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 リトラを出て、一行は順調に進んだ。

 アインスは旅慣れていて、ディレクさんだけでなくソウタとユリにもあれこれ気を使ってくれる。


 ごくまれに、獣人族のなかに人族がひとり混じっているのをからかってくる者もいる。ケッティがしきりに気にしたが、ソウタとユリは「そういうものなのだなあ」程度に受け止めていた。


「この先は大河とその支流に囲まれた地域だ。肥沃な土地を森が覆い、動物が多く生息する。そのため狩猟が盛んだな」

 水鳥などの煮込み料理が美味しい地方なのだとケッティが教えてくれる。

「煮込み料理かあ」

「美味しそうだね」

 ソウタとユリは見るもの珍しく、足の痛みを忘れて歩いた。


 旅は延々と同じ景色が続くこともあれば、ため息がでるようなうつくしい光景に出くわすこともある。

 道の両脇に立つ木々の梢がちょうど真ん中に向かって差し伸べられてトンネルを作っている。紫色の花々が朝日に照らされる。影が花を青く見せる。

 ソウタが片前足を上げて、青みがかった紫の花の塊を指し示す。

「あそこの花の色、ユリの瞳の色と似ているね」

「そう?」

 そっけないほどの短い返答にはだが、隠しきれない嬉しさや照れくささがあったから、ソウタは鼻白むことはなかった。


「きれいなもんだな」

「ああ。昼間もきっときれいだろうが、今時分の朝日が色合いを変える光景もうつくしいな」

 ワンダフルさんがトンネルを見渡しながら言うと、ケッティもしみじみと頷く。


「だろう? 一見の価値はあるよな!」

 ディレクさんが少しばかり街道から逸れるけれど、見せたい風景があると行ったのだ。

「慌ててみても、ズィーベンが連れていかれて二年も経っているんだからな。気長にやるさ」

 なんでもかんでも時間短縮することを考えず、ときには横道に足を踏み入れてみるくらいの気構えでいるというディレクさんである。

『マスター、』

 アインスがクラバットに鎮座するディレクさんを気遣う。


 風変わりな街にたどり着いたこともある。

 街の中を街道が突っ切っている。

「というより、街道に街ができたんだ。ほら、道の両脇に宿が並んでいるだろう?」

 同じ絵が描かれた看板がずらりと連なっている。

「本当だ」

「おもしろーい!」


 いろんな者との出会いもあった。

 旅の途中で行きあったおじさんは学生なのだという。

「大人になってだいぶ経つけど、まだ学生さんなの?」

 仁楊にゃん村では成獣前の子供だけが学校に通っていた。

「そうだよ。学問とはどれだけ優れた師らに学ぶかにかかっているんだ」

 優れた師を求めて旅をしているというおじさんは、人生はいつまでも学ぶものであるという。


「ケッティみたいだなあ」

 ケッティは広い世界を見てみたいと思ってケット・シーの村を出た。彼はきっとずっと学び続けるだろう。


「おじさんの先生たちは本を書いてくれないのね」

「書いているさ! でも、本の中だけでは収まりきらないものがたっくさんあるのさ」

 おじさんはやはりケッティと同じようなことを言っている。ケッティもそう思ったのか居心地悪そうに身じろぎする。


「そっか。じゃあ、おじさんも旅する方じゃなくて、訪ねられる方になることを目指すんだね」

 おじさん学生ははっと息を呑んだ。そうだ。自分はいずれ、師と仰がれる方になる。旅が目的ではない。自分の学問を成すための手段だ。目的と手段を取り違えていなかったか。優れた師に学ぶことで満足していなかったか。


 一方、自覚せずおじさん学生を啓蒙させるにいたったソウタとユリは、おじさんに面白いものが見られると教わった河の方へ向かってみたいとみなに言った。

「ああ、メサニアに行くにはまったく別方向というのでもないから、そのルートから行くか」

 ワンダフルさんはメサニアにも何度か行ったことがあるらしい。それでも、ベルナンドさんが持たせてくれたシュラク以東について書かれたガイドブックを時折広げていた。ケッティはやはりすでに内容は頭に入っているらしい。アインスは周辺諸国について詳しいという。

 おじさんが教えてくれたことにも見当がついているようだが、ソウタとユリが楽しみにしているので、黙っていた。

「言うなよ」

『心得ています』

 心なしか、ディレクさんも楽し気だった。




 河をいかだで下る。岩が顔を出している。ワンダフルさんが両前足で握った棒でついて避ける。

 それだけでも珍しい経験だった。しかし、それ以上のことがあった。


「おお、来たか。空を見て見ろ」

 ディレクさんが前半はひとり言で、後半はみなに向けて言う。


 なにかが羽ばたく音がする。音量からして、相当大きい。

 ソウタとユリが上を見上げると、空を翼竜が飛んでいる。

「ド、ドラゴン!」

「あれがドラゴン?!」

「いや、あれは翼竜だ」

 上ずったソウタとユリに、ケッティもまた興奮を隠しきれない様子で答える。


「え、竜ってことはドラゴンじゃないの?」

「場所によっては竜とかドラゴンとか言うんだ。ドラゴンの中にもいろんな種類がいて、今上空を飛んでいるのは翼竜って言うんだが。翼竜はドラゴンの中でも戦闘力が低い。だから、まあ、人が扱えるギリギリの範疇内ってことだな」

 ソウタの疑問に応えたのはディレクさんだ。それをいっしょに聞いていたユリが閃いた。

「あ、もしかして、ディレクさんとアインスは知っていた?」

「そう。ワンダフルもここいらで翼竜を使った運搬業者があるって知っていたな?」

 ディレクさんの声が笑いまじりになる。

「まあな」

 ソウタとユリ、ケッティを驚かせようと黙っていたのだ。その目論見は当たり、三人はぽかんと口を開けて空を見上げ続けた。

 しかし、少し気を取られ過ぎた。


「しまった!」

 ワンダフルさんの声がしたかと思うと、加速度的に筏が進んでいく。

「え、」

「わわ!」

「滝だ!」

 ソウタとユリが戸惑い、ケッティが行く手に向けて、目を大きく見開く。

「いかん、落ちる!」

 ワンダフルさんがそう言いながらも懸命に棒を操る。


「アインス!」

『かしこまりました』

 ディレクさんの声に、アインスが静かに答える。明確な命令はないものの、アインスはすぐに動いた。ディレクさんをソウタに渡した後、河に飛び込み、筏を押して止める。のみならず、筏を押して河岸に歩いて行く。


「「「「え?!」」」」

 筏は水の流れに逆らってぐんぐん進んだ。


「「「「え、え、え?」」」」

 ソウタとユリ、ワンダフルさん、ケッティは言葉にならない戸惑いの声しか出ない。


 四人とハムスターが乗る筏をぐいぐい押すのだ。とんでもない怪力である。岸にたどり着くと、まず真っ先にワンダフルさんが下り、筏を引っ張る。三人とハムスターを乗せたまま、筏は無事に陸に揚げられた。


「アインス、水に濡れても大丈夫なの?」

『この程度ならば問題ありませんよ』

 心配そうに見上げるソウタに、アインスはいつもの通り穏やかに微笑んでみせる。

「ありがとう、アインス」

 言いながら、ユリがリュックを下ろしてタオルを取りだし、アインスを拭く。ソウタも同じようにする。


「本当に助かった」

「素晴らしい膂力りょりょくだな」

 ワンダフルさんが礼を言い、ケッティが称賛する。

「そうだろう! 俺とツヴェルクの力作だ!」

 ディレクさんが誇らしげに筏の上で跳び跳ねた。


 ソウタとユリが水分を拭い終えると、アインスはいつもの通り、ディレクさんをクラバットの結び目のちょうど良い場所に置く。


 うっかり気を取られた翼竜はいわゆるワイバーンであり、小さく比較的飼いならしやすい種を荷物運びに使っているのだという。

 ワイバーンは力があっても獣だ。魔力も言語も持たないからだ。一方で竜種の中には魔力や言語を持つ者がいる。彼らは幻獣と称され、区別された。


「すごい!」

 プロペラ飛行機ではなく、生き物に乗って空を飛ぶ。そういうこともあり得るのか。

「翼竜運搬業者かあ」

 なんでも、ワイバーンの卵を入手し、物心ついたときから餌をやり、手なずけるのだという。


「飼いならされたワイバーンはつがいを持っても卵を産むことはほとんどないから、宝探し(エッグ・ハント)と呼ばれる者たちが巣から持ち帰ったのを買い取るんだ」

「え、そんな、」

 ソウタはかろうじて可哀想と言う言葉を呑みこんだ。親から離される子にも、子を奪われる親にもひどい仕打ちだ。けれど、それで成り立つ生業がある。そこになんらかかわりのないソウタが口を挟むことではないと思ったのだ。


 見上げるワイバーンは大空を勇壮に飛ぶ。けれどそこにはいろんなものが詰まっていた。






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