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「【モヤモヤシ】を捕まえよう!」ゲームが行われる妖精トムテの農場は、賑やかのひと言に尽きた。

 わーわー、きゃーきゃー、ぎゃああ、と歓声、はしゃぐ声に混じって一部悲鳴じみたものが上がる。

 最後にはみな、泥だらけとなり、終了後には散水機を最大出力にしてシャワー代わりにした。


「ケッティ、モノクルの角度を変えた方が良いよ。端にまだ泥がついている」

「わわっ、口に入った!」

「わたしは目に入ったあ」

「俺の尾がまだら模様に!」

「俺なんて、ヒョウ柄にゃ!」

「格好良いにゃよ」

「じゃあ、しばらくこのままにしておくかにゃあ」


 タオルで全身を拭う。

「ふかふかだ!」

「お日さまのにおいがするー」

「キキュゥ」

 フェンがせっせとアーミィの足の間などを拭ってやる。そのフェンはフェマが拭き、フェマはフェレット母さんが世話を焼いた。

 フェムは自分を拭くのもそこそこに、ちょろちょろするフェロを捕まえてゴシゴシやる。


「濡れねずみならぬ濡れ犬だ」

「身をふるわせるのなら、離れたところでやってよ」

 しょんぼりするワンダフルさんは、トムさんにそう言われてさらに情けなさそうな顔つきになった。


 さて、誰が優勝かと言えば、ケット・シーのひとりだった。

「え? 俺?!」

 みなで捕まえた【モヤモヤシ】を数え、一番多かったケット・シーが驚く。まさか、自分が優勝するとは思わず、仰天する。


「ケット・シーから優勝者が!」

「やったにゃ!」

 ほかのケット・シーたちが我がことのように喜んだ。

「胴上げするにゃ!」

「やるにゃ!」

「わーっしょい! わーっしょい!」

「にゃははははは」

 同族たちの両前足の先でぴょんぴょん跳ねるケット・シーは喜びの笑い声を上げた。


「こんなに楽しんでくれるとはなあ」

「やった甲斐がありますね」

 ちなみに、【モヤモヤシ】は土から出てしばらくすると、ふつうのモヤシと同じような感じでくったりするので、美味しくいただくことにする。ほかの野菜と肉と合わせて炒める。

 たくさん遊んでいっぱい笑って大いにはしゃいで、腹いっぱいになる。

 農場妖精トムテの農場牧場ではいつもこんなふうである。


 さて、ニャントロフさんはこの「モヤモヤシを捕まえよう!」ゲームを見終えた後、ふたたび行商の旅に出かけて行った。ソウタとユリもフェレット族一家といっしょになってショートブレッドを作る。ニャントロフさんはほくほく顔で受け取ったものだ。

 なお、リトラへ通じる妖精の環(フェアリー・サークル)は用いなかった。

「あたしはいつでも使えるものじゃあないからねえ。あまりに便利すぎるよお。そういったものに慣れないでおくことにする」




 なにがなにやら分からないまま、遊びに誘われた。泥を落として魔法で乾かした後、宝石姫は守護犬の方へ歩いていた。そこへ、通りがかったルジェクに呼び止められる。

「髪の先に泥がついていますよ」

 言って、ルジェクが取り出したハンカチで宝石姫の髪を拭いた。

「ありがとうございます」

 かしずかれることに慣れている宝石姫は、ルジェクが世話を焼くのを当然のように受け入れた。


「うん?」

「なにかございますか?」

「いえ、得も言われぬ甘い香りがして。ああ、貴女の髪から漂ってくるみたいですね」

 言って、手にしたひと房に軽く口づけた。

「!」

「まるで、マルメロのような香りだ。ちょうど、マルメロの花のような貴女にはお似合いの香りですね」

「そ、それは、どうもありがとうございます」

 至近距離で微笑まれ、宝石姫はたどたどしく礼を言う。


 ルジェクはそっと宝石姫の髪を放し、礼儀正しく距離を取った。体温すら感じられそうであったのが、す、と冷える。双方ともに、それを惜しいと感じた。ルジェクからしてみれば、箱入り娘そのものの宝石姫に近寄りすぎるのは危険だと断じる。けれど、ふと心に浮かんだことを口にせずにはいられなかった。


「マルメロの花言葉をご存知ですか?」

「え、ええ。幸福、でしたわね」

 唐突なルジェクの言葉に、宝石姫はまごつきながら答えた。まごついたのは、唐突な言葉だけではなく、宝石姫はほほを染めながらルジェクを見上げた。

 ルジェクは内心、ああ、これだ、と思う。この夢みるようなとろりとしたまなざしだ。いつの間にか、ずっと自分に向けていてほしいと思うようになっていた。


「そうです。そして、魅力というのもあります。まさしく、貴女にふさわしい」

 異性間の色っぽいことどころか、他者との交流もそれほど経験を積んでいない宝石姫である。魅力的な男性からの称賛にぽうっとなった。


「それともうひとつ」

 ルジェクはふ、と笑って、少し顔を近づけ、音量を抑えた声で言う。

「魅惑、というのもあるそうですよ。その昔、愛と美の女神に贈られたことが由来しているそうです。————わたしも貴女に魅惑させられています」


「あ、」

 免疫がない宝石姫は胸がいっぱいになってよろけた。

「おっと。大丈夫ですか?」

 ルジェクはとっさに支える。華奢な身体は想像以上にたおやかで、まるで背中から生えた翅と同じくらい軽い。


「姫? いかがした?」

 守護犬が宝石姫の方へやって来る。

「ちょっとはしゃぎすぎて疲れてしまったのかもしれませんね」

 ルジェクが言うと、守護犬が心配そうに宝石姫の顔を覗き込んだ。

「そのようだな。ずいぶん、顔が赤い」

「そ、そうでしょうか」

 ルジェクがそっと宝石姫を立たせ、ゆっくり手を放す。そして、その片手の人差し指を自分の唇に押し当て、悪戯っぽく笑う。それはまるで、内緒ですよ、とでも言うかのようだった。

 宝石姫はたらまず、ほほに両手を当て、うつむいた。

「姫、あちらに座って少し休むと良い」

「そ、そうさせていただきます」




「【モヤモヤシ】、か。すごいものだな」

「本当にそうですよね。妖精の育てる植物は素晴らしい薬効を持っていたり、ひとクセもふたクセもあるものが多い」

 ルジェクのつぶやきを拾ってカントがしみじみ言う。彼はニャントロフの農場妖精トムテの病を癒す薬を作成してほしいという要請に飛びついたのだという。農場妖精ならば妖精の素材を栽培できるに違いないと思ったのだそうだ。そしてそれは実に的を射ていた。


 ひとり言を聞かれたとしても、大したことは言っていない。ルジェクはすぐに立て直し、聞きたいことに話題を誘導する。

「「薬は毒と隣り合わせ」ですからね」

 有名な錬金術師の言葉を引き合いに出すと、カントも知っていたのか頷く。

「「正しい服用量こそがどちらかになるかを決める」ですね」


 そして、特に強い薬効を発揮するということから、妖精の素材は扱いにくい。だからこそ、レシピや知識が必要となる。

 ところが、案外これを知らない薬師や錬金術師は多い。あるいは、知っていても軽視するのだ。それで、ときおり悲劇が起きる。手に入れた希少素材に浮かれ、薬効がない代物ならばともかく、とんでもないものを作り出してしまうこともある。


「そう言えば、トルメンティルは素晴らしい薬効がありますが、生の根はとんでもなく渋い。これの妖精版はあるんですか?」

 そのトルメンティルを抽出しワインに混ぜたものこそが、「見放されたあらゆる病に対し、効き目がある」とされている。少なくとも、そういう記述があった。その真贋しんがんは定かではない。ルジェクは少しばかり緊張を感じた。


「ああ、【きゅっとすぼめるトルメンティル】ですね」

 農場妖精トムテの信頼厚い薬師カントは今や妖精素材の知識が豊富となっている。

「あるのですか!」

「え、ええ、」

 緊張の反動で勢い込みすぎ、カントがわずかに身を引く。


「それでなにか作ったことは?」

 ルジェクは逸る心を抑えて気持ちゆっくり目に問う。

「薬ですか? そうですね。荒れた肌に良い軟膏などを処方していますよ」

 なるほど、彼やトム、フェムなどは農作業で荒れるだろう。そして、カントが折に触れて気に掛けるフェリィもまた、料理人であれば肌荒れとは切っても切れない仲であろう。


「酒に漬けたりなんかはしないのですか?」

「ルジェクさんは本当によくご存じですね。ええ、ブランデーにトルメンティルの根を刻んだものを漬けおくと胃や腸の疾患に良い薬草酒ができます」

「試してみたいのですが」

 じれったくなる気持ちを抑えて頼むと、カントは快く請け負い、トムに了承を得て、妖精の素材による薬酒を造ることに成功した。ワインで試してみたいというルジェクの発言も通った。


「これで三週間寝かします」

 薬酒造りを共に手伝ってくれたカントが言う。それは今できることをすべてやったという合図だった。

「楽しみだな」

 保存庫の棚に置かれた薬酒を、ルジェクはそう言ったものの、その表情は険しく、まったく遊びがないものだった。

「大丈夫ですよ。きっと素晴らしい薬効を発揮してくれます」

 カントが穏やかに微笑むのに、事情を知らないはずの言葉ではあっても、ルジェクの心をいくらか慰めた。







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