「知らずにやっていたの?」

「う、うん。力を籠めたらできたのよ」

「最初は案外、そういうものだよ。呼吸をするのに意識はしないけれど、そうしてみれば、体勢が整うだろう?」

 三人はケッティの言葉にうなずいた。


「体内の魔力の流れを意識するんだ。ヒッピィ、君の魔力を感知しても?」

 ヒッピィはモノクルをした理知的なケット・シーに静かに見つめられ、がくがくと頷いた。

 後でユリとヒッピィが話し合ったものである。

「分かるわ。ケッティに静かに見られて語り掛けられたら、なんだか、自分の内面と向き合っているかのような気持ちになるのよね」

「そう! そうなの!」


「ああ、総魔力量が多いな。まずは、身体の中心を意識してみて。そう」

 そんなふうにヒッピィにアドバイスするのは、ディレクさんと同じ要領だった。

 そうして初めて自身の魔力について意識を向け、他者から魔力操作というものを教わったヒッピィは結果的に、地面からほんのちょっと離れるくらいだったのが、ソウタとユリの眼前に足先が位置するほどに浮くことができるようになった。


「すごい! すごいよ、ヒッピィ!」

「本当だね! すごいよ!」

 目を輝かせて両前足を打ち付けるソウタとユリに、ヒッピィは面映ゆそうな顔をする。

 そうして、ケッティがディレクに魔力操作を教えるのを、ヒッピィはいっしょうけんめいに聞き覚えようとした。自分もやってみようとしたら、ケッティはいっしょに教えてくれた。

「誰かといっしょに誰かに教わるのってこんなに楽しいのね」

 とんちんかんなことを言っても、馬鹿にされない安心感がある。


「飯ができたぞ」

「はーい」

「ヒッピィ、ごはんだって」

「え、わたしまで良いの?」

「うん。ヒッピィは食べられないものはある?」

「なんでも食べるわ」

 好き嫌いなどしていられなかった。口に入るのならばなんでもよかった。腹の底がひりつき、ひどいときには気分が悪くなるようなひもじさはいつだってみじめな気持ちにさせる。


「良い匂いね」

「ね! 熱いから気をつけてね」

「お代わりもたっぷりあるからな」

 ワンダフルさんはこうなることを見越していつもよりたくさん作っていた。


 大鍋にくつくつと具だくさんのスープが火にかかっている。トムさんやカントさんに教わってみなが食べられる野草に詳しくなっている上、途中で倒した魔獣の肉をケッティが冷凍保存しているものだから、野菜も肉もふんだんに使っている。

 トムさんが持たせてくれた【爽やかなカキドオシ】の粉が活躍している。臭み抜きに良いのだ。

「そうね。とっても爽やかな香りがしたもの」

【爽やかなカキドオシ】の粉をかけられたヒッピィは目がしぱしぱしたと大らかに笑う。


「こうして、硬いパンをスープに浸してふやかすと食べやすいんだよ」

 ソウタやユリがパンをちぎって椀の中に放り込む。ヒッピィにとってはパンなど岩のように堅かろうが、端っこがカビていようがご馳走だ。ふだんなら嬉々としてバリバリかみ砕く。けれど、せっかく教えてくれたのだからと真似してみる。


 四つん這いで過ごす巨大型獣人も、両前足はそれなりに器用に動き、座ればなにかを掴んだりちぎったりすることができる。もちろん、そのまえに入念に清める必要があるのだが、それはソウタとユリが手伝ってくれた。

「本当ね。美味しいわ」

 喉を通って腹の方に温かい食事が流れ込んでいくのを実感しながらヒッピィがそういうと、ソウタとユリが嬉しそうに頬を緩めた。いっしょに美味しいものを楽しむ、ということを好む者たちなのだ。それがとても素晴らしいものに思えた。


「ヒッピィはもっと高く浮けそうだな」

 食事をしながら和やかに話す中、ふいにケッティがそんなふうに言った。

「じゃあ、ヒッピィは空を飛べるようになる?」

 ユリが口をつけようとしていた椀を下げて真剣な表情でケッティに問う。

「でも、わたし、浮くだけしかできなくて、」

 あまり期待させては、とヒッピィが口を挟み、ケッティが頷く。こんなとき、ケッティは気休めに希望的観測を言ったりはしない。

「そうだな。浮くことと前へ進むことは違う」

 分かっていても、ヒッピィもユリもちょっぴりがっかりした。


 そこで、ソウタはプロペラ飛行機のことを思い出す。プロペラ飛行機は空気中を移動するときに発生する流れに働く力を上手く利用するためのフォルムになっている。対して、ヒッピィはそれをことごとく反発する姿形をしている。

 ソウタはそれらのことをなるべくヒッピィを傷つけないように話す。

「そうなのね。やはり、わたしでは難しそうね」

「いや、そうでもない。ヒッピィは魔力が豊富だから、その「揚力」に対して魔力の操作方法を作用させれば、あるいは、」

 ケッティが考え込み始めた。


「面白いな。俺にもできないかな」

『マスターがされるのであれば、わたくしも』

 ディレクさんが興味を持ち、アインスはそんな彼に空中であってもついて行こうとした。

 ちなみに、ヒッピィにはディレクさんとアインスのことを簡単に説明している。ケッティから魔力操作をいっしょに教わる都合上、話したのだ。ヒッピィが他者をだませなさそうだというのもあるが、ごく偶然の出会いだったからだ。


「あー、俺、頭がこんがらがりそうだよ」

「わたしも」

 ケッティとソウタがあれこれ言い合う理論に、早々にワンダフルさんとユリが白旗を揚げる。


「浮いている際、魔力操作で周辺の空気に干渉を及ぼすのだ」

「そのとき、角度をつけることで、浮き上がる力が発生するんだよ」

「つまり、飛行機の羽によって、空気の流れが下向きに曲げられるということなのね」

「うん。あ、羽じゃなくて翼ね」

 言って、ソウタは葉を拾ってきて、こういう風に、と角度を示してみせる。

「この翼と同じように魔力を調整すれば、空気の流れが変わって、それで高度を保つことができるかもしれない」

「まあ、分からなくとも、実際にやってみたら、なんとなくこういうことかと実感するだろう」

 ケッティがそういうと、ずっと小さな目を白黒させていたヒッピィが流されるように頷いた。

「う、うん。そうね」

「ヒッピィ、気が進まないなら早いうちにそう言わないと、どんどん話が先に行っちまうぞ」

 ワンダフルさんが言うのに、ヒッピィはまったく嫌ではないのだと答える。


 食事後、片付けもそこそこに、三人はさっそく試す。ワンダフルさんとユリは自分たちは分からないからと率先して片付け、アインスがそれを手伝う。ディレクさんは興味深そうに三人を眺めている。

『ここにドライやアハトがいたら、いっしょに加わって楽しくやっていたでしょうね』

「はやくみんなでいっしょに過ごせるようになると良いね」

「まあ、そう焦るな。揃った後ならいつでもそうできるさ」

 珍しく自ら言い出したアインスの腕にユリが片前足をかけ慰め、ワンダフルさんがふたりの背中をぽんと叩く。


 さて、ヒッピィと言えば、なかなか、空気の流れをつかむことができないでいた。

「わ、分からない。分からないわ」

「いや、しかし、魔力は周辺の大気への干渉には成功している」

「じゃあ、あとはヒッピィの気持ち次第か。じゃあね、ヒッピィ、足を動かしてみて」

 中空に浮きながら戸惑うヒッピィにケッティが言い、ソウタが両前脚を組む。


「え? どうやればいいの?」

「ええとね、そうだ、地面の上と同じように足を動かすんだよ。歩いているように。まずはゆっくりね」

「う、うん。こう?」

 ヒッピィはぎこちなく足を動かす。とたんにがくんと高度が下がり、慌てて魔力操作にも気を回す。徐々に同じ高度を保ちつつ、四肢は動き、そうすると前進し始めた。

「動いた! 動いているわ、わたし!」

「すごいよ、ヒッピィ! 空の中を動いているよ!」

「そうだな。総魔力量的にもこの分だったら十分に空を移動することができるだろう」

 ケッティは念のため、周囲から魔力を取り込む方法も教え、ヒッピィはまたディレクさんといっしょになってやっていた。


「まだ、地上のように速くはないけれど、」

「そんなことないよ!」

「そうよ。練習したらすぐに同じくらい速く動けるわ」

 そんなふうに話し合っていると、興奮をしてなお、あふっと大あくびが飛び出す。

 そろそろ夜も更けたからと、寝床に追いやられる。


 空に浮き、前進することができる者が誕生した瞬間に立ち会ったことに高揚して眠ることができない、と思っていたのに、気づけば眠っていて、目を開けばいつの間にか朝になっていた。






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