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 獣人族は力と忍耐力には定評があるが、頭の巡りは人族が抜きんでているとされている。けれど、そんなのは単なる希望的観測なのだとルジェクは思い知らされた。そのくらい、カントは知識豊富で、それでいて誇ることなく、貪欲に情報を求めていた。


「わたくしはずっと妖精素材を扱い、妖精レシピで薬を作成したいと思っていたのです。こちらへ来て、農場妖精であるトムさんに土壌の作り方から始まって植物の生育を教わり、その過程を観察することができるのです」

 ふだんの穏やかな姿はどこへやら、カントは興奮を隠しきれないでいた。高度知能を持つ者は自分が関心があることについてはひどく高揚し、能弁になる。


 ルジェクには笑うことなどできなかった。むしろ、歓迎するところだ。カントは自分にいろいろ教えてくれた。壁にぶつかったら、トムも引き込んで、いつの間にかフェムも加わってああでもないこうでもないと言い合う。あっという間に時間が過ぎていて、夜更かしして起きるのが遅くなることも何度もあった。朝食の時間に出遅れても、ちゃんと食事が残されている。自国では考えられないことだ。


「ここの食事は格別ですね」

「本当に。わたくしもこんなに美味しい料理は初めてです」

 何度でも感嘆してしまうルジェクに、カントがにこやかに同意する。

「日中に仕事に精を出し、美味しい食事をたらふく食べ、夜はぐっすり眠る。これに勝るものはない」

 トムが言うことは実にもっともだとルジェクはしみじみ思う。さらには、食事が準備されているだけでも有難いことなのに、素晴らしく美味しいのだ。


「母さんの料理は前から美味しいけれど、トムさんとカントさんが作った素材を扱ったらより一層美味しくなったよ」

 そう言うフェムたち一家は、聞けば以前は相当な苦労を重ねていた様子だ。けれど、そんな過去を気取らせることなく、なんならふつうの獣のフェレットのアーミィを実の家族のように接する余裕すら感じさせる。末っ子など、アーミィとまるで会話しているかのようだ。自分もまた、幼いころは犬たちの言葉を理解していた。そのことが懐かしく思い出される。


「わたくしはここに滞在を許されて感謝しておりますが、それ以上にフェリィさん親子がこの素晴らしい環境で穏やかに暮らせていることに喜びを感じています」

 カントほどの薬師の腕があればどこででもやっていけそうだが、そうはいってもそれなりの困難を乗り越えてきたことだろう。なのに、自分の望みよりもフェレット族一家が安穏と暮らすことが喜ばしいのだ。フェリィは血の繋がらない行き場のない子供を四人も抱えていたというのだから、そんな気持ちにもなるのかもしれない。カントからしてみれば、それ以外の要因もあるだろう。


 ほかの者も薄々気づいているようだが、カントはフェリィのことを異性として好ましく思っているのだ。獣人族は他種間の結婚もよくあることだ。子供は両親のどちらかの姿で生まれて来るのだという。


「それだもので、人族とは違い、獣人族の女性からしてみれば、浮気をしてしまったら、二分の一の確率で露見してしまうのですよ」

 いつだったか、珍しく夜半にふたりきりで酒を飲みながら話していたとき、カントがそんなふうに言った。あれはそう、やはり薬について話し込んでいたとき、フェリィがたまには、といってつまみと酒を差し入れてくれたのだ。トムが持っていけと言った果実酒で、みなが食事とともに楽しむ程度の量を造っているそうだ。


 真面目一辺倒に思えたカントがそんなことを言い出したのも、フェリィの気遣いから端を発した発想かもしれない。


「だったら、浮気をするなら、配偶者と同じ種族とすべきですね」

 そう言うと、カントはきょとんとした後、声を上げて笑い出した。いつも穏やかに微笑んでいる彼にしては珍しい。酒が進んだからだろうか。かくいう自分も、いつになく飲んでいた。


「そ、そんなことまで考えて浮気するんですか? 心が揺らいで自分にはどうしようもなく惹かれてしまうものではないから、不貞をしてしまうのではないのですか?」

「まあそうですね。同じ種族をわざわざ選んでまで配偶者ではない者と浮気をするなんて、どうかしていますね」

 そう、心がどうにも惹かれて自分ではどうしようもない。それ以上進んではいけないと分かっていながら、あの夢みるようなまなざし、どこか浮世離れした頼りなげな風情を守りたいと思ってしまう。


「ええと、その、立ち入ったことを聞きますが」

 カントが言いにくそうにした。

「ルジェクさんはご結婚はされているのですか?」

「いいえ」

「では、将来を約束された方は?」

 将来などなにひとつ保証されるものはない。むしろ、輝かしい未来のために、身を粉にしてい動いている。

「おりませんよ」

「そうなんですね」

 カントは安堵したように杯を煽った。


 そこで、カントがなにを心配していたのかようやっと悟る。酒で頭の巡りが鈍くなっているのか、郷里から遠く離れたこの安穏とした場所で得た友とふたりきりというので、気が緩んでいるのか。こんなにのんびりすることができる日がくるなんて思いもよらなかった。

 カントは妖精の国の姫にちょっかいをかける人族の男が不実ではないことに安心したのだ。


「カントさんは?」

「わたくしですか? 残念ながら旅の薬師には妻帯する余裕などありませんで」

「でも、ここに居を構えられたではないですか」

「わたくしは居候ですよ」

「まさか。トムさんはカントさんを頼りにしていますよ」

 事実、トムは畑に植える作物の計画をカントに相談している。蔵書もカントであれば好きに読んで良いとしている。


「それに、フェレット族一家も。子供たちはカントさんをお父さんのように頼りにしています」

 さり気なく付け加えると、とたんにカントがむせた。

「そ、そんなことは、」

 しどろもどろになるカントに、ルジェクはにやりと笑って杯を煽った。空になった杯を満たす。


「すぐ近くにいるのに、アプローチしないのですか? 子供が四人いても、五人目を作ればいいじゃないですか。ここではそうできるだけの余裕がある」

 そう言うルジェクが冗談交じりではなく真剣な表情をしていたから、カントもまた真面目に答えることにした。五人目はもうすでにいるのですけれどね、などという言葉は飲みこんでおいた。


「そうですね。ただ、本当にフェリィさんたちご一家は今まで苦労してきたのです。ようやっと今、落ち着いて暮らすことができるようになった」

「だからですよ。あの料理の腕に奥ゆかしさと子供たちを育てる胆力が備わっているんですよ。わたしは獣人族のことには詳しくありませんが、人間から見ても可愛らしいと思います。獣人族からすれば、どうってことないものなんですか?」

「いえ、そんなことはありません。魅力的な方ですよ」

 ルジェクの言葉にカントはむっとなって反論する。そうしてはたと我に返り、慌てて杯に口をつけ、酒を飲む。そうすることでにやにや笑うルジェクから視線を外した。


「だったらなおさら、うかうかしていられませんよ。おふたりとも忙しいんだから、時間はあっという間に過ぎます。わたしだって、」

 ルジェクは話しすぎた、とばかりに口をつぐんだ。気を緩めすぎていたと反省する。


 カントはルジェクが宝石姫とときおり言葉を交わし、ともにひとときを過ごしていることを見かけていた。ただ、彼には目的があり、それを果たす必要があるのだろうとも察していた。つまりは、いったん、ここを離れる必要があるのだ。さらにいえば、ルジェクは人間であり、宝石姫は妖精だ。しかも国王の娘である。カントとフェリィが種族は違えど同じ獣人族なのだから、ルジェクにはさぞかしもどかしく映るのかもしれない。


 その後は言葉少なに酒を酌み交わした。沈黙が心地よく、ふたりはちょっとばかり深酒をしてしまった。







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