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旅では荷物を極力減らすことが重要だ。
「翼竜運搬業者だったら、たくさんの物を持ち運びできるね」
「商隊じゃないんだから、わたしたちには縁がないものだけれどね」
冷静にそう返すユリに、ソウタはそんなの分かっている、とへの字口に力を入れる。女の子は現実的だ。ソウタからしてみれば、プロペラ飛行機と同じくロマンを感じるのだ。しかし、ケッティはより現実的だった。
「商隊でも身の回りの品は少ないだろう。荷のほとんどは売り物だ」
「潤沢な物品を持ち歩くなんて、王侯貴族くらいじゃないか?」
ワンダフルさんがそう言う。
「王さまや貴族かあ」
「わたしたちには縁遠い者たちだよね。ワンダフルさんは冒険者として会ったことがある?」
「いや、俺なんざ、とてもとても」
ソウタのつぶやきを拾ったユリが尋ねると、ワンダフルさんが苦笑する。
ソウタとユリは遅まきながらディレクさんが権力者にゴーレムを奪われたという話を思い出し、話題を変えることにした。
「ねえ、ケッティ、メサニアではどんなベリーが食べられるの?」
「そうだな。フラランワーズというのがあるらしい」
ソウタが聞けば、ケッティはさらりと即答する。
「フラランワーズ? どんなベリー?」
ユリは話題を逸らすことを忘れて話に聞き入る。ソウタも興味深々で、ケッティは早々に種明かしすることにした。
「ランランベリーと同じだ。シュラクとその周辺ではランランベリーと言うのが、メサニアではフラランワーズというんだ」
ソウタとユリはケッティにからかわれたという発想をせず、素直に感心する。
「へえ! 国によって名前が違うんだね」
「ランランベリーがフラランワーズかあ」
自分の披露した知識に興味を持つふたりに、ケッティは続ける。
「ああ。ただ、メサニアでもシュラクに隣接する地域ではランランベリーの方が通じることもあるそうだ」
「「面白いね!」」
ソウタとユリが顔を見合わせる。そんなふたりに、ディレクさんがなんでトムのとこの子供たちはベリーが好きなんだ、とおかしそうに言う。その通り、フェレット族兄弟も好んで集める。
「ほかにはどんなものがあるの?」
ユリが小首を傾げて見上げる。ワンダフルさんほどの差はないが、ケッティの方が身長が高い。モノクルのケット・シーはやはりするりと答える。
「そうだな。例えば、先だって泊まった街にあった木組みのうつくしい建物だ。ティンバーフレミングと言う地方があれば、コロンバージュと呼ぶ場所もある」
「俺は違うやつを聞いたことがあるぞ。ハッハなんとかハウスとか言ったな」
ディレクさんが言うのに、アインスが穏やかに微笑んで訂正する。
『ファッハヴェルクハウス、ですね』
「ああ、確かにそう称する地域もあるな」
ディレクさんとアインスに、ケッティが頷く。ワンダフルさんが木組みの家で通じるからそれでいいじゃないかとこっそりつぶやく。
ワンダフルさんは細かいことは気にせずにいっしょくた、ディレクさんは記憶はしているけれど、取り立てて関心はなく、アインスはきちんと覚えており、ケッティはものすごく知識を蓄えている。みなの違いが如実に表れている。そして、ソウタとユリは教わることが目新しくて面白がる。
「へえ! そうなんだ。ディレクさんもあちこち旅したんだね」
「ケッティはケット・シーの村から出たばかりなのに詳しいねえ」
何気なく問うたところ、するすると出て来るのに、ソウタとユリが感心する。
「ケッティだったらガイドブックを書けるね」
「うん。ケッティが書いたガイドブックがあったら、とっても勉強になりそう!」
「そりゃあ、ずいぶん分厚いガイドブックになりそうだな」
ソウタとユリが目を輝かせると、ワンダフルさんがまぜっかえす。
「確かに。携帯するガイドブックならば、持ち運びに便利なことが重要だな」
ケッティは気を悪くしたふうではなく、達眼を発揮する。
「じゃあさ、どこかに置いておいて、これから行こうとする地域のことを調べるときに読んだら良いんだよ」
「そうね。ええと、本の家、図書……家?」
「図書館か?」
ソウタの提案に同意するユリのあやふやな言葉をケッティが読み取る。
「そうそう、それ」
ユリが我が意を得たりと両前足を握りしめる。
「市庁舎などでもよいだろうな」
からかったワンダフルさんもあながち冗談ではなさそうに検討する。
「ケッティはあれだな。ドライと気が合いそうだ」
『会話するごとに、相互に飛躍的に知識を増やしそうですね』
ディレクさんとアインスの会話からして、とても賢い者がいるようだ。
「ディレクさんのゴーレムもいろんな性質をしているんだね」
「ああ。賑やかだぞ」
ソウタの言葉にディレクさんがにやりと笑う。
「フィーアとフュンフだけでも元気いっぱいなのに、全員揃ったら大変ね」
ユリの言葉にディレクさんがクラバットの結び目の上にいるにもかかわらず跳び跳ねようとして、アインスの手によって押し留められる。
「特に俺がな。あいつら、マスターを敬うことを知らないからな」
ソウタとユリはフィーアとフュンフがディレクさんに言いたい放題だったのを思い出す。アインスですら、再会当初は辛口だった。
「なんでか、ソウタやユリ、それにあのトムの農場牧場の連中といると、あいつらといっしょにいるような感覚になる。懐かしいよ」
『マスター』
しみじみした声音になったディレクさんに、アインスが呼びかけるも、続く言葉が見当たらない様子だ。
「大丈夫だよ。ケット・シーたちも探してくれているからね」
「そうだよ。<ルーレットポーション>をすごく気に入っていたから、本気になってやっているよ」
ソウタとユリがそう言って励ますと、ケッティも同意する。
「こうなってみれば、ユリがこのタイミングで<ルーレットポーション>なんていうケット・シーを虜にするポーションを作ったのは素晴らしいな」
「ユリもソウタもますますケット・シーに気に入られたなあ」
ワンダフルさんがしみじみ言うのに、ディレクさんが感心とも呆れともつかない様子になる。
「あのケット・シーたちを手玉に取っているんだからとんでもないことだな」
『マスター、人聞きが悪いですよ。手綱を取っているとおっしゃってください』
アインスはそう諫めた後、ソウタとユリに一礼する。胸元に手を軽く添え、優雅な仕草だ。
『ソウタさまとユリさまがご協力してくださり、まことに重畳でございます。ケット・シーの捜索など、妖精の国の王と女王でなければなし得ないことにございます』
「そうだな。しかも、いやいや探すなら成果ははかばかしくはないだろうが、至極真剣に探索に当たるだろう」
ほかでもないケット・シーであるケッティが言うのだからまず間違いはない。
「俺ぁ、お前さんたちと会えて幸運だったな。状況が激変した。一気に事が動き出した。ケッティにも魔力操作を教わっているしな」
『まことに。みなさまには返しきれない恩を頂戴しました』
しみじみ言うディレクさんに、アインスも力強く同意する。
「ううん。アインスたちはいろいろ手伝ってくれるもの」
「農場牧場でもそうだったけれど、いっしょに旅しても、とても助かるよね」
ソウタとユリの言葉にワンダフルさんもケッティも頷く。
ワンダフルさんは「ディレクはアーミィによほど気に入られたんだな」と言い、ケッティに、「ソウタとユリと出会う方が先だろう」と突っ込まれていた。
アインスが言っていたが、ディレクさんは妖精の至宝から幸運をもらおうとはせず、その自由を奪うことに異論を呈していたくらいだ。そういう者こそ、幸運を得やすいのかもしれない。単にアーミィはディレクさんが憑いたゼンマイ式ハムスターがひとりでに動くことを気に入ったというのもあるが。
ディレクさんもアインスも周辺諸国を旅したせいかいろんなことに詳しい。アインスはその細身から想像もつかないほどの力を発揮することもある。そのアインスが先程水に浸かったりしたことから、ソウタはため息をつく。
「ぼくもツヴェルクさんほどじゃなくても、ちょっとしたアインスの不調を治せたら良いんだけれど」
「おお、じゃあ、ツヴェルクから教わってみろよ。畑に使う散水機もやつが作るのを見て覚えたんだろう? 魔道具いじりの勉強にもなるだろう」
ドワーフの中でも最高峰に位置するだろう技術を持つツヴェルクさんであるのに、ディレクさんは軽々しく言うものだから、ソウタは慌てる。
ともあれ、そんなふうに話しながら一行はメサニアへ進んだ。




