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ゼクスとノインはメサニアの歌姫が権力者たちに取り入っているという。
「パトロンを欲しているのでは?」
『まだ若いのに?』
若いからこそ、若さが武器であるうちに後ろ盾を得ておこうというのだろうという意見も出た。
『それにしても、相当中枢に食い込んでいるんだよなあ』
ゼクスが腕組みをする。金持ちというのではないとすれば、なにか別の目的があるのだろうか。
『あのシュラクにも近づいています』
ノインの発言にディレクさんの目が鋭くなる。
「怪物とは接触したのか?」
『いいえ』
周辺諸国の有力者に取り入る一環かあるいは。
「一度人となりを見ておくのも良いかもしれないな」
「じゃあ、行こうか」
話を聞いていたソウタがそう言う。
「いいのか?」
「うん、ケット・シーたちから教わった場所もメサニアから離れていないもの」
ユリも同意する。
「それに、ディレクさんが会ったという稀血の一族に、メサニアの国境付近の隠れ家で目印を作って置いたでしょう? だったら、メサニアにも来ていたかもしれないし」
「そうだな。不穏なラクーザとカタレアへ向かうのは今は上手くないしな」
ワンダフルさんの言で、メサニアに向かってみることに決まった。
ソウタとしては鉱物資源が豊かなカタレアに行って部品調達をしたいという気持ちがあるが、メサニアは芸術の国であちこちから物品が集まる。商取引きをするなら、一度は行く国だから、稀血の一族の情報も手に入るかもしれない。
なお、ソウタとユリが旅立った後、妖精の国から妖精攫いがふたたび横行しているため、注意喚起する公布がなされていた。
ゼクスとノインと別れた後、一行はベルナルドさんとエレナさんにも会いに行った。あのラクーザの諜報員からなにか聞き出せたかというほかにも、渡すものがあったのだ。
「探す手間が省けた」
エレナさんはちょうど冒険者ギルドにいた。ベルナンドさんを呼び出す間に、一階のフリースペースのテーブルを借りて、フェレット母さんたちがもたせてくれた料理を取り出す。
エレナさんは久しぶりの再会にソウタとユリをいっしょくたに抱き締めていたが、ワンダフルさんが取り出したものに興味をそそられてすぐに解放してくれた。
「良い匂いがする」
ベルナンドさんはやって来た早々にそう言う。エレナさんが待ちきれなくて早速容器の蓋を開けたところだった。ベルナンドさんにアインスを同行者だと紹介していると、エレナさんが声を歓声を上げる。
「美味しそう! これ、もしかして、ソウタとユリが言っていたフェレット母さんが作った料理?」
「うん、そうだよ」
「フェレット族兄弟もいっしょに作ってくれたの」
リトラにすぐに到着するので、日持ちしない料理も持ってくることができた。
エレナさんは食欲をそそる匂いに完全に料理に意識がもって行かれる一方で、ベルナンドさんはなにか察したふうに一行を見渡したが、言及はしなかった。
あっという間に食べ終わったエレナさんは悲しそうに空の容器を見つめる。だものだから、ワンダフルさんはエレナさんに自分のショートブレッドを渡した。それもとっても気に入った様子で、ワンダフルさんは半分くらい分けてあげていた。
自分のペースでフェレット母さんの料理を味わったベルナンドさんにも、ソウタとユリ、ケッティはひとつずつショートブレッドを渡した。それをひと口かじったフェルナンドさんが言う。
「バターが美味しいんだな」
「分かる?」
トムさんが丹精した乳製品だ。
「バターが美味しいということは美味しいお菓子ができるってことだからな」
「牧場で作る牛乳も卵もチーズも美味しいんだよ」
「リトラ周辺の街や村でも美味しいバターで作るお菓子があるわよ!」
エレナさんは今にもふたりを案内しそうな勢いである。相変わらずのパワフルぶりだ。
「どんなだろうね」
「食べてみたいね」
ソウタとユリがそう言うのにエレナさんは目を輝かせる。
「バターケーキとクッキーの中間の食感のやつが美味しかったわ。外側がカリカリで、中はバターの風味たっぷりのしっとりした半生焼き菓子なの」
「残念ながら今は食べに行くことはできないな」
このままでは本当に連れ出しかねないと思ったワンダフルさんがエレナさんを止める。とたんに頬を膨らませるエレナさんを、ワンダフルさんがなだめる。
ベルナンドさんが料理に気を取られて渡すのが後になった、と手紙を取り出した。
「「駄菓子屋のおばあちゃんからだ!」」
ソウタとユリの揃った声に、エレナさんと言い合っていたワンダフルさんもこちらを向いた。
手紙には、村はずれの家から手記の残りが出て来たということが書かれていた。危険だから、依頼は打ち切りたいとあった。できれば、ソウタとユリを村まで送り届けて欲しい、勝手を言って申し訳ないと結ばれていた。
「どうする? 老婦人はこう書いて寄越したが、ソウタとユリはどうしたい?」
ワンダフルさんに言われ、ソウタとユリは互いの顔を見合わせてひとつ頷いた。
「このままロケットを持ち主に返したい」
「それと、ディレクさんたちの探し物を手伝いたい」
「分かった」
ワンダフルさんは短く受け入れた。仁楊村には調査は順調に進んでいること、なるべくふたりには危険が及ばないように腐心する旨の返事を書き送ることとなった。
「次の手紙ではロケットを渡せたよと書けたらいいね」
「なに言っているんだ。渡した後、村に戻って直接報告すればいいじゃないか」
「ああ、そっか」
ソウタもユリもすっかりトムさんの農場牧場へ戻るような気持ちになっていた。
ベルナンドさんが言うには、以前手紙を燃やしたラクーザの諜報員は大したことを知らされていないのだそうだ。
「妙に対抗心がある様子で、メサニアの歌姫のことをあれは妖女だと言っていた。禍をもたらす女だと」
「女の嫉妬かしら」
エレナさんが嫌ねえ、と首を左右に振る。
「エレナさんも嫉妬されたことがあるの?」
「あるわよ! 冒険者でもやっかみとか嫌がらせとかあるんだから!」
ユリの何気ない質問に、エレナさんが憤りをあらわにする。でも、どこかさっぱりしていて、相変わらずの元気な様子に、ソウタはなんだか嬉しくなった。
「大方、自分が色仕掛けをしても、ことごとく無駄骨になったのはみんなメサニアの歌姫に魅了されているせいだと思い込んでいるのだろう」
「三流だな」
ベルナンドさんが予想を付けるのに、ケッティがぼそりとつぶやく。
ベルナンドさんがメサニアに行く道中手形を発行してくれる間に、以前おまけをしてもらった部品のお店に行くことにした。今回もまたケッティがついて来てくれた。
「また買うものがあるのか?」
「ううん、おまけしてもらったお礼に、フェレット母さんのショートブレッドを渡しに行こうと思って」
ソウタとユリにはある予想があった。
無事に虎族の店員に渡すと、律儀なことだと目を見張っていた。
「ねえ、前に話してくれたゴーレム・マスターってね、もしかして、ディレクさんって言うの?」
ソウタの言葉に、ケッティがはっと息を呑む。虎族の店員はそれに気づかず、懐かしそうな顔つきになる。
「おお、良く分かったな」
「うん。あのときは分からなかったんだけれど、とてもすごいゴーレムをたくさん連れていたんだってね」
ユリが言う。さすがにゴーストになって、ゼンマイ式ハムスターに憑依したと言っても、信じてもらえないだろう。
「あのね、おじさんがおまけしてくれた部品、とても役に立ったよ」
ソウタはおじさんがゴーレム・マスターからすばらしいものをもらったのと同じように、ぼくたちもとても助かったのだと話した。
そのおかげで、強化版のゼンマイ式ハムスターを作ることができた。そして、ディレクはそこに宿っている。妖精の至宝に追いかけまわされてもなんのそので逃げおおせている。
「そいつぁ、良かった。ああ、そうだ、こいつも持っていきな」
虎族の店員は部品をひょいひょいと棚から拾い上げてソウタに押し付けるようにしてくれた。
「あ、お代を、」
「いいって。取っておきな。なんか、すっごく美味そうな匂いがするのを貰ったし、懐かしい話も聞いたし、嬉しい言葉ももらったしな」
ソウタがお金を払おうとするのを、虎族のおじさんは押しとどめる。
「ありがとう!」
ユリが笑顔で礼を言う。
三人のやり取りを見ながら、ケッティは心の奥が熱くなるのを感じた。
これだから、自分はソウタとユリに敵わないのだ。どれだけ知識を蓄えても、運用の仕方で違ってくる。自分も知っていたことだったのに、ソウタとユリはふたりなりに考え、ルジェクに対してディレクとアインスが正体を明かさなかったことから、あまり公言しない方が良かろうと判断した。その上で、虎族の店員が良くしてくれたことの礼をし、かつ、彼のそうしたふるまいが良い作用をもたらしたのだと伝えた。自身が行った親切が役に立ったと言われれば嬉しいだろう。そうやって、真実を伝えられなかったとしても、彼には温かい気持ちが残る。
世界はなにがどう繋がって行くか分からない。
そして、ソウタとユリはそのやさしい行動によって、多くの者を結びつけていく。ケッティはこういうところが、ソウタやユリの素晴らしい資質であるのだとしみじみ感じた。




