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ディレクさんはソウタとユリを急かすことはなかった。
それでも、ケット・シーから情報を得て再び旅へ出ることが決まると、ほっとした様子を見せた。残るゴーレムたちのことが心配なのだろう。
「待たせてごめんね」
「いや、俺たちだけで行っても良かったんだが、アインスが強情でな」
そのアインスの気持ちを汲み取って待っていたのだから、ディレクさんは生前も相当にゴーレムたちに慕われていただろう。
「まずはゼクスとノインと会う」
アインスが連絡を取ったところ、リトラにいるという。
「ゴーレム同士で連絡が取り合えるの?」
「相性によるな」
アインスはどのゴーレムにも連絡することができるのだという。
『しかし、ズィーベンへの通信は遮断されます』
アインスが穏やかな顔を曇らせる。
「ケット・シーたちがリトラへの妖精の環を繋いでくれたから、すぐに着くよ」
フェレット族兄弟たちはフェレット母さんとともにまたたくさんショートブレッドを作ってお弁当と共に持たせてくれた。カントさんからは軟膏と【心に力を与えるアンゼリカ】の根をもらっている。ルジェクさんから【心に力を与えるアンゼリカ】の根の効能を教わって処方してくれたものだ。
トムさんが小袋をそれぞれに渡してくれる。
「これは?」
言いながら、受け取ったときの片前足の感触から、中には貨幣が入っていると察した。
「最近、料理店や農場牧場の生産物を金銭で対価を受け取っているんだ。道中無理せず、安宿じゃなく、治安を優先に宿を取ると良い」
「ありがたい」
ワンダフルさんが押し抱くようにして受け取ったから、遠慮することなくみなが礼を言って仕舞いこんだ。こういうとき、礼を言って受け取る方が、トムさんの心づくしを無にしないということなのだろう。
「気にするな。ワンダフルは雑用でもなんでもやってくれるし、ソウタとユリの護衛も兼ねているからな。ケッティはここの守護魔法や魔道具への魔力充填をしてくれている」
その正当な報酬だとトムさんは言う。
「アインスさんもいっしょに行くんですね」
見送りに来たルジェクさんが聞くのに、アインスは穏やかに微笑んだ。
「はい。リトラへ一足飛びに移動できるのは魅力的なので、便乗させていただこうと思いまして」
驚いたことに、アインスは声質までも一時的に変化させることができた。徹底して、人形だと悟られないように振る舞っている。
そのあいだ、ソウタとユリはフェレット族兄弟と別れを惜しんだ。
「元気でね」
「うん。すぐに帰って来るよ」
涙目のフェムが言葉少なに言うものだから、ソウタはその背を撫でる。
「ユリちゃん、無理しないでね」
「ありがとう。ワンダフルさんとケッティの言うことを守るよ」
フェマの言葉にそう返事するユリは、ただし、突発的事項が起きればどうなるか分からない、とこっそり思う。
「ソウタ、ユリ、帰って来たらまたハムスター・レースをしような!」
フェロが元気よく言う傍らで、今度ばかりはソウタとユリとしばらく会えないのだと分かったフェンがぐずぐずと泣いている。そんなフェンをずっとアーミィが慰めている。
フェレット母さんがフェンとアーミィをいっしょくたに抱き上げると、フェンはぎゅっとしがみついた。フェレット母さんとアーミィが顔を見あわせて苦笑する。
その様子を見たソウタとユリは、フェンはフェレット母さんとアーミィがいれば大丈夫と思えた。ほかの兄弟たちもいるし、トムさんやカントさん、クッシィもいる。
さて、実はディレクさんとアインスは妖精の環を潜るのは初めてだと言う。
「妖精の路とはまた違う感じなんだろう?」
「うん。わりと一瞬で終わる」
ゴーストハウスから延々と歩いた道を思い出してソウタが言う。
ディレク・ハムスターはわくわくとその場を円を描いて走行したり、あるいは8の字を作って見せたりした。だから、ソウタはディレクさんが自分で妖精の環を踏めるようにすぐ傍の地面に下ろした。まずはワンダフルさんが、その後を待ちきれないとばかりにディレクさんが追う。ほとんど同時にアインスが、そしてソウタとユリが続き、ケッティが最後だ。
足を踏み入れたとたん、光のカーテンが筒状に地面から空へ向かって立ち上がる。
「おおっ!」
『マスター、後の方がつかえてしまわれますから止まらないでください』
感激して周囲を見渡すディレクさんにアインスが促す。
「ああ、そうだな」
ディレクさんは我を張らずにすぐに環から出る。
「綺麗だったよね」
「そうだよなあ!」
ソウタが言うと、ディレクさんが大いに同意する。
リトラは大きな街で、運河が貫通している。その運河から少し入った路地裏に出た。水の匂いを感知しながら、こんな人目につかなさそうなところをよく見つけたものだなあとソウタは思わず感心する。ワンダフルさんは路地の出口の向こうをさり気なく確認している。
「ディレクさんなら隣を通って行けるよ」
そう言うユリの後ろからケッティが姿を現し、その足元には目を凝らさなければ分からに程度にうっすらと紋様が残っている。ちなみに、リトラのような人通りが多い場所では、ケット・シーが認めた相手かその者の同伴者でなければ妖精の環は作動しないということらしい。
「ユリ、アインスがディレクから離れないんだ」
ケッティはつまり、ディレクが移動しないとアインスが邪魔になってしまうのだと言う。なるほど、とユリは納得した。
「うちのゴーレムが面倒をかけて済まないな」
「ううん。アインスはいろいろ役に立ってくれているし、ようやっとマスターと再会できたんだもの」
いっしょにいたがって当然だとソウタが返すと、ディレクさんが言いにくそうにする。
「あー、いや、アインスは端からこんな感じだ」
『お話中ではありますが、ゼクスとノインが参りました。ディレク・ツヴァイクゴーレムのを六番目と九番目を紹介いたします』
アインスの視線の先には、ワンダフルさんの向こうから現れた影があった。




