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 ワンダフルは小屋の影からそっとケット・シーを呼んだ。いつもの通り農場牧場へ遊びに来たケット・シーは踏んでいたスキップをそのままに、方向転換してこちらへやってくる。

「んにゃっ、んにゃっ、んにゃっ、んにゃっ。こんなところでなにをしているのかにゃ」

「いやな。妖精としては宝石姫に近づく人族ってのはどう受け取っているのかと思ってな」

 ワンダフルの向こうにはアインスが佇んでいる。そのクラバットの結び目の上にはディレクが鎮座する。


「なるほど。ルジェクはトムさんともずいぶん仲良しになったからにゃあ」

 そちらには聞けず、それで自分を呼び止めたのかとケット・シーは得心がいったふうだ。

「まったくだ。番犬であるクッシィもなんだかんだ骨抜きにされている」

 ルジェクは犬好きであり、クッシィだけでなく、宝石姫の守護犬に対しても非常に好意的であり、犬たちの方でも尾を振って歓迎の意を示す。


「わんにゃんも手放しで姿かたちを褒められたそうじゃにゃいか」

「わんにゃんは止せ」

 誰から聞いたものか、ケット・シーがにししと忍び笑うのに、ワンダフルはふざけた呼び方を咎めておく。


「しかし、ここは腹に一物ある者ははじき出されるんだろう?」

 ディレクの言葉に、ワンダフルもケット・シーも頷く。

「もともとトムさんの農場妖精の守護魔法があった上に、ケッティがこれでもかとばかりに重ね掛けしているのにゃ。おまけにアーミィも加わって鉄壁にゃよ」

「ならいいんだ」

 ケット・シーの言葉を聞いて、ワンダフルはひとつ息をつく。


「なんだ、結局、ワンダフルもルジェクが悪いやつじゃないって思っていたんだな?」

「そうであってほしいと思っているよ。あいつの植物知識は本物だ」

 ディレクの言にワンダフルは苦笑する。それでも、前もって危険の芽を摘み取っていかなければならない。特に、宝石姫は妖精の国にとっても重要な存在だ。


「そうだな。それに、ルジェクもまたここが穏やかであることを願っている様子だ」

「そうなのにゃよね。ディレクが言うとおり、妖精の国では守護犬が認めているのにゃら、という見解にゃよ」

 ディレクが言うのに、ケット・シーも頷く。


「そうなのか? お前みたいな見てくれの良いやつが近づいてくるのはうさんくさい!ってならないのか?」

 ディレクがまぜっ返すと、アインスが咎める。

『マスター、ご自身のことと混同してはいけませんよ』

 とたんに、ワンダフルとケット・シーが面白そうな話だとばかりに飛びつく。

「そうなのか?」

「なに、なに、ディレクったら、そんなことを言われたことがあるのかにゃ!」

「違ぇよ! アインス、お前もいらんことを言うな!」

 濡れ衣だとばかりにディレクがクラバットの上でがっしゃんがっしょん跳ねる。アインスは予想していたのか、慌てずにすぐさま片手を添える。


『ええ、そうですね。マスターは言い寄られておられません。先方から一方的に熱をあげられた挙句、歯牙にもかけられないのに腹を立ててあらぬことをご両親に言いつけられたのでしたよね。わたくしの記憶違いでした。申し訳ございません』

「記憶違いだあ? お前が? まさか! わざと言い出したんだろう!」

 結局、事情をすっかり話してみせたアインスに、ディレクは湯気を拭きださんばかりに憤る。

「にゃはははははは」

「もてる男は辛いなあ。アインスたちみたいなすごいゴーレムを何人も抱えていたんじゃあ、注目の的だったろうな」

 ケット・シーは朗らかに笑い声を上げ、ワンダフルは同情したふうに言うがその顔はにやついている。


 なんだなんだとソウタやユリ、フェン、アーミィなどが集まって来て、ディレクの生前のもてっぷりを披露されることとなった。

「分かるよ。だって、ディレクさん、口は悪いけれど筋が通っていて面倒見が良いものね」

「そうね。とてもやさしいものね。言葉遣いは荒いけれど」

 ソウタとユリがうんうんと二度三度頷くのに、「褒めているのかけなされているのか分からねえ」とハムスターがぼやいた。

「キキキュ!」

「アーミィがね、今でもとってもかわいくてすばしっこくて、追いかけがいがあるって!」

 アーミィが言うのを、フェンが通訳してくれる。残念ながらトムはここにはおらず、ケット・シーは笑いっぱなしだから本当かどうかは定かではない。

「アーミィよう、追いかけるの意味が違うからな? 俺ぁ、生きているときは可愛いなんぞ言われたことはないからな?」

 農場牧場ではほがらかな笑いに包まれた。




 ソウタとユリは少しずつふたたび旅に出るための準備を始めた。

 カントさんが傷薬の軟膏のほかに【心に力を与えるアンゼリカ】の根を干して刻んだものをくれた。


「これはルジェクさんから教わって処方したものです」

「ルジェクさんが?」

「そうですよ。アンゼリカは風邪や感染症に効力を発揮します。【心に力を与えるアンゼリカ】は妖精素材で、ふつうのアンゼリカの効果に加えて心身ともに元気にしてくれるとトムさんから教わったルジェクさんが思いついたのです。その根を干して刻んで持ち歩き、体調が悪いときや心身が弱ったときなどに口に含んで噛めば良いと教えてくれたんですよ」

 手っ取り早いですね、とカントは言う。きっと、ルジェクさんは旅をする経験上、簡便化した処方を考えて編み出したのだろう。


 このアンゼリカの根は素晴らしい薬効を持つが、とても苦いのだそうだ。

「苦いからと言ってジャムなどを食べてはいけません。その苦味によって唾液や胃液がでることによって身体に良い作用をもたらすのですから」

「うん、分かった!」

 ソウタは苦いのは嫌だなあと思いつつも、自分たちの身を案じてくれるカントさんには素直に返事をしておく。


「ケット・シーたちがびっくりポーションを好むのって、そういうことも関係しているのかしら」

「彼らはただ面白ずくだ」

 ふと思いついたユリに、ケッティが切って捨てるように言う。ワンダフルさんも深く頷いた。


 ソウタとユリはルジェクさんを見かけたとき、アンゼリカのお礼を言った。

「トムさんの丹精した【心に力を与えるアンゼリカ】は感染症に効力を発揮するだけでなく、心身を強くするそうですね。とても理にかなっています」

 病にかかったとき、心も弱るし、病んだ部分だけでなく、身体全体が疲弊するのだ。それだけに、【心に力を与えるアンゼリカ】はすばらしい薬草だと言えた。


「アンゼリカは遠くの国では「当帰トウキ」とも言うのです」

「「トウキ?」」

 耳慣れない言葉に、ソウタとユリはそろってオウム返しする。そんなふたりに、ルジェクさんは思わずというふうに笑った。


「確実に帰る、という意味があるそうですよ」

 必ず、帰る。

 旅に出る一行が無事に戻ることを祈るルジェクさんの気持ちが伝わってくる。


「ありがとう、ルジェクさん」

 ソウタは胸が熱くなった。短い付き合いだが、こんなにも心を傾けてくれる者がいるのは心強いことだ。


「ルジェクさんって植物に詳しいのね」

「いえいえ、わたしなんかまだまだです。こちらに滞在させてもらっていろいろ教わって、本当に勉強になります」

 ユリが褒めるとルジェクさんは謙そんする。とても謙虚な人である。


「ここはごはんも美味しいしね」

「おやつもね。毎日今日はどんなおやつかなって楽しみだよね!」

 ソウタとユリはその年頃の子供らしく、食欲たっぷりに元気よく言う。ルジェクさんはそのふたりを、まるで眩いものでも見るかのように目を細めた。

「本当に。こんなにうつくしく、豊かで穏やかな場所があるなんて。素晴らしいばかりです」

 ルジェクさんは穏やかに言った。



 どうか、どうか。必ず帰ってきますように。






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